第579話 いつだって後始末の方が大変
オケアニスとネレイデスの派遣は、ミロス殿下からの要請という形を取った。こっちで、オーゼリアの人間である私が勝手にあれこれやる訳にもいかないからね。
王都は、人口が半減しているらしい。遺体を見つけては、仮埋葬をする毎日なんだとか。
生き残った人達も、長く治療が必要な体だって。ここからの復興は、困難を極めるだろうってヴィル様も言ってた。
何せ人がバタバタと死んでいる。戦争をやるより、死亡率が高いんじゃないかな。
「流行病でも、こうはならないだろうよ」
久しぶりにグラナダ島に戻ってきたミロス殿下がぼやく。えー? インフルとか流行ったら、結構バタバタ人は死ぬと思うよ?
嘘か本当か、インフルの流行で戦争がストップしたなんて話も、聞いた事あるし。
特にこっちでは、ろくな治療法もないだろうしさ。薬、あるのかね?
『その前に、インフルエンザそのものがあるかどうかが怪しいですね』
そうなんだ? いや、ないならないでいいや。致死率の高い流行病とか、今のブラテラダで猛威を振るわれたらシャレにならん。
王都も心配だけれど、地方も心配。何せ、帝国からブラテラダの王都フェツェアートまでの道中、いくつか通りすがった街や村の様子が様子だったから。
「そちらにも、オケアニスとネレイデス……だったか? 彼女達の派遣を願いたい」
「了解です。全部まとめてミロス殿下へのツケって事で」
タダでは動かんよ、タダでは。私がにやりと笑うと、ミロス殿下が苦笑した。
「ああ、後で必ず支払う。それはともかく、瘴気が消えた事により、国民の生気が戻ったのはいいが、各地の治安が悪くなっているのがな……こんなところに、女性を派遣するのは、やはり酷か」
「ああ、大丈夫ですよ」
「え?」
「え?」
今更、そこ?
ってか、オケアニスの説明、してなかったっけ?
「オケアニスは、我がデュバルが誇る戦闘メイドです」
「待て待て待て。何だその呼称は! 聞いた事ないぞ!? 戦闘メイドなんて」
「ミロス殿下が聞いたことがなくても、いるんですよ。オケアニスは、そこらのチンピラ程度なら、百人が束になってかかってきても負けません」
「……冗談だよな?」
「私、嘘は言いませんよ?」
何でそんなに信じないかなあ。一回、目の前でオケアニス達の動き、見せた方がいいかしら?
カストルが勢い任せに増産したオケアニスは、三人一組でチームを組んで、ブラテラダの各地へと送られていった。
唯一、彼女達が送られなかった場所は、チブロザー海洋伯領。ま、当然だわな。
私達を門前払いした恨みは、忘れないぞ。
ミロス殿下にも、その旨伝えてチブロザー海洋伯領には派遣しない事を了承してもらっている。
「まあ、話に聞くとあそこは瘴気の影響がないみたいだしな。……何でだ?」
「海からの潮風が、瘴気を払うようですよ」
「潮風? そんなもので? ん? でも、デーヒル海洋伯は、瘴気による呪いを受けて死にかけたんだよな? 何故だ?」
あれかー。それに関しては、ミロス殿下がもう正解を口にしている。
「呪いという形を取ったからですよ。ただの瘴気なら潮風で払えますが、呪いとなると浄化が必要なんです」
「よくわからん」
ですよねー。これはもう、理解するよりも「そういうものなんだ」と納得してもらうより他ないです。
それか、カストルから瘴気に関するレクチャー、受けますか?
瘴気という力は大変扱いにくいものなんだけど、適性がある人間には呼吸をするように簡単に扱える力……なんだとか。
しかも、瘴気は使い手の感情に強く影響を受ける。つまり、使い手が「あいつ嫌い」と強く思うと、「あいつ」に呪いのような作用が起こる訳だ。
「じゃあ、ブラテラダ国外でいくつも発生していた呪い事件は……」
「オミーラー沼男爵家三男の仕業でしょう」
講師役のカストルの言葉に、ミロス殿下がとても驚いている。あの後、提案したら本当に瘴気のレクチャーを受けていた。
何故か、私も一緒に。いや、殿下だけでいいのでは? 駄目ですかそうですか……
カストルの返答に、ミロス殿下が確認している。
「全てを、彼一人でか?」
「彼の他に、瘴気の使い手がいませんから」
これは、カストルが調べた結果。黒幕である草原子爵家四男が残した日記に、その辺りが詳しく書かれていたという。
ブラテラダでは、瘴気扱いは迫害対象である。故に、瘴気使いの一族は常に自分達の素性を隠し、一般人の振りをして社会に潜伏していたんだとか。
それでも、何かの拍子で一族の事が表沙汰になり、記録に残っているだけで大きな「一族狩り」が三回は行われているそうな。
そんな迫害の中で、一族は数を減らしていき、とうとう最後の一人にまで減ったという。
その最後の一族が、今回の瘴気の親玉セウディネ・シスの乳母を務めた女性だ。名をハヴォメ・セート。
彼女は自分が乳母として育てているセウディネに瘴気使いの才能を見いだし、幼い頃から少しずつ瘴気使いの手ほどきをしたという。
だが、やがて彼女は瘴気使いとしての素性がバレ、国に捕縛されてしまう。国としては、何が何でも彼女の口を割り、一族を根絶やしにしたかったのだ。
そしてハヴォメはセウディネ・シスの名を口にする事を恐れた。彼女が己の技術を唯一託した、最後の希望の名を。
結果、ハヴォメは捕まったその場で自ら命を絶った。ただ、それはセウディネの目の前での事で、これが彼を復讐鬼へと変貌させる。
国への復讐は、名前の件だけじゃなかったんだ……
草原子爵の四男は、ひょんな事からセウディネと関わる事になり、彼の瘴気使いとしての才能にチャンスを見いだした。
子爵家四男は過ぎた野心を持つ男で、セウディネと関わらなければ一生国の端で燻っているような人物だったらしい。
だが、セウディネの瘴気の力を目にし、これを使って周辺国を呑み込んで、やがてはゲンエッダをも取り込んだ、自分の王国を造る事を夢見た。
普通なら誇大妄想の一言で終わるところを、セウディネの瘴気が後押ししてしまったんだな。
各国にばらまかれた呪いや、瘴気の塊は、四男が誘導してセウディネが造ったものらしい。
それで各国を混乱させて、戦争へと導き、この辺りの国をまとめて一つの大国にし、自身がその王になる。
計画は壮大だけど、四男にはその計画をまとめ上げるだけの才能がなかった。それに手を貸し、彼を王に押し上げてくれる人材にも、恵まれなかったらしい。人望もなさそうだもんな。
四男が、最終的にどうして瘴気に呑まれたのかは、定かではない。大方、瘴気を甘く見ていた結果じゃないかなー。
あれだけ王宮や王都に蔓延していたくらいだ。耐性がなければ、あっという間に呑み込まれただろうよ。
カストルによる簡単なレクチャーが終わり、ミロス殿下が沈痛な面持ちで目を閉じている。
これからが、大変だもんねえ。とりあえず、ゲンエッダからの人材が到着するまでは、暫定的にオケアニスとネレイデスを貸し出すから、頑張って。
幸い、建物なんかの被害はないから、人手と食料が当面の問題かな。
「食料に関しては、ゲンエッダからの支援が期待出来る」
レクチャーを受けた日の夕食時、ミロス殿下がこれからの事を発言した。
ゲンエッダって、食料に関しては輸出するくらい豊かな国だからね。
問題は、ゲンエッダからブラテラダ国内各所にどうやって運搬するか……だ。
通常なら、海を使った海上輸送が一番楽なんだけど、その場合荷揚げする場がチブロザー海洋伯の港になるんだよねー。
ミロス殿下としては、もう少し国内が安定するまで、チブロザー海洋伯には領地から出て来てほしくないらしい。
「海洋伯は基本外敵退治が仕事だ。国内の事には、どこの海洋伯もあまり詳しくはない」
つまり、ブラテラダが瘴気まみれになっていた事を、チブロザー海洋伯は知らない……と?
「国内の事なのに?」
「それはいくら何でも……」
私とコーニーの言葉に、ミロス殿下が無言で首を横に振った。えー? マジでー?
「海洋伯の情報収集能力は、海に限定されている。もっとも、少し前の王都や周辺都市に手の者を放っていたとしても、その者達はもう生きていない可能性が高いがな」
瘴気に呑み込まれた可能性が高いですからねー。
ともあれ、チブロザー海洋伯に、ミロス殿下がブラテラダの王位に就くのを邪魔されたくない……というのが、殿下の本音だってさ。
海洋伯はブラテラダの貴族だから、国外の人間であるミロス殿下が王位に就く事に反対意見くらいは出すだろうけれど、あからさまな邪魔って出来るのかな。
「まあ、邪魔はせずとも、俺に従わない……くらいはするかもな」
「それ、海洋伯としてはどうなんですかねえ?」
「チブロザー海洋伯が忠誠を誓った相手はブラテラダの王家であって、ミロス殿下ではないもの」
コーニーの言いたい事もわかるけどさあ。
そこで、ミロス殿下からの爆弾発言が。
「一応、俺には父方からブラテラダ王家の血が流れているんだがな」
何だってー!?
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