第569話 帝都の皇宮
タリオイン帝国第三皇子に約束した時間は、午前十時。
皇宮に行くのは、私、ユーイン、ヴィル様、それにカストル。全員、星空の天使仕様の衣装に着替えている。
カストルだけ、前回は参加していないので衣装がないかと思ったんだけど、ポルックスが間に合わせたんだって。出来る執事だ。
リラ、コーニー、イエル卿はグラナダ島でお留守番。
ないとは思うけれど、もしもグラナダ島が襲撃された時を想定して、コーニーとイエル卿にはリラを護衛してもらっている。
うちの面子の中で、戦闘能力を持たないのは彼女だけだから。
ついでに、置いて行くミロス殿下の護衛も。殿下ってば、最後まで自分も行くって駄々こねてたけれど、催眠光線でおとなしくさせておいた。
コーニーは自分も衣装を着て暴れたがったけれど、今回は物理攻撃を加える訳にはいかないので、何とか説得して残ってもらってる。
どんだけ暴れたいのよ。いや、気持ちはわかるけれど。
帝都までは、カストルに送ってもらった。移動陣を使ってもいいんだけど、使い捨ての陣を設置するのも面倒でな。
帝都は広く、皇宮を中心とした円状をしている。中心にある皇宮近くには貴族の邸宅が軒を並べていて、その周囲に商業区や工業区、居住区などが広がっていた。
帝都周辺を囲う壁の門から中へ入り、大通りを進んでいる。ちなみに、四人全員人形馬に乗っている。徒歩で行く距離じゃないからさー。
帝都はこの時間、人がまばらだ。一応は皇帝のお膝元、建物は綺麗だし、大通りには店が建ち並んでいるのに。栄えていないのかな。
「普段はもっと人が多いようですよ。もっとも、見せかけの繁栄ですが。この辺りの通りに面して店を出しているのは、大貴族お抱えの商人ばかりです。帝都の民の為の店は、裏通りの寂れた場所ですよ」
「うわあ……」
何という見栄。いや、自分達お抱えの商人だけが生き延びればいいという我欲かな?
その店も、どこも開店休業中のようだ。
「顧客の貴族達が顔を見せないので、暇を持て余しているのでしょう」
「こんな時間から、貴族が買い物に?」
「貴族の下っ端や、雇われている者達が来ます。午後からは、中流貴族や上級貴族が来るようです」
自分のお抱え商人以外の店に行くそうな。行く先は付き合いのある貴族家お抱えの商人の店。
そこで買い物をすれば、自分お抱えの商人の店で、相手も買い物をしてくれるというシステム。
貴族同士だけで金が回ってるよ。もうここらから眠らせていこうかな。
「グレーはそのままにしていますが、黒の商会は既に捕縛済みです」
仕事が早いね、カストル。
居住区を抜けて、商業区を通り越し、とうとう貴族街区へ来た。ここは本来、入るのに許可が必要らしい。
「そこの四人、止まれ!」
壁で囲われた帝都、その中にさらに壁で囲われたエリア。それが貴族街区。当然、門があってそこには門番の武装した兵士――貴族街区では騎士のようだけど――がいた。
槍を持つ騎士は全部で六人。誰何してきた一人を筆頭に、すぐに眠らせる。
「この者達も、捕縛しますか?」
「悪さしてたの?」
「地方貴族を中に入れないように、金をもらっていました。その実、裏からこっそりいれていたようですが。それで地方貴族からも金をもらっていたようです」
がめついー。他にも迷い込んだ平民の子を脅したりしたそうだから、捕縛で。
ちなみに、捕縛=デュバルの労働力行きだ。それ以外の人達は、眠らせてもちゃんと風邪を引かないように対策しておく。カストルが。
貴族街区を抜ける際、もっと騒動が起こるかと覚悟していたけれど、何も起きなかったね。
「帝都の貴族には、手を出してません」
「あ、そうなんだ」
その割には、貴族街区に人がいないね。
「この辺りの者達が動き出すのは、午後からですよ」
さいですか。
貴族街区からは、道が曲がりくねっている。貴族街区の中央、小高い丘の上にあるのが、皇宮だ。
オーゼリアやガルノバンの王宮を知っていると、平地ではない場所に建つ宮殿って不思議。何とかと煙は高いところが好きっていうけれど……
その皇宮、まっすぐ進めばもう目と鼻の先なのに、道が右へ折れ左に折れしてるので、凄く遠くに感じる。
もういっそのこと、上を行っちゃう? まあ、約束の十時まで、まだ間があるからいいか。
やっと到着した皇宮にも、当然ながら護衛騎士や衛士がいる。彼等もその場で眠らせて、やっと皇宮の玄関に到着だ。
「相変わらず催眠光線の威力は高いな」
ヴィル様が呆れたような声を出している。えー? 今更ですかー?
