第595話 気を抜いているところに
確かに増産するのに許可は出した。オケアニスも、増えてて助かったと思った。
でも、未だに増え続けてるって、どういう事!?
『あの……カストルが、主様からの許しは得ていると……』
カースートールー! 後で呼び出すから!
『伝えておきます』
よろしく!
気持ちよかった入浴時間が、あっという間にお怒りモードになってしまったよまったく。
こうしちゃおれん。とっととカストルを問いたださないと。
湯船から勢いよく立ち上がったら、隣にいたシーラ様に声を掛けられた。
「レラ、どうかしたの?」
「ええ、うちの執事がやらかしまして」
「まあ、珍しい」
「ですので、ちょっと先に行きます」
クビを洗って待ってろよ? カストル。
湯上がりで髪も乾かさないまま、カストルを呼び出した居間へと向かう。この居間は私専用で、共用空間ではない。
「カストル! ネレイデスとオケアニスが現在も増産中ってどういう事!?」
「どういう……と仰いましても。増産のお許しはいただいておりますが?」
「こんなに増やすなんて聞いてないよ!」
「具体的な個体数までは、確認されませんでしたから」
しれっと言うな! しれっと。睨んでも、奴はどこ吹く風だ。かえって隣にいるネスティの方がオロオロしているよ。
妹に精神的負担を掛けて、何とも思わんのか。
「……メンタルの弱さは、少々気になりますねえ」
そういう意味じゃないだろおおおおお! つか、お前のそのメンタル強すぎの方が問題だよ!
結局、カストルにはのれんに腕押し糠に釘。とりあえず、これ以上の増産に関しては、逐一口頭で許可を得るようにと伝えた。
書類での許可になると、私が読み流してしまいかねないから。リラに言ったら「正しい選択ね」って言われたよ……
ゲンエッダの後宮に浴場を作る計画は、本気だったらしい後宮シスターズの手であっという間に決まった。
「その……風呂? というのがどういうものかよくわからないが、母達がどうしても欲しいというのでね」
ちょっと困り顔のゲンエッダ国王から、正式に頼まれちゃいましたー。
「これまでろくに我が儘も言わない人達だったから、たまのお願いくらい、叶えたいと思うんだ。報酬は言い値で払うよ」
陛下、他国の人間相手に言い値とか、言っちゃ駄目ですよ。まあ、サンド様とシーラ様が目を光らせるから、高額な請求はしませんが。
そういえば、ゲンエッダと帝国との間の運河、どうしようね? これに関しては、先にサンド様に聞かないと駄目かも。
とりあえず、シスターズにどんなお風呂がいいか、聞いてみよう。
「どんなお風呂? ……とは?」
「いえ、湯船の大きさや浴場の広さ、それに湯船の材質、湯温の違う湯船を置くかどうかとかですね」
「まあ、そんなにあるのね」
「お風呂とは、奥が深いわ……」
「あ、岩盤浴とか、蒸し風呂とかもありまして」
「詳しく!」
うん、このシスターズとは、仲良くやれそうだわ。
色々聞き出すついでに、それぞれの息子の話が飛び出てきた。
「フェイドは出来のいい子なのだけれど、なまじ出来がいいものだから、周囲の人間が愚かに見えるらしいのよ。おかげで妃がまだ一人もいないの。困ったものだわ。弟のアストは幼い頃から兄べったりな子でね。こちらも婚約者の一人も出来ないのよ。困ったものだわ」
「ミロスはまあ、最悪生涯独身でもいいかと思ってたのですけどねえ。ついうっかりブラテラダの王になってしまったから。こうなったら、ブラテラダ国内の有力貴族の家から妃をもらわなくてはならないでしょうねえ」
どちらの母君も、息子の結婚問題に頭を悩ませているらしい。そういや、一時期シーラ様も似たような事を仰ってたなあ。
息子を持つ母親の悩みは尽きないのだろう。
勝手に納得していたら、シスターズの一人、ミロス陛下の母君が神妙な顔で聞いてきた。
「……時に、ブラテラダには、グラナダ島のようなお風呂は、あるのかしら?」
「ブラテラダですか? どうでしょう?」
でも、多分ないんじゃないかなあ。
『ありません』
ああ、そうなんだ。
「その……もしよければなのだけれど、ミロスにも、この癒やしを感じてほしいの。無理かしら?」
「ああ、ミロス陛下でしたら、グラナダ島で風呂体験をしてらっしゃいますから、必要ならご自身で仰るんじゃないでしょうか?」
あの陛下は、その辺りは遠慮しない。ただ、こちらも遠慮せず費用は請求するけどな。運河とは違うのだよ、運河とは。
私の一言に、何故か母君の目がギラリと光る。
「まあ。あの子は一人であんな素晴らしい体験をして、母に何も言わずに余所の国に行ったと?」
あれー? 何故そこで怒りが?
その後は、しばらく母二人による息子達の愚痴大会となりました。本当、どうしてこうなった?
結果、浴場自体を広くして、別の部屋扱いで蒸し風呂と岩盤浴を設置する事になりました。
後、湯温は水風呂、ぬるめ、熱めの三つ。王都の夏は暑いらしく、熱めのお風呂に入った後、出る間際に水風呂で引き締めたいらしい。
心臓に負担が掛からないといいんだけど。
ボイラー部分やポンプ部分、それと水の浄化部分のメンテナンス用に、ネレイデスとオケアニスを二人ずつ常駐させる事も決定した。
今更だけど、ネレイデスやオケアニスは外見の基本部分はそれぞれで同じだから、髪や目の色をちょっと変えれば、常駐している者達と入れ替わってもわからないらしい。
私の周囲でも、しょっちゅう入れ替わっているそうな。知らんかった……
迎賓館からグラナダ島に戻り、陽光館の執務室で計画書を確認しながら、隣にいるリラに確認してみた。
「リラ、知ってた?」
「気付いてなかったわ……カストル、そういう事は先に言っておいてちょうだい」
「申し訳ございません。お二人でテストをさせていただきました」
主を勝手に試験に巻き込むんじゃありません。まったく、本当メンタル強いな、こいつ。
「ともかく、要望はまとまったからこの通りに工事をお願い。後宮だから、人形遣いを派遣する場合、女性を多めにして」
「承知いたしました」
うちの人形遣い達は、男女関係なくお仕事をしているからね。力仕事であっても、基本人形を介して行うから筋力の差とか関係ないんだ。
しかも、最近では女子の人形遣いの数が増えてきている。何と、あの人身売買の被害者の中からも、人形遣いになった子がいるそうな。
魔力持ちの子を、わざと集めたのかね。そういえば、デーヒル海洋伯の領地でも、魔力持ちの子が狙われてたっけ。
……あれ? あの一件は、瘴気とは関係なかったとか? もしかしなくても、まだ何かあるのかな。
レガード中央伯の一件もあるしなあ。そういや、あっちはどうなってたんだっけ?
余所の国だから、あまり首突っ込めなくてなあ。
翌日、陽光館での朝食の席で、サンド様に聞いてみた。風呂騒動以来、サンド様とシーラ様は基本グラナダ島に宿泊している。
夜帰ってきて夕食を食べて寝て、朝起きて朝食を食べて迎賓館へ行く。ゲンエッダに出勤しているみたいだ。
「サンド様、レガード中央伯の件、どうなっているかご存知ですか?」
「ああ、レラを襲撃させた家だね。陛下が大変お怒りでねえ。デーヒル海洋伯の口添えもあって、レラ達が到着した翌日に王宮へ呼び出し、即刻地下牢に放り込んだそうだよ。中央伯の家宅捜索は、デーヒル海洋伯が請け負って隅から隅まで調べている最中だそうだ」
おおう。海洋伯も、自身の邸に襲撃されたんだしなあ。しかも、王宮から出迎えるよう言われた客人を襲われたんだ。面子丸つぶれだよね。
その恨みを晴らすように、蟻一匹逃さぬ体制で捜索しているんだとか。せいぜいいい証拠を見つけてくれたまえ。
『デーヒル海洋伯に、隠し部屋への誘導を行ってもよろしいですか?』
隠し部屋? そんなのあるの? またベタな……
『レガード中央伯は、魔力持ちの人身売買に関わっているようです』
何!? じゃあその隠し部屋に、人身売買の証拠もあるって事?
『おそらく』
よし、誘導よろしく!
『承知いたしました』
つい昨日、その事を思い出したばっかりだよ。タイミングがいいというのか何というのか。
交易関連は、後もう少しで話し合いが終わるらしい。実際に交易を行うとなると、細かい取り決めとかもあるからね。
あ、運河の話、サンド様に聞くの忘れてた。今夜にでも聞けばいいか。
そして、そう思った日に限って、サンド様が帰ってこない。教えてくれたのはコーニーだ。
「お父様は、急遽王宮で開かれる夜会に出席なさるんですって」
「おおう。なんてこったい」
「何かあったの?」
「ゲンエッダから帝国への運河をどうするかって話」
「ああ」
帝国からブラテラダへの運河建設は、許可をもらって開始したからいいんだ。でもこの運河、元々は帝国を通してゲンエッダからブラテラダへ物資を輸送するルートが欲しいよねって事で始まったもの。
肝心要のゲンエッダから帝国へのルートがなくては困る。陸路はあるけれど、色々と問題もあるみたいだしさー。
何とか、運河ルートを開通しないと。
サンド様の帰りを待っていた私の元に、カストルから緊急連絡が入った。
『ゲンエッダ王宮が占拠されました。首謀者はレガード中央伯です』
何だってー!?
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