第578話 残されたもの
結界の中から、全力の浄化を放つ。いやあ、眩しい眩しい。結界で半分以上防げたはずなのに、目を焼く眩しさだ。
「目が痛い……」
目元を手で覆って、リラが呻く。
「また酷い光り方ねえ」
「浄化って、こんなに目に悪いものだったんだ……知らなかったよ」
ごめんね、コーニー、イエル卿。リラも。私も、ここまで光るとは思わなくってさ。
「防御していても、これか……」
「何つう凶悪な光だよ……」
ヴィル様とミロス殿下も、大分目にきたようだ。ユーインは無言で目元を覆っている。
ええと、本当にごめんなさい。
結界を解除し、玉座の間に向かうと、干からびた遺体の向こう、玉座に座る老人が一人。
あれ……男爵家の三男って、こんな年齢だったの?
「まだ生きているな」
玉座の老人は、息も絶え絶えという様子だが、生きている。おそらく、残された時間はそう長くはないだろうけれど。
放っておけば、数日どころか数時間後にはここらに転がっている遺体と同じ状態になるんじゃなかろうか。
「……レラの執事によれば、こいつを操っていた黒幕は既に瘴気に呑まれているという事だな?」
「相違ございません」
「そうか」
ヴィル様は、何やらミロス殿下と小声で話し合っている。その間にも、老人は目から涙をこぼしていた。
泣く資格は、あんたにはない。何の罪もない庶民まで巻き添えにして、今更泣くとか。
「コーニー、イエル、レラとエヴリラを連れて外に出ていてくれ」
「ユーインは置いていっていいの?」
「構わん」
三人で、この場に残る。その、意味。
「さて、では奥様方、参りましょうか」
「そうね」
「……」
リラは、何か言いたそうにしたけれど、結局何も言わずにコーニーの後ろをついていく。
「主様」
私は、一度玉座を振り返り、すぐに三人の後を追った。私の背後から、カストルが付いてくるのがわかる。
玉座の人物が、どんな事になっても、私は知らない。あの部屋で、三人がする事も。
周辺国を騒動に陥れた瘴気事件は、これで幕を下ろした。主犯はオミーラー沼男爵三男、セウディネ・シス。
そして、彼を唆し、周辺国へ瘴気を撒き散らしたのはノワルースト草原子爵家四男スイド・ディッツ。
両名とも、既にこの世にいない。ノワルースト子爵家四男は瘴気の扱いに失敗して呑み込まれ、オミーラー沼男爵三男はあの場でミロス殿下の手により成敗された。
ブラテラダは、これからが大変だろう。王都には死体が山積みだし、地方都市でも死者が多く、生き残った人達は日常生活すら困難な状態の人ばかり。
これで、どうやって復興するんだろうね。
「それに関しては、王太子である兄上が考えている。今回、俺がここにいるのも、兄上の指示だからな」
ミロス殿下がセウディネ・シスを手に掛けた裏には、ブラテラダの今後にゲンエッダが大いに口出しする口実を作るという理由があったらしい。
ある意味、ミロス殿下がこの国を救った英雄だ。このまま、ミロス殿下が王位に就いたとしても、誰も文句は言えまい。
「言いそうな人物が、約一名おりますが」
「え? 誰?」
ブラテラダから一旦グラナダ島へ戻ってきた。セウディネ・シスが死んでから、オケアニスによるブラテラダ国内の浄化が始まった。
それが終わるまで、少し時間があるので、あの時玉座の間から出た面子で、一足先にグラナダ島へ戻ってきたのだ。
精神的に疲れているから、まだ昼前だというのに甘いものでお茶を楽しんでいる。ゲンエッダの茶葉、いいねえ。
そんな一時に、カストルからの爆弾発言だ。今のブラテラダで、ミロス殿下に文句言える人なんて、いないと思ってたのに。
「瘴気の影響が一番薄かった街を支配している人物です」
「それ、誰?」
「チブロザー海洋伯ですよ」
はて、何かどっかで聞いた名前。
「こちらの大陸に来て、最初に上陸しようとした領地です。門前払いを食いましたが」
ああ! あれか! あの時は、別にいいやと思っていたから放置したけれど、随分と失礼な話だったよね。
とはいえ、海に面していて外来の敵とかも入りやすい場所だっただろうから、警戒心を持つのは当たり前だったのかも。
「で? そのチブロザー海洋伯が、何で文句を言ってくると? てか、そこも瘴気に呑まれてるんじゃないの?」
門前払いを食らった時、こっそり紛れ込んだ街では、瘴気の影響は丸っきりなかったように見えたけれど。
「チブロザー海洋伯領は、その名の通り海に面した領地ですから、潮風に含まれる塩分で瘴気が払われ、ブラテラダ国内でも唯一瘴気の影響を受けていない領地になります」
おおう、そういえばそうだった。何故か瘴気って、塩分を嫌うらしいんだよねえ。
「チブロザー海洋伯が文句を言ったとしても、ゲンエッダには逆らえないでしょう。穀物を輸入している先なんだし」
食料を握られているのは、大きいよなあ、やっぱり。
「それでも、文句は言うでしょう。ここで主張しておかないと、今後の自分の立場もありますから」
立場……ねえ。
カストル曰く、チブロザー海洋伯もブラテラダの王位を狙ってくるだろうって話。
他国の人間が王位に就くより、国内の貴族が王位に就く方が国民感情もいいだろうという読みだって。
疲弊している国民としては、ミロス殿下を歓迎すると思うんだけどなあ。何せ、バックに付いているのは大国ゲンエッダ。
食糧支援も期待出来るだろうし、何よりこれからの復興を考えると、一地方領主が王になるより安心出来る。
「……チブロザー海洋伯の弱みか何か、握れない?」
「主様は、ミロス殿下に肩入れなさるのですか?」
「肩入れというか、今後の事を考えると、私達を門前払いした奴より、最初からフレンドリーだった人が王になってほしいだけ」
たとえその裏に、私達を監視する意図があったとしてもね。
カストルには、ついでに黒幕が何を考えて各国にちょっかいを出していたか、わかる範囲で調べてもらう事にした。ついでだついで。
周辺国を巻き込んで戦争を起こそうとしていた事を考えると、ろくな目的じゃあなかったんだろうけれど。
ブラテラダ王宮に残っていた三人が戻ってきたのは、カストルに調べるように指示を出したすぐ後だった。
「お帰りなさい」
「お疲れ様です」
お出迎えは私とリラの二人。コーニーとイエル卿は、居間で待ってる。
戻った三人の顔は、明るいとは言えない。それもそうか。死体ばかりの王宮に残ったんだものね。
戻ってすぐ、ヴィル様から要請があった。
「レラ、オケアニスの人数に、まだ余裕はあるか?」
「ええと、多分。何かありましたか?」
「王都の復興に、手を貸してほしい」
ああ、なるほど。
王都はセウディネ・シスの本拠地にもなっていたから、特に瘴気の影響が濃い。何せ、王都の道にも人が倒れていたくらいだからね。
復興の人手を入れるのは当然なんだろうけれど、その人手を運ぶのにも時間が掛かるから。
その点、オケアニスはメイドとしての腕前も、護衛としての腕前もあるし、何より単独で魔法が使える。多分、これが大きい。
「治療特化のネレイデスも派遣しますか?」
「頼む。正直、王都でもどれだけの人間が生き残っているか、把握出来ていない」
ヴィル様の声にも、疲労がにじみ出ている。聞けば、王宮だけは三人で手分けして生存者がいないかどうか、調べたんだって。声を掛けてくれれば、手伝ったのに。
結果、生存者はゼロ。全員、干からびた姿で見つかったそうだ。
あの瘴気まみれの城で、生きていたのはセウディネ・シスだけだったのか。
この結果に、セウディネ・シスは満足なんだろうか。
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