第568話 首を洗って待ってろ

 こちらの条件としては、敵対行動を取った貴族及びその仲間全ての生殺与奪権と、彼等が持つ財産の没収。ただし、領地に関しては手を付けない。


 帝国の融和派に求めるのは、これから私達が帝国で行う事を見逃す事と、全てが終わったら国境の封鎖を解除する事。


 後は、健全な政治体制を作り上げる事。


 最後の条件を突きつけた途端、第三皇子が皮肉な笑みを浮かべた。


「それはまた」

「何か?」


 可愛く見えるよう、小首を傾げてみた。コスプレ中は、「可愛い」を意識出来るから凄いねー。普段なら絶対やらないって自信があるよ。


 第三皇子は私をちらりと見て、続けた。


「健全とは、誰の物差しでいうのかな? 君らは事が終わったら帝国を去るのだろう? 我々が国民を虐げるような政治をしても、気付かないのではないか?」

「そうかもな。だが、そうなれば今度こそゲンエッダが攻め込んでくるだろうよ」

「我が国にