第580話 ミロス、動く

 ミロス殿下に、ブラテラダ王家の血が流れている。その事実に驚いた私は、カストルによるレクチャーの後、居間でくつろぐリラの元へ急いだ。


「リラ! 大変だ! ミロス殿下が!」

「殿下がどうしたの?」


 怪訝な顔のリラに、呼吸を整えてから伝える。


「ブラテラダ王家の血が、流れてるって」

「そうなんだ」


 あれー? 何か、反応があっさりしすぎてませんかね?


「……驚かないの?」

「逆に、何故驚く必要があるの?」

「え?」


 驚く事、ないの?




「ブラテラダとゲンエッダは国境を接していないけれど、食料輸入などで繋がりはあるわよね? だったら、少しでも国同士の繋がりを強くしようと、王家同士の縁組みはあっても不思議はないわよ」


 以上、リラによる「ミロス殿下にブラテラダ王家の血が入っていてもおかしくない」理由でした。


 でも、何か納得いかん。


「そういうもの?」

「そういうもの」

「でも、オーゼリアでは、国外から王妃をもらう事って、ないよ?」

「チェリ様が、輿入れしてきたでしょ? それに、隣国だけれどガルノバンからギンゼールにお輿入れした王女様もいらしたじゃない」


 そういえば、チェリは元々三男坊に嫁ぐ予定でオーゼリアに来た人だった。三男坊が逃げたせいで、ロクス様の嫁になったけれど。


 かえって、今の形が最善なのかもね。三男坊も。


 それに、ギンゼールの姉君様の件もあったわ、そういえば。なら、ブラテラダ王家の血がゲンエッダ王家に入っていても、驚くに値しない。


 びっくりした私が馬鹿みたいじゃん。いや、馬鹿でした、ごめんなさい。


「ただまあ、ミロス殿下にブラテラダの王位継承権があるかと言われると、ちょと怪しいけれどね。血筋的には、そこまで無理な話ではないってだけで」


 ゲンエッダ王家にブラテラダ王家の血が入っているのと同じように、リューバギーズ、ゼマスアンドの王家にも、同じようにブラテラダ王家の血が入ってる可能性がある、というのがリラの読み。


「そうなると、その二国からミロス殿下の王位継承に待ったがかかるかもしれないわね」

「相変わらず、貴族回りは面倒臭い」

「否定はしないけれど、あんたも私もその面倒臭い枠組みの中で生きてるのよ。それを忘れないように」


 ソーデスネ。




 とりあえず、ミロス殿下の王位宣言を出す前に、国内で出来る限り味方を作るのが先決。


 ミロス殿下本人も、その事は納得しているらしい。


「という訳でレラ、悪いがカストルの力を借りるぞ」


 夕食時、ヴィル様に説明された最後に言われたのは、カストル貸してという依頼。


「それは構いませんが……何故?」

「国内の生き残った貴族をこちら側に引き込む」


 国民の支持も大事だけれど、貴族がバックについているとついていないのとでは、楽さが段違いなんだとか。


「ここまで来て、他者にブラテラダの王位を渡す気はない。そうなると、味方にならない貴族は実力で排除する事になる」


 おおう、ヴィル様が黒い。とはいえ、その話を聞いている誰もが反論しないって事は、これが一番正しい道なんだろうなあ。


 ゲンエッダとしても、ブラテラダが混乱したままというのは望まない状況なんだという。


「国境を接している訳ではないが、国が荒れると伝播するんだよ。国内を安定させる為には、周辺国にも安定しておいてもらわないと困る」


 それもあって、ゲンエッダの王太子殿下はミロス殿下を私達に付けていたのかな。だとしたら、凄い先見の明じゃない?


 それを聞くと、ミロス殿下の反応が微妙。


「あー……おそらく、王太子殿下がそこまで見越していたかどうかは、謎だ。ただ、俺を投入しておけば、後々ゲンエッダの有利なように動くと信頼してくださってはいると思う」


 なーんだ。でも、多くの道筋を考えてミロス殿下を投入したとしても、やっぱり先読みの力はあるのかも?


 それか、ミロス殿下がジョーカー的に使える人材か。後者かもね。




 カストルはミロス殿下に助力を惜しまないけれど、条件を突きつけられた。


「しばらく主様のお側から離れる事になりますから、主様は安全の為にもグラナダ島からお出にならないように願います」

「安全って。私を脅かす存在なんて、そういないよ?」

「それでも、です。こちらの大陸には、瘴気使いが出ました。私ですら扱えない力を操る者です。それを考えましたら……」


 これ、了承しないとミロス殿下に手を貸さないとか言いだしかねん。


「わかったよ。おとなしくグラナダ島にいるから」

「お約束ですよ?」

「もし出る時は、ポルックスにでも来てもらうよ」

「そこはネスティを頼ってください」


 ポルックス……カストルにすら信頼されてないよ……


 何か遠くで「酷いー」って泣き言が聞こえた気がしたけれど、気のせいだね、きっと。




 カストルがやる事は、生き残りの貴族を探し出して接触し、ミロス殿下が彼等を説得する手伝いをする事。


 ミロス殿下が王位に就くのを支持するよう、説得するのは殿下本人がやるんだって。


「そのくらいしないと、支持してもらえないだろう?」


 笑うミロス殿下は、ちょっと寂しそう。生まれ育った国を出て、まったく違う国の王位に就く事になるんだもんなあ。そりゃ寂しくも感じるか。


 こっちが一段落ついたので、溜まっていたサンド様への報告をヴィル様が行った。


 その際に、例の托卵していたお妃様が、急病で亡くなったらしい。しかも、彼女が生んだ王子王女も一緒に。


 サンド様からは、「他にも似たような事をしている妃はいるかね?」と訊ねられたそうだ。カストルが調べた限り、他にはいないようですよー。


 こちらの状況を報告したら、一度ゲンエッダに全員で戻らないか? と言われたらしい。


 理由としては、ゲンエッダとは長い付き合いになりそうだから、ここらで全員身元を明かして王宮に挨拶に来てはどうか、というもの。


「だそうだが、どうする?」


 昼食の席でそれを聞かれましても。


「カストルとの約束があるので、ミロス殿下の用事が終わるまではここでおとなしくしてます」

「レラがいかないのなら、私も行きたくないわ」

「私も、コーネシア様と同意見です」


 コーニーもリラも、行ってもいいのよ? 私はここでユーインとおとなしくしてるから。


「あんたは目を離すと仕事をサボるから駄目」

「リラが酷い!」

「酷くないわよ。これまでの前科があるから言ってるんじゃない。恨むなら過去の自分を恨みなさい」


 反論出来ないー。でも、ちょっと決裁が遅れたくらいじゃあ、デュバルはびくともしないと思うんだけどー。


「決裁が遅れたら、関係各所に迷惑が掛かるでしょう?  現場の仕事が遅れるのは、容認出来ないわ」


 そう言われると……工事とかが滞るのは、私も困る。


 結局、女子三人が行かないと言ったので、旦那連中も行く気をなくしたらしい。翌日、ヴィル様がサンド様に報告したら、笑ってたってさ。




 ミロス殿下の活動は、それなりに成果を上げているという。


「貴族も、玉座が空のままはよくないと感じているようですね。ただ、いきなり継承権があるとはいえ、ゲンエッダの王族が王位に就く事に関して、思うところはあるようです」


 そりゃそうだろうね。ちなみに、今回の瘴気事件に関して、領地に籠もっていた結果命拾いをした貴族達は、軒並み戦争反対派だったそうな。


 草原子爵家四男が仕組んだ同盟や戦争に賛成していた連中は、王都に集結していたのであっさり瘴気に呑まれていたらしい。


 あの三国同盟、発起人は四男だったってさ。その辺りも、日記に書いてあったらしいよ。日記っていうか、備忘録みたいなものだったって。


 おかげで、こちらは四男が何を考えてあれこれ仕掛けたかがわかるからいいんだけど。


 ちなみに、チブロザー海洋伯はどっちつかずの態度を取り続けていたみたい。その辺りが、四男の日記に怒りと共に書かれていたってさ。


 そういや、その海洋伯の事、どうするんだろうね? このまま放置するのかな。……していいのか?

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