第573話 違和感
瘴気は、当然のように王都へ近づけば近づくほど濃くなっていった。やっぱり、親玉は王都にいるんだな。
馬車と馬周辺には結界を張ったから、私達には瘴気の影響は出ない。でも、ここに住んでいる人達には、もう色々と出ているようだ。
街道だというのに、行き会う馬車も馬も人もいない。まるで無人の荒野を進んでいるような感じだよ。
「こんなの、初めて……」
「そうね。生気が感じられないわ」
ぽつりとこぼせば、コーニーが同意してくれる。リラは……窓の外が気になるようで、視線が釘付けだ。
「リラ、外に何かあるの?」
「あ……いえ、遠目ですけど、あの村の住人らしき人が見えて……」
コーニーの質問に、リラが窓から視線を逸らす。不自然な態度に、リラが見ていた方を見た。
村の周囲には、丸太を連ねた柵があり、そこにもたれるようにガリガリの子供が二人、座り込んでいる。
結構な距離があるのに、不思議とはっきり見えた。瘴気は、人の心を蝕むだけでなく、土地を枯らし、作物が育ちにくくなる。
あの子供達は、食べるものがないのかもしれない。どうしよう。あの二人だけでも助けるか。
迷っている間にも、馬車は進んで村から離れていく。後悔と、ほんの少しの安堵とで、溜息が漏れた。
今回、王都へ急ぐので夜間もネレイデス達に馬車と馬を移動させ続けてもらう事になっている。
馬車はともかく、馬に乗るネレイデスはマントを羽織り、姿が見えないようにしておいた。これなら、いつでも入れ替われるから。
瘴気の方は、本当にその場に漂っているだけで、意思や術式などは一切感じない。漏れ出たものが蔓延しているって感じ。
それでも、予想以上の濃さだった。国境付近でこれでは、瘴気の中心となる王都はどれだけ酷い状態なんだろう。
「はあ……やっと呼吸が楽に出来るわ」
グラナダ島に戻り、領主館に入ったコーニーの言葉に、思わず頷く。あの瘴気の中だと、結界で遮断しているにもかかわらず呼吸が苦しいんだよね。
「それにしても、予想通りと言うべきか、予想以上と言うべきか……」
リラも、少し顔色が悪い。これまでなら、グラナダ島に戻ってすぐに書類のチェックをするのに、デュバルとの連絡用通信機に触れようともしない。
私も、何も言う気になれなかった。脳裏に、あの二人の子供の姿が焼き付いている。
時間切れのように通り過ぎてしまった景色。あれが正しい事だったのか、どうしても答えが出てこない。
やはり、王都で盛大な浄化をするよりも、端から少しずつでも、手の届く範囲、見渡せる場所から浄化していくべきじゃないのか。
でも、それをやると、王都にいる親玉に見つかって、逃げられたり対策を取られるかもしれない。
そうなったら、犠牲者はもっと増えるのではないか。そもそも、ここまで時間をかけずに、とっととブラテラダに来て浄化をしておけばよかったのでは。
仮定の話ばかりが、頭の中をぐるぐると回る。
不意に、ぱんと手を叩く音が響いた。
「ここで考えていても仕方ないのだし、当初の予定通り、王都で国全体の浄化を行いましょう! その為にも、今日はもうお風呂に入ってご飯食べて、早く寝る!」
リラの言葉に、思わずコーニーと顔を見合わせる。そうだね。ここでグズグズ考えていても仕方ない。
今の自分達が出来る事を、しっかり出来るように。今はその時の為に自分のメンテナンスをする時だね。
ぬるめの風呂に入り、ちょっと長湯をした。おかげで、後ろ向きな考えは綺麗に消えている。お湯に全部溶け出した感じ。
夕飯は少し少なめ、あっさり目のメニュー。料理長の心遣いが嬉しい。私達の状況を伝えたのはカストルだろうけれど、それで出てくるのがこのメニューって辺りがもうね。
ありがとう料理長。デュバルに帰ったらボーナス出さなきゃ。
寝るときには軽く催眠効果のある魔法を使い、全員しっかり寝た。おかげで、翌朝の目覚めはすっきり爽やか。
「確かに、催眠光線を使われた時も、目覚めはすっきりしていたな……」
「ミロス殿下、お疲れだったんじゃないですか? 疲れが溜まると、うまく寝られなくて疲労が蓄積しますよ」
それを解消してくれるのが、催眠光線なのだ。あれだと、深く眠れるからね。
私の言葉に、ミロス殿下が視線を逸らす。疲れてるって、自覚があるんだな?
「しょうがないですねえ。では、今夜は特別にミロス殿下にのみ催眠光線を――」
「使わなくていい!」
ちぇー。
仕度を終えて、ネレイデスと入れ替わり、再び王都を目指す。夜間もネレイデス達が距離を稼いでくれたからか、昨日よりぐっと王都に近づいている。 そして、瘴気も濃くなってるね。
「何か……昨日より暗い?」
リラも気付いたらしい。
「瘴気が濃くなってきてるからだと思う」
「こんな……目に見えるほど濃いって事?」
ちょっと違うな。瘴気が人に与える影響の一つなんだと思う。こればかりは、結界を張ってもどうにもならない。
参ったね。結界をある程度すり抜ける存在があったなんて。
『瘴気は、原初の魔法に近いです。そういう意味では、現在の魔法の穴を突くのは得意なのかもしれません』
原初の魔法。魔法という術が確立された頃の魔法かあ。
『瘴気はその頃からあり、また瘴気を扱える人間も今より多かったと、前の主の記憶にはあります』
カストルの前の主は、うちのご先祖様のお友達で、オーゼリアやガルノバンがある大陸を実質作った人。
どうもね、カストルがあれこれ作るのは、このご先祖様のお友達の影響もあるみたい。
で、ご先祖様もそのお友達も、今から一万年以上昔の人だ。そんな昔からデュバルはあったのかよと突っ込まれそうだけれど、うちのご先祖様はその一万年前から五百年前くらいの時期にタイムスリップしてきた人なんだよね。
おかげで、お友達はご先祖様を探すのに躍起になり、色々と手を尽くしたっていう話。
しかも、見つからない事に苛立って、腹いせにヒュウガイツの一部地域を砂漠にしちゃったんだとか。とんだとばっちりだな、ヒュウガイツ。
ともかく、ご先祖様は古い時代の人で、お友達も当然そう。そのお友達が知っている話としてカストルに伝えたんだから、瘴気を操る技術は一万年以上前からあるって事だ。
『それと、遠隔で魔の森の中央研究所の情報から得た内容ですが、瘴気に関しては、扱う事を生業としていた一族がいたようです』
一族。と言うことは、瘴気を操る技術はその一族の秘匿情報だった可能性があるんだ?
『はい。最盛期には一地方都市の人口に匹敵するほど人数がいたようですが、魔法に押されて段々と衰退し、前の主様の時代には一千人程度まで減っていたそうです』
また極端に減らしたね。地方都市クラスの人口っていったら、百万はいかなくても、十万二十万はいたんだろうに。
『人数を減らした背景には、迫害があったようです』
迫害。瘴気使いを?
『ええ。真偽のほどは定かではありませんが、国によっては瘴気使いを捕まえて処罰する国もあったとか』
魔女狩りかい。でも、それなら人数が激減したのも納得だね。
原初の魔法、瘴気使い、一族、迫害。って事は、王都にいる瘴気の親玉も、その一族なのかな。
『そうとも言えます。瘴気を操る一族は、血の繋がりを重視していません。瘴気に対する感性のようなものが高い事の方が重要だったようです』
血の繋がりよりも、瘴気への感性の高さが大事。何だろう、喉元まで出て来ているのに、あと一歩で手が届かない感じ。
これ、昨日感じた引っかかりに近いなあ。何なんだろう?
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