第570話 新帝誕生

 第三皇子との待ち合わせ場所は、皇宮の玉座の間だ。皮肉だねえ。その玉座にふんぞり返っているはずの皇帝が、今はシーツ一枚で引きずられている。


 引きずっているのはカストル。引きずられている皇帝と皇太子、第二皇子は何やら喚いているようだけれど、遮音結界に阻まれて何を言っているのかわかりません状態。


 何を言っても、彼等の状況が変わる訳じゃないのにね。


 玉座の間は、皇宮の二階奥にある。皇帝たちの居室も二階だったから、階段を使わずに済んでよかったよ。


 あの大荷物を引きずりながらじゃあ、カストルに負担が掛かる。ちらりと振り返ったカストルは、何やらいい笑顔をしていたけれど、何でだろう。




 やがて、無事玉座の間に辿り着いた。途中で何人も眠らせたので、オケアニス達が大変だったと思う。後で何かで労わないと。


「オケアニス達は、甘い物を好むようですよ、主様」

「そうなの? じゃあ、シャーティの店のケーキでも差し入れしようかな」


 もしくは、うちのパティシエに頼んでスイーツバイキングとか。……それは普通に私も食べたい。こっそり私も参加しようかな。


 そんな楽しい想像の時間も、玉座の間に到着した時点で終了だ。残念。


 玉座の間には、第三皇子の他、何人かの貴族や帯剣した騎士がいた。全員、融和派だという。


 若い人が多いけれど、それなり年嵩の人もいるね。全員が全員、何とも言えない顔をしてるのは……引きずっている皇帝達のせいかな。


「時間ぴったりだな」

「約束は守る質でね」


 第三皇子の言葉に、ヴィル様が返す。


「それにしても、皇宮内が騒がしくなると思ったんだが……」

「無関係と思われる者達は、別室で寝ている。危害は加えていないから、安心してくれ」

「そうか……」


 薬や暴力で気を失わせた訳じゃないからね。催眠光線が体に悪い影響を与えない事は、ニエールで実験済みだ。


「『客人』が主役を連れてきてくれた。皆の者、始めようか」


 第三皇子のかけ声と共に、室内にいる人達が整然と動き出す。こちらはこちらで、全て打ち合わせ済みのようだ。


 彼等が用意しているのは、第三皇子の戴冠式。本当は大聖堂で行うそうだけれど、今日のは緊急の略式という事になる。


「父上。いや、『先代』皇帝オヤトゥーロ。今日をもって、あなたの帝位を廃します」


 結界内の声は聞こえなくても、外の音声は結界内に聞こえる。いきなりの息子による廃位宣言に、皇帝……もう先帝か、は激しく抗議しているようだ。声は聞こえないけれど。


 その様子を睥睨していた第三王子は、踵を返して玉座へと歩みを進める。ゆっくりと進むその背に、結界内の三人は何かを叫び続けていた。


「これより、新帝ジダスト陛下の戴冠式を執り行う。なお、この式は略式にて、後日正式な戴冠式を執り行うものとする」


 ちらりと先帝達を見ると、まだ喚いてるよ。結界の中、見えない壁を手で打ち付け続ける様は滑稽だ。


 そこでゆっくり見ているといい。自分達が持っていて当然と思っていた権力が、その手から消えていく様子を。


 玉座に座った第三皇子……新帝ジダスト陛下の元へ、皇帝の冠が運ばれてくる。


 地金は金で、そこに多くの宝石があしらわれた絢爛豪華な冠だ。それが、年嵩の貴族の手により、玉座に座るジダスト陛下の頭に乗せられる。


 戴冠式は、これでおしまい。その場の全員で拍手してお祝いして終わり。何となくの流れで、私とユーイン、ヴィル様も拍手している。


 祝っていないのは、床に座らされた先帝とその息子二人だけ。今にも射殺しそうな目でジダスト陛下を睨んでいる。


「さて、これで私がこの国の皇帝となった。では、最初の命令である。先帝オヤトゥーロと前皇太子ニーズイフ、元第二皇子ビフロスを公開処刑とする!」


 おうふ。いきなり公開処刑かい。まあ、皇帝達の事は好きにすればいいとは思ってたけどさ。


「罪状は国を混乱させた事。また、臣民を長く虐げた事。上げればキリがないな……」


 苦い顔で笑うジダスト陛下。周囲の人達は、神妙な顔だ。


「悪いが、先帝達を話せるようにしてもらえないか?」

「……いいのか?」

「大丈夫だ」