「な、何者!?」
さすがに皇宮に入ると、人の目が多い。こちらに気付いた相手から、順に眠らせていく。
床に倒れそうになった彼等彼女等を支えるのは、いつの間にか来ていたオケアニスだ。
「タイミングバッチリだね」
「捕縛対象以外の者達は、彼女達に任せておきましょう」
今回使っている催眠光線は、緩くしているので二十四時間程度で自然に目を覚ます。
とはいえ、目を覚ますまで放置しておくと風邪を引いたりするかもしれない。皇宮の床は冷たい石造りだし。
なので、空き部屋を勝手に使ってオケアニス達が彼等をお世話……という名の監視をしておく事になっている。
「でも、これから何人眠らせるかわからないのに」
「問題ありません」
ん? 何か引っかかった。何だろう……あ。
「オケアニスって、そんなに人数、いたっけ?」
確か、六十人近くいたはずだけど。多いと言っても、その程度だ。皇宮に勤めている人間が何人いて、そのうち捕縛対象外がどれだけいるか、把握していないんですけど。六十人以上、いるよね?
「最初の五十八人を一ユニットとして、現在十ユニット稼働中です」
「十!? って事は、約六百人?」
いつの間に。いや、いつぞや「増やす」って方針になったのは覚えてるけれど。
でも、一挙に十ユニットはないんじゃない?
「ん? でも、名付けとか聞かれなかったけど」
「ええ。オケアニスは基本、最初に付けた名をそのまま継承していますから」
へ? どういう事?
「オケアニス、最初の者の名はペイトーです。二ユニット目の最初の者の名もペイトーになります」
「ええと、つまり順番通りに名付けた名前を、次のユニットでも同じように使ってるって事? 同じ名前ばかりになるんじゃない?」
「ですので、名札には名前の後ろにユニット番号が入ります」
おおう……いつの間にやら、うちは大所帯になっていたらしい。だから帝国の地方の掃除があっという間に終わったんだ。人海戦術だったとは。
人数が多いのはもう仕方がない。開き直って使おうじゃないか。幸い、これからたっぷり寝かしつける事だしね。
皇宮の玄関から入り、奥へと進んでいく。皇宮の間取りに関しては、既にカストルが把握済みの為先導させた。
皇族の居住区は、皇宮の奥の奥。こういうのは、どこの国も似たり寄ったりの構造になるんだなあ。オーゼリアでも、王族の居住区は王宮の一番奥だもん。
当然皇族の近くに行けば行くほど、帯剣した騎士が多く、あっという間に囲まれる事も少なくなかった。
もっとも、あっという間に相手を眠らせるので、手間は掛からないけれど。
「皇宮に乗り込んだという自覚に欠けそうだ」
ヴィル様が溜息交じりに呟く。本来、襲撃者はもっと敵に囲まれるべきだもんねえ。
「いい事じゃないですか。手間が掛からなくて」
「いい……のか?」
さすが脳筋のヴィル様。物理で叩きのめさないと、「乗り込んでいる」という実感に欠けるらしい。
私なんかは、楽に進める方がいいと思うけどね。これが天然脳筋と養殖脳筋の差か。
ほどなく、カストル曰く皇帝の居室に到着した。扉を守る騎士達は、早々にご退場いただく。
彼等は職務として皇帝を警護していただけなので、捕縛対象外だ。
扉を開けると、窓には分厚いカーテン。部屋の中にでんと置かれた大きな天蓋付きベッドには、人が三人寝ている。
そう、一人でも二人でもなく、三人。色ぼけ皇帝め。
「脇の女性二人は、無理矢理連れてこられた者達です。皇帝が飽きたら死を賜る予定だとか」
なら、救出決定。まずは三人に軽く催眠光線を使い、動かしても起きないようにする。
それから両脇の女性二人をオケアニスに任せ、皇帝をカストルが引っ張り出した。
うわあ、すっぽんぽんだよ。
「レラは見てはいけない。目が腐る」
いつの間にか背後にいたユーインが、私の視界を遮った。その間に、カストルが皇帝をシーツでぐるぐる巻きにしたらしい。
「さて、次は皇太子かな? 何となく、似たような状況になってる気がするけれど……」
私の予感は当たった。皇太子も第二皇子も、複数の女性とベッドで寝てたよ。お盛んな事で。しかも、判で押したように全員相手に身分を振りかざして断れないようにしている。クズさも似るのかな。
まあいいよ。この後を考えたら、最後のお楽しみだったんだろうから。
さて、こいつらを連れて、第三皇子と合流だ。
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