第574話 待機中
天気はいいはずなのに、ブラテラダ国内は暗い。雰囲気が、というだけでなく、本当に暗いのだ。
瘴気が、日光を遮っている。
「こんな事も出来るんだね……」
「レラ、感心してどうするの」
思わず出た呟きに、コーニーが反応する。いやあ、瘴気って、生物に悪影響を及ぼす事しか出来ないのかと思ってたから。
『瘴気は原初の魔法のようなもの、と申した通り、魔力に近い使い方が出来ます。ですが、やはり生物への影響からか、どうしても負の面が強いですね』
呪ったり、相手を破滅させたり。そう考えると、今のこの現象も、敵国を瘴気で覆えば食料生産がしにくくなって、国力を落とす事に繋がる?
『かもしれません。何分、瘴気は古い力な上適性がない人間には扱えない力です。その為、術式等が魔法のように受け継がれる事なく、大半は失伝していると思われます』
一族の間でしか、伝えられなかった技術。致し方ない部分もあったんだろうけれど、そのせいで失伝してしまったのは痛い。
瘴気を知れば、自ずと対処法がわかるというもの。今ニエールが必死にやっている浄化魔法の拡散にも、何かヒントになるかもしれないのに。
晴れているのに曇りの日のような暗さの中、街道を王都へとひた走る。道の手入れもろくにされていないから、簡易舗装で走る他ない。
時折追い抜いていく馬車や人は、一瞬驚いた顔でこちらを見るけれど、すぐに視線を足下に落としてひたすら進む。
何とも言えない光景だ。
「行き会う人達に、疲れが見えるわね」
「そうだね」
彼等の顔にあるのは、疲労と諦観。どのくらい前からこの瘴気が蔓延しているのかはわからないけれど、少なくとも私達が西に来る前からだよね。
そろそろこっちに来てどれくらい経っただろう。三カ月? 四カ月?
少なくとも、それ以上この濃い瘴気の中にいたんだから、精神が疲弊してもおかしくない。
ブラテラダの王都フェツェアートを目指しつつ、夜はしっかりグラナダ島に戻る。
このまま、王都到着まで続けると思ってたんだけど……
「ごめんなさい、島で待っててもいいですか?」
リラが脱落宣言をした。どうも、あの濃い瘴気の中にいるのが耐えられないらしい。
結界を張っていてもにじみ出てくるものだから、影響を受けたようだ。
これにより、緊急会議が開かれる事になったのは驚いたけれど。リラも驚いていたね。
「レラ、ネレイデス達は瘴気の影響を受けるのか?」
「ええと」
どうなんだろう。言いよどんでいたら、カストルが代わりに答えてくれた。
「受けません。瘴気は、生物にのみ影響を与えますから。ネレイデスは、正確には生物とはいえません」
「では、悪いが王都までの道は、ネレイデスだけで移動してもらえるか?」
「承ります」
ヴィル様がサクサク決めたので、私達は王都到着までグラナダ島で過ごす事になった。
会議にはミロス殿下は参加していないけれど、決定事項は伝えられている。
表向きは、瘴気の影響を懸念して、という事になったらしい。
「何だか、申し訳ないわ……」
「気にする事ないよ、リラ。どうしても自分達が移動しなきゃいけない場合は、ヴィル様だってそうしただろうから」
つまり、ネレイデスに代行させているという事は、自分達がブラテラダ国内を移動しなくても問題ないって事だ。
説明しても、リラは浮かない顔のまま。あれ、これは……
「よし、浄化!」
「うわ! 眩し! ……あれ?」
リラは、不思議そうに自分の手を見ている。やっぱりー。瘴気に当てられていたな?
リラは、瘴気に敏感な体質なのかも。影響を受けやすいって意味で。
それを説明し、浄化で瘴気を消したからネガティヴな考えから脱却したんだって伝えたら、凄く驚いていた。
「え……瘴気って、人の気分まで変えられるの?」
「変えるっていうか、影響を与えて後ろ向きな考えにさせるっていうか」
「どっちにしても、厄介じゃない」
「だから、今のブラテラダ国内はヤバいって言ってるんだよ」
「あ」
気付いたかね?