 何を言われても、今更揺るがないという事か。ヴィル様からの指示があったので、遮音結界だけ解かせた。


「ふざけるな! 余に無断で帝位を継ぐなど!」

「そうだ! 次の皇帝は俺だぞ!!」

「俺より下の三番目の分際で! とっととその場から下りて、冠を父上に返せ!!」


 凄いな、この三人。自分達の状況を理解出来ていないのか。


「すげー馬鹿」

「レラ」


 小声で言ったら、ヴィル様に聞こえていたらしい。こちらも小声で名前を呼ばれた。でも、これだけで怒られた気分になるんだから、凄いよなあ。


 他にも何やらぎゃーぎゃー言っていたけれど、床の先帝達の言葉は、ジダスト陛下にほんの少しも傷を付ける事は出来ないらしい。


 涼しい顔で聞いていたジダスト陛下だが、先帝の一言で固まった。


「お前の母も、今のお前を見て嘆くだろうよ! 折角後宮の端に入れたというのになあ! お前のせいで後宮から追い出されるのだ! ざまあ見――!」


 先帝は、最後まで言えずに昏倒する。玉座から駆け下りたジダスト陛下に、勢いそのまま蹴り飛ばされたのだ。


 鼻血か歯が抜けた口からの出血か、顔面を血だらけにして倒れる父親を見て、元皇太子も元第二皇子も震え上がっている。


「その薄汚い口で、母を語るな!!」


 なおも暴力を振るおうとしたジダスト陛下を、ヴィル様が止めた。


「何故止める!?」

「いや、公開処刑前に殺すのはどうかと思うんだが?」


 我に返ったジダスト陛下は、やっと振り下ろそうとした拳を収めた。


 ジダスト陛下は怒りを鎮めるように一度目を閉じた後、立ったまま床に這いつくばる元皇子二人と、まだ意識が戻らなそうな先帝を見下ろす。


「処刑は告知を出して十日後に行う。それまでは、地下牢に放り込んでおけ」

「は! この者達を、地下牢へ!」


 騎士が声を掛けると、どこから湧いて出てきたのか、同じ制服を身につけた騎士達が先帝達三人を引きずるようにして玉座の間から連れ出す。行き先は、地下牢なんだろうね。


 さあて、これでやる事は終わった。後は通れるようになっただろう国境を越えて、ブラテラダへ行かないと。




 と思ったのに、何故か場所を変えて第三皇子改めジダスト新帝陛下とご対面ー。


「結局、その仮面は外してはもらえないのか」


 開始早々、そんな愚痴を言われましたよー。ユーインもヴィル様も、私を見るのはやめてくださる?


「意外だな。君達をまとめているのは、彼女なのか」

「違います」


 そこはちゃんと否定しておかないと。まとめているのはヴィル様ですよ。ここで名前を呼ぶ訳にもいかないので、黙ってるけれど。


 あ、ブラックシャドウ様って呼べばいいのか?


 その場合、ユーインは何にしよう。向こうを張るって事で、シャインブライトとか?


「こら。目の前の事に集中しろ」

「はあい」


 怒られた。で、何の話しだっけ?


『報酬の件です。今回、あまりにも主様達の功績が大きく、前回提示しただけでは足りないと判断されたようです』


 あー、なるほどー。支払う対価が少ないと、後で何かいちゃもん付けられるのではと疑っている訳か。


 でもなー。この国でほしいものはないしー。


『主様。一つ、提案が』


 何かね? カストル君。


『タリオインにも、手を入れましょう』


 どういう事?




 カストルからの入れ知恵を聞いている間にも、ヴィル様とジダスト陛下との間で交渉というか、押し付け合いが発生していた。


 具体的には、当主を失ったいずれかの土地を譲渡するというもの。もちろん、そこに住む住民込みで。


「我々が旅の途中だと、わかっていて言っているのか?」


 うんざりするヴィル様に、ジダスト陛下がにやりと笑う。


「だからこそだ。ここで永住する気はないかね?」


 わー。ゲンエッダよりも狡猾だー。でも、土地をくれるというのなら、今はそれに乗りたい。


「はいはーい! 土地をくれるというのなら、個人でもらいまーす! 後、帝都にお屋敷一軒欲しいでーす!」


 いきなりの私の発言に、ジダスト陛下も驚いているけれど、ユーインとヴィル様の方が驚いているよね、きっと。

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