第571話 おもちゃに群がる大人達

 私の要求に、驚いていたジダスト陛下だったけれど、すぐに動いた。


「よし、土地と帝都に邸だな。すぐに用意しよう」

「ありがとうございまーす」

「土地に何か要望はあるか?」


 要望? 要望ねえ。カストル、何かある?


『いいえ。特には。領民がいようといまいと構いません。新領地で生産するものの運搬は、移動陣を使いますから』


 ある意味、輸送コストを低く出来るのが、うちの利点だよねえ。


『だからこそ、この地で大量生産をして価格を下げましょう』


 カストルがこの国で作りたいのは綿花だそうな。コットン生地の値段を下げようという考えらしい。


『マダムは新しい布地に意識が向きがちですが、コットンプリントならば庶民向けの安価で変化に富んだ服が作れます』


 それすなわちデュバルの領民が助かるという事。今回は採算度外視だ。


 綿花自体、国内でも作っているところはある。でも、少量なんだよね。貴族向けの主流は蜘蛛絹だし。


 帝国で綿花を作って、それをデュバルへ持っていき加工、生地にして染めやプリントを施し、服の布地に使う。


 若い子だって、低価格で可愛い服が出回ればオシャレも出来るし、清潔な衣服は衛生的にも大事だ。


 衛生といえば、綿でガーゼも作る。医療現場や、子育てに使えるし、ハンカチやタオルにもいいね。

 オーゼリアで出回っているガーゼは麻が中心だ。悪くはないけれど、綿の方がいい気がするー。


「土地の場所に要望はないですけれど、王都邸は商業地区の近くがいいです」

「商業地区? 貴族街区でなくていいのか? 商業地区は、あまりいい場所とも言えないが……」

「それは、今までの話、でしょ? 皇帝陛下には、頑張って帝都をよりよい街にしていってもらいます。あ、国もね」


 そうでないと、私じゃなくてマダムが困るわ。帝都の邸には、マダムが簡単に行き来出来るようにしようと思ってるから。


 帝国の衣装も、きっとマダムの創作意欲の糧になると思うんだー。


 すらすらと答えたら、ジダスト陛下がぽかんとした後、笑い出した。


「はははははは! なるほどな。確かに、それは私の仕事だ」


 ええそうですよ。帝国の未来は陛下の肩に掛かってますから。




 細かい諸々は、決めるのにもう少し時間が掛かると言われてしまった。これは仕方がない。


「では、我々はブラテラダへ向かいますので、仕度が調いましたら、ご連絡ください。すぐに参ります」


 ヴィル様がよそ行きの顔で告げると、ジダスト陛下がまたびっくりしている。


 さすがに夜中の密会仕様で話す訳ないじゃない。ここ、一応玉座の間だから公式の場所でしょ?


 まあ、公式の場でも仮面を付けた怪しい格好をしてますけどー。


「連絡? ブラテラダまで、使者を送れと?」

「いえ、これで」


 ヴィル様が取り出したのは、カード型の簡易通信装置。といっても、使い切りで、合図を送る事しか出来ないけれど。


「それは?」

「これを真ん中からこのように割っていただければ、仕度が調ったのだとこちらに知れます。割った時から一日以内に、皇宮に参りますよ」

「何と……」


 離れた場所で、合図を送り合う事が出来るってのは、魅力的だよねー。わかるけれど、オーゼリアではこれ、子供のおもちゃ程度のものなのよ……


 大人なら、通信機を買うか、置いてあるところで借りるかするから。


 研究所では、購入出来ないお客様の為に、一定以上の大きさの街には通信機を置いた場所を提供しております。


 公衆電話ならぬ、公衆通信機かな。ただし、一回の使用料は高いけれど。後、相手も通信機を持っている、もしくは公衆通信機の前にいる事が大前提だけれど。


 このカード型の魔道具は、子供達が遊びで使うおもちゃ。主に富裕層の子供向けで、中には誘拐された時用の発信器代わりに持たせる親もいるって聞いた。


 専用の道具を使えば、カードの場所を特定出来るから。


 それはさておき、皆様仕度が出来た合図云々より、カードの方に興味津々らしい。


「これがあれば、地方からの伝達も早くなるのでは?」

「各地域に配置して、連絡事項を伝えられるよう工夫するべきではありませんか?」

「一体、どうやってこのような……」


 そういうの、後でやってもらえます?