「……でも、どうして私だけ?」
「多分、体質。魔法なんかでも、弱い人と強い人といるでしょ?」
「ああ……そういえば、どこぞの入り婿オヤジは、魔法への耐性が高かったわね」
入り婿オヤジ? ……ああ! 子リスちゃんの父親か! あれは、怒れる子リスちゃんの母方の伯父であるエザー伯が、手を下したんだっけ。
子リスちゃんの母親は、入り婿オヤジに殺されていたからね。エザー伯としては、妹の仇を討ったってやつだ。
そういやあの入り婿オヤジ、私の自白魔法に抵抗してたっけね。
エザー伯とは、社交行事で偶に顔を合わせる。あちらも王家派閥だから、狩猟祭でも顔を合わせるしねー。
あの伯爵がついているから、子リスちゃんは幸せになれるでしょう。
グラナダ島での生活は、快適そのもの。ただし、仕事がなければ。
「ここしばらく書類仕事がなかったのに……」
「一応、あんたの大変さを考慮して先延ばしに出来るものは、溜めておいたのよ」
その書類が、今いっぺんに私の目の前に……
「これはあんたが決裁しないといけないものばかりだから、逃げられないわよ」
うええええええん。リラが復活したのはいい事だけれど、書類仕事はいい事じゃないいいいいい。
とはいえ、やらなきゃいけない以上、やるんだけど。
「お。ネオヴェネチアが完成したんだ」
「いつでもオープン出来るそうよ。ただ、あんたが帰国してからになるわ」
あそこ、オープンとか必要な場所だったっけ? 普通に街のつもりで作ってたんだけど。いつからテーマパークに? 入場料取るぞ。
「チケットなら、売るわよ?」
「マジで!? え……大丈夫なのかな……」
「ロエナ商会の支店があるし、そこ限定の品もあるから、オープンから三日くらいは人が来ると思うわ。その後はまあ、スタッフとこちらのやり方次第でしょうね」
街に入るのに、チケット買う必要があるなんて、受け入れられるのかね?
ロエナ商会の限定品は、欲しがる人が多そうだけど。
「それに、こちらの国々で仕入れた品は、ネオヴェネチアでのみ、販売するものもあるそうだから」
「いつの間に……」
その辺りは、ヤールシオールが考えたな。彼女、天性の商売人だもん。
他にも、ブンゾエック山岳伯で手に入れた……まだもらってないけれど、特産の山羊の飼育計画や繁殖計画。
他にもゲンエッダで買い付ける羊や牛の種類と数などなど。あれ? こんなの、いつの間に計画が立ったんだ?
「リラ、これ、覚えがないんですが?」
「どれ? ……カストル、独断で動いたわね? どうする? この計画自体、潰す?」
リラ、目が据わってる……いやいやいや、それよりも。
「潰さなくていいけれど、カストルには一言もの申したい」
「じゃあ、呼び出しましょう。説教する」
その後、呼び出されたカストルは、リラに説教されてましたとさ。
グラナダ島には、入り江状態になった場所に砂浜が用意されている。ビーチですね。
この辺りは常夏……とまでは言わないけれど、年間を通して平均気温が高めだ。泳ぐにはうってつけですね。
別に、フロトマーロのビーチに行けばいつでも泳げるんだけどさ。たまには場所を変えて気分をリフレッシュさせたいじゃない?
いつも同じ場所で泳ぐのも……ねえ?
そのビーチを見て、ミロス殿下が目を丸くしている。
「これは、何だ?」
「ビーチ……砂浜ですよ」
「この島、四つの島の間を土で埋めて作ったって言わなかったか?」
「そうですね」
改めて考えると、凄い事やってるよね、カストルも。まあ、それを言うと海底から魔法で隆起させたブルカーノ島という前例があるんですが。
あっちとこっちじゃやってる事は違うんだけど、「島を作る」って点に関してだけは一緒だな。
ミロス殿下は、埋め立てて作った島に、しかも入り江を作ってそこにビーチがある事に驚いているらしい。
「詳しくはカストルに聞いてください。私は作る許可は出しましたが、実際にどう作ったかは知りませんので」
嘘は言っていない。ここは、カストルが好きに作った島だから。
いや本当、出来上がった後に来たら、これだからね。私だって驚いたもん。
ビーチはあるけれど、ミロス殿下の手前水着になるのはどうか、という話になったので、泳いではいない。
その代わり、水際で水遊び中。といっても、足を付けたりする程度。入り江だから波が穏やかだから出来る事だね。
それでもミロス殿下は何やらぶつくさ言ってビーチには近寄らない。いるのはユーインとイエル卿だけだ。
「いやあ、眼福眼福」
鼻の下伸びてるよ、イエル卿。彼の視線は奥方であるコーニーに釘付けだからいいのかもしれないけれど。
ブラテラダ国内のネレイデス達の位置は、タブレットに常に表示されている。それによると、もうじき王都に到着するようだ。
ついでに、瘴気の濃さも測ってもらっている。こちらは基準がないから何となく程度。
前通過した街よりも濃く感じるとか、空気が重く感じるとか、そんな感じ。ネレイデス達が感知出来る範囲でも、やはり王都近辺の方が瘴気が濃いようだ。
それに合わせて、王都周辺の街では活動している人達がほぼいないという。街や街道に、人影がないそうだ。
いよいよもって、危ないなあ。
そういえば、ニエールの方はどうなってるんだろう。
『拡散の方は、うまくいってません』
じゃあ、やっぱり物量作戦でいくしかないね。オケアニスを増やしておいてよかったよ。
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