第575話 潜入?

 デュバルの分室にいるニエールに、通信を繋げた。


『あー……』

「……何日寝てない?」

『えー……』


 駄目だ、ニエールが使い物にならん。目の下真っ黒具合から見て、睡眠時間を相当削ってるな?


 いつもならすぐに帰って催眠光線で寝かしつけるところなんだけど、今回の睡眠不足の原因、私だからね。


『侯爵閣下。横から失礼します。ニエール様の体調が芳しくないので、私が代理でお答えしてもよろしいでしょうか?』


 誰だっけ? この子。


「分室で、ニエール様の世話係をしている人よ。確か、クオドス子爵家のロティクエータ様」


 背後から、リラのフォローが入った。ニエールの世話係……確か、森を焼いた実行犯の白騎士、彼の妹だったはず。


 出自はどうでもいい。あのニエールのお世話が出来るなんて、貴重な人材だ。


「許します。報告を」

『ありがとうございます。浄化の魔道具ですが、やはり拡散部分がうまくいかず、通常の浄化が出来る魔道具を量産しました。お言いつけの通り、使い捨てです。仕込んだ魔力結晶に、浄化が終わった後自動で術式を消し、かつ魔力結晶そのものを壊す術式が仕込んであります。使用者に影響があるものではありませんので、ご安心ください』


 可不足なく情報を伝えてくれる。出来るな、この人。


「数は揃っている?」

『はい。ご注文の数は揃えてあります。万が一起動しない不具合などが発生した時の為に、予備も一割ほど入れてあります』


 うん、重用決定。私は、有能な人材は大好きなんだ。




 分室の移動陣から、グラナダ島の移動陣へ魔道具を送ってもらい、こちらでオケアニス達に配る。


 オケアニス達の移動には、ネレイデスが手を貸す。現在、ブラテラダ国内のあちこちに、ネレイデスが馬車で移動している。


 移動先に使い捨ての移動陣を設置し、グラナダ島から各移動陣へと移動する予定だ。


 まずは王都の親玉の浄化が先決。それさえ終われば、国内の浄化は多少タイミングがずれても問題ない。


「こっちも、王都へ行く用意をしておかないとね」


 私は浄化が使えるから、魔道具は必要ない。それでも、予備として二本ほど浄化の魔道具を持っていく。


 浄化の魔道具は、杖の形をしていた。使い方は簡単で、杖の上部にあるスイッチを押し込むだけ。


 ロティクエータ情報によると、使った際にかなり眩しくなるそうな。なので、オケアニスにはサングラスを着用させている。


 メイド服に、サングラス。似合わねー。


 後はネレイデス達が所定の位置についた報せが来るのを待つのみ。


「……本当に来るんですか? ミロス殿下」

「当たり前だ。何の為にここまで来たと思ってる」


 まあ、そうだよねえ。ゲンエッダ側からの見届け役アンド監視役なんだし。


 一緒に行く以上、防御はしておくけどさ。何せ相手は瘴気だ。こちらの結界を抜いてくる力だから、どんな事が起こるかわからない。


 本当はリラとミロス殿下は置いていきたいんだよなあ。


 そう、今回、リラも行くと言い張っている。


「私が行っても何の役にも立たないのはわかってるけれど、このまま安全な場所でボーッと待ってるのもしゃくなのよ。人に変な影響を与えた張本人の顔を拝まないと、気が済まない」


 危ない現場には近寄らないリラにしては珍しく、鼻息が荒いよ。今回、瘴気の影響でネガティヴになっていたのが、よほど腹立たしいらしい。




 ブラテラダ国内に散ったネレイデス達の用意が調ったと連絡が来たのが、昨日の夕方。


 一夜明けて本日、瘴気問題に決着を付けるべく、ブラテラダ王都フェツェアートに乗り込む。


 街中、どんな感じかね。


『潜ませた監視用人形が全滅しています。あの都の瘴気は相当厄介です』


 おおう、全滅かい。監視用人形は小型のものばかりだから、防御力が弱いものばかり。とはいえ、うちの人形を全滅させるって、相当だよ。


『遠隔でも、都市内部が見通せないほどです。主様、十分気を付けてください』


 珍しく、カストルの声が固い。いや、念話だけど。


 現在、出発に向けて最後の仕度をしている最中。本日着ているのは、いつものスカートではなくペイロンで着慣れたツナギ。


 いや、動くかなと思って。それに、今回のツナギは特別製だ。


 カストルが作った新種の植物系魔物から取った糸で織り上げた布に、防御系の術式をこれでもかと入れている。


 特に精神系の保護術式を大目に入れておいた。瘴気って、人の肉体にも影響を与えるけれど、真っ先にやられるのは精神のようだから。


 これは、リラが影響を受けた事から推測した。彼女が特に過敏な性質だとしても、備えておいて損はない。


 うちの皆は慣れた格好なんだけど、一人困惑している人がいる。ミロス殿下だ。、


「これは……」

「我が家特製の戦闘服とでもお思いください」

「せんとうふく……」


 何でそんな微妙な顔をするかなあ。


「あいつはいつもと同じ格好なんだが?」


 ミロス殿下の視線の先にいるのは、カストル。彼はいつも通り燕尾服だ。日中なのに夜の装いなのは、執事とは主より劣った格好をすべしという、おかしな習慣による。


「彼は特殊ですから」

「どう特殊なんだ?」

「……秘密です」


 人じゃないんです、とはさすがに言えない。愛想笑いで誤魔化そうとする私の背後から、リラのぼやきが聞こえた。


「まあ、これからカチコミに行くようなものだし、戦闘服は間違ってないわね」

「リラ、かちこみ……って、何?」

「ええと、乗り込むとか、そんな意味です、コーネシア様……」


 うち、反社じゃないんですけど?




 移動陣で向かった先は、フェツェアートの内部。建物の影で、人目に付きにくい場所。


 とはいえ、これなら大通りのど真ん中でも人目につかなかったかもね……


「酷いわね……」


 大通りに出て目にしたのは、あちこちで倒れている人達。近寄って確かめて見ると、生きてはいる。


 だけど、生気がない。本当に、生きてるだけって感じだ。


「瘴気に全身が冒されていますね。ある意味、瘴気のせいでこうなっていますが、そのおかげで生かされてもいます」


 カストルの言っている意味がわからない。


「……どういう事?」

「彼等は、瘴気に悪夢を見せられ続けているようです。そこから発生する恐怖や憎悪といった負の感情から発するエネルギーを、瘴気に変換して吸い取られています」


 瘴気って、そんな事まで出来るの?


「やろうと思えば、魔法でも可能ですよ? 術式、作りますか?」

「作りません!」


 何て危ないものを作らせようとするんだ、まったく。


 とはいえ、これは急いだ方がいいのかもしれない。


「もう、親玉には私達がここに来たって、わかってるのかな」

「特に反応はないようだが」


 ヴィル様が警戒して辺りを見回している。そういえば、動きは何もないね。


「カストル、瘴気が一番濃い場所はわかる?」

「王城です」


 やっぱり、ラスボスはお城で待ち構えているのか。




 大通りを文字通り駆けていく。私、ユーイン、ヴィル様、コーニー、イエル卿は魔の森で使っている身体強化に近い術式で高速移動中。


 リラはヴィル様がお姫様抱っこで、ミロス殿下はカストルがお姫様抱っこで移動だ。凄い絵面だなあ。


 当然ミロス殿下は拒んだんだんだけど、私の一言でおとなしくなったよ。


「殿下、催眠光線で眠ったまま運ばれるのと、起きたまま運ばれるのと、どちらを選びますか?」

「……こ、このまま……で」


 素直でよろしい。何、お城までのほんのちょっとの間ですよ。見ているのも、私達だけですし。

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