「これは、購入する事は出来ないか?」


 何か、こんなやり取りを前にやったような気が。相手はゲンエッダの第三王子だったけど。


「そういった事は、私では決められないのでー」

「では、誰なら決められるのだ?」

「ここにはいません」


 嘘は言っていない。交易品を決めるのは、遠く離れたオーゼリアの国王陛下だから。


 サンド様だって、オーゼリアから出す品に関しては独断で決められないんだよ。


 ぼかしたのに、ジダスト陛下は食い下がってくる。


「では、決められる者との交渉を!」

「無理ですね」

「な、何故だ!?」

「だって、遠いですし、あちらを離れる訳にいきませんし」


 これも、嘘ではない。国王陛下が国を離れるって、まずないんだよね。オーゼリアの場合は。


 どこぞの陛下はひょいひょいうちの温泉街に遊びに来てるけれど。あれも、宰相閣下が胃を痛める原因になってるんだろうなあ。かなり身軽な様子で来てるし。護衛、どこで撒いてるんだろう?


 私の返答に、ジダスト陛下がぐぬぐぬしてる。強硬策を言い出さない辺りはお利口さんだ。


 ここで私達に何かしようものなら、その場で反撃くらって帝国が本当に潰されるからね。そうなったら、ゲンエッダの王太子殿下に治めてもらうから、庶民は平和に暮らせるでしょう。


 あ、そうなったら、王都の邸や土地は、ゲンエッダの王太子殿下と交渉し直しなのかな。面倒臭ー。


 ところで、流れで私がやり取りをしていたけれど、これ、ヴィル様がやらなくていいのかな。


 ちらりと見上げると、視線がぶつかった。


「何だ?」

「いえ、このやり取り、私がやっちゃってよかったのかどうか」

「別にいいだろう?」


 そうなの? 首を傾げるけれど、ヴィル様がいいって言うのなら、いいや。


 納得した途端、後ろからユーインに羽交い締めにされた。何事!?


 見上げようとしても、背後から抱きつかれた形なので、相手の顔が見えない。名前を呼ぼうにも、今は偽名で活動中。


 あ、ユーインの偽名、さっき決めたばっかりだから、本人に教えてないよ。いきなり言われたら、何の事やらわからないよね。


 とりあえず、腕をぽんぽん叩いて宥める。こういう時、イエル卿がいてくれればなあ。


 あの人、ユーインの扱いに慣れているから、今がどういう状況なのか説明してくれるんだよね。


 玉座を中心に、まだ話し合いをしている帝国上層部。そこへヴィル様が声を掛けた。


「内輪の話し合いは後回しにして頂けるかな? 我々は急いでいるので」

「あ、ああ。国境には通達を出した。三日後には、通れるようになっているだろう」


 三日かあ。時間掛かるなあ。とはいえ、帝都から各国境まで、結構な距離がある。三日で通達を出すとなると、ゲンエッダのように鳥を使うか、早馬を使うか。帝国だと馬かな。


「では、三日後に国境に向かうとしましょう」


 本当は、ブラテラダとの国境付近までネレイデス達に馬車を進めさせ、私達はグラナダ島でのんびりしている予定だけどねー。


 長く馬車に乗ってると、それだけで疲れるのだよ。




 帝国の大掃除は終わった。今回手に入った労働力はかなりのもの。しかも、女性も結構な人数いるとか。旦那の悪事に加担していたとか?


「それが主ですが、中には悪い事と知っていて、父親や母親の悪事に手を貸していた娘がいます。息子もいますが」


 家族ぐるみで犯罪かー。世も末だなまったく。


 今回は盗賊同様、労働力だけでなく、彼等が不正に蓄財した財産も没収済み。通貨に関しては、これから帝国で使わせてもらう所存。


 だって、土地を手に入れるし、何か領民もくっついてくるっていうし。


 なら、きちんと代官を置いて、領地経営しないとね。


 あれ? これ、私の仕事が増えてない?

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