第576話 引っかかりの正体
大通りには、思っていたより人が少ない。多分、いきなり倒れるのではなく、徐々に動けなくなって倒れた人が殆どなんだろう。
まばらに倒れる人を避けて、大通りを疾走する。
「特に妨害はないな」
「ですねえ」
てっきり、瘴気で何か仕掛けてくると思ったんだけど。今のところ、空気が重いという以外の妨害はない。
いや、これも意図して妨害している訳じゃないんだろうけれど。
「妨害がないって事は、敵がこちらを認識していないって事ですかねえ?」
「どうだろうな。認識していても、放っている可能性もあるぞ」
「それは、私達が敵になり得ないと思っている?」
「かもしれない、というだけだ」
何かムカつくー。お前達なんぞ俺様の足下にも及ばねえよってか?
いい度胸だ親玉。目にもの見せてくれる。
王都の入り口から王宮まではそれなりの距離があったけれど、馬より速く走ってきたので大して時間は掛かっていない。
ただまあ、慣れていないミロス殿下が既にお疲れモードなんだけど。
「大丈夫ですか? ミロス殿下」
「……大丈夫に見えるか?」
見えないね。だから声を掛けたんだけど。
「何なら、ここでお待ち頂いても構いませんよ?」
「それは出来ない相談だと、何度も言ってるよな?」
そうだね。これ以上言うと、さすがのミロス殿下も怒り出しそうだから、黙っておこうっと。
王宮の入り口にも、倒れている人多数。武装しているところからも、衛兵なんだろうね。
顔が見える状態で倒れていないのでわからないけれど、伸ばされた手は干からびてミイラのようだ。
え……まさか、死んでないよね?
『残念ですが』
うおう。マジもののミイラ?
『瘴気を使われて生気を奪われ、かつここに放置されていたからか、亡くなって一月以上です』
からからに干からびているからか、それとも瘴気が防腐剤になっているのか、腐ってはいないらしい。
いや、それでも遺体だよ。ちょっと近寄りたくない。
「こいつら……全員、死んでるのか」
「王宮の中の方が、生き残りがいないかもしれないな」
ミロス殿下とヴィル様の言葉に、リラが小さい悲鳴を上げた。コーニーは険しい表情をしている。
「レラ」
「大丈夫。平気」
ユーインの心配そうな声に、顔を見て返す。本当に、自分でもびっくりするくらい恐怖や焦りを感じない。
遺体が、作り物めいているからかな。人の死には、そこまで慣れていないはずなんだけど。
王宮の中は、何とミロス殿下が案内してくれるという。
「子供の頃、何度か来た事がある」
そんな昔の記憶だけで、王宮の間取りが全部わかるもの?
「後は、うちの連中がこの宮殿の事も調べ上げている」
ああ、それで色々と知ってるんだ。だよねー。子供の頃の記憶だけで、どこにどんな部屋があるかなんて、覚えてられないでしょ。
「でも、親玉がどこにいるか、知ってるんですか?」
「王の居城を乗っ取るような奴なら、玉座の間にいるんじゃないか?」
冷静だね、ミロス殿下。
私達は、殿下の先導で王宮の中を行く。玉座の間は二階、東側にあるそうだ。
廊下にも、倒れている人多数。あの人達も、多分……
いかにも使用人ですってお仕着せを着た人から、高価そうな衣服を着用した人まで。瘴気は、生気を吸い取るのに身分の差を考慮しないらしい。
「この先だ」
親玉は、もうすぐそこにいるらしい。
どこも、玉座の間とか、謁見の間の扉というのは、仰々しいくらいに大きいものなのか。
両開きの扉の脇には、やはり干からびた遺体。そっと目を逸らして、扉を開けようとするユーインとヴィル様を見る。
最初、ミロス殿下が自分で開けようとしたんだよ。さすがにそれは駄目でしょって事で、ユーインとヴィル様が立候補。
で、今二人で押したり引いたりしているんだけど、開きやしない。
「鍵でも掛かってますか?」
「いや、鍵というよりは」
「壁の一部にでもなっているようだ」
「んじゃあ、吹っ飛ばした方が早くないですか?」
私の提案に、脇からミロス殿下の「え?」って声が聞こえた。
「そうだな。レラ、頼む」
「お任せあれー」
やっぱり、物理でどうにもならない時には魔法だよね。またミロス殿下の「え!?」って声が聞こえるけれど、気にしない。
壁と一体になっているのなら、周辺の壁ごと吹き飛ばせばいい。加減して、慎重に吹き飛ばす。
轟音と共に、周囲の壁も巻き込んで丸い穴が開いた。もちろん、こちら側に被害が出ないよう、ちゃんと結界は張ってある。
これで中に入れる……と思ったんだけど、壁の向こうは想像以上だった。
「何だ……これは……」
呆然と呟いたのは、ミロス殿下だ。彼の言う通り、扉の向こうは異次元のようである。
真っ暗なのだ。まるで、闇を凝縮した空間のよう。ほんの少し前ですら、見えない真の暗闇。
慌てて魔法で明かりを出す。いくつか玉座の間の中に放ると、やっと中が薄暗く見えてきた。
そこそこ広い室内に、倒れている人影。そして、一番奥にある玉座に座る人物。
「あれが、親玉ですかねえ?」
「多分な」
私の呟きを、ヴィル様が肯定する。明かりを入れたというのに、ここからだと玉座に座る人物がよく見えない。
「もう、浄化しちゃっていいですか?」
「ああ」
ヴィル様の許可ゲット。では、うんと魔力を込めて浄化しちゃえ!
室内の闇を払拭するべく放った浄化に、やはり玉座から悲鳴のような、獣の咆哮のような声が響いた。いや、凄い音量だよ。思わず耳を塞ぐ。
しかも、浄化したはずの室内は、相変わらず暗い。どういう事?
『主様が浄化した分、相手が瘴気を放ってきました』
いたちごっこかよ!
『早急に対処しませんと、王都どころか国中の生気が吸い尽くされかねません』
そうだった! 親玉が使う瘴気の元って、この国の人達の生気だった!
え……これ、どうすればいいの?
何……者……
何か、聞こえた。いや、頭の中に直接響くような、妙な……声? 考え? よく、わからない。
立ち去れ。ここは、僕の居場所だ。
皆の顔を見ると、同じ内容を聞いてるらしい。
「これは……」
「もしかしなくても、親玉の声? かな?」
ヴィル様とイエル卿が、そんな事を言い合っている。
「これは、相手と会話が可能という事か?」
え? どうしてそうなるの? ミロス殿下。ここまで来て、敵と交渉するってか?
「お前がこの瘴気を生み出しているのか!?」
ああああ、止める間もなく言っちゃったよ。
お前は誰だ? 何故ここに来た? お前達……どうして……!
うおう! 黒い嵐が吹き荒れる。これも、瘴気?
『そうですね。ですが、これは明確な意思の元動かしているものなので、対処が可能です』
そうなの?
『無意識に拡散された瘴気は、こちらの結界をすり抜けてきますが、意思を持つとすり抜けが出来ないようです。結界で対処出来ました』
あ、本当だ。私達の周囲に展開した結界に守られ、黒い嵐はこちらに傷一つ付けられない。
どうして……何故通じない!?
敵に、焦りが出て来た。
こんなの、聞いていない。僕は知らない!
聞いていない? 誰から……あ!
ずっと感じてた違和感、あれが何なのかやっとわかった。目の前にいるのが瘴気の親玉で、狙いが親と国を潰す事なら、どうして他国にまで影響を与えたの? 彼の望みからはずれてないか?
考えられる可能性は一つだと思う。
彼の後ろに、誰かいる。
それは、瘴気の使い方を教えた人物なのか、それとも甘言を吹き込んで利用しようとしている者なのか。多分後者だな。
「あなたに瘴気を使うよう促したのは誰!?」
「レラ?」
ユーインの怪訝な声が聞こえる。
「奴の後ろに、もう一人か複数か、犯人がいる」
「何だと?」
ヴィル様の気配が、獰猛なものに変わった。
「彼が望んでいるのは、自分の親と国を滅ぼす事。その原因は、男なのに女の名前を付けられ、苦しめたのが親と国だから」
「はあ? 何だそりゃ。その程度の事で、こんな騒動を巻き起こしたのか?」
ミロス殿下にとっては、「その程度の事」なんだろうね。でも、親玉にとってはそれこそ死ぬより辛い事だったのかも。
感じ方なんて、人それぞれだよ。
こちらの会話が聞こえたのか、親玉からの瘴気の圧力が強まった。
何も知らないくせに! 彼だけが僕を理解してくれたんだ!!
彼。という事は、親玉の後ろにいる黒幕は一人で、男性だという事。そいつが、周辺国にまで瘴気の影響をばらまいたんだ。
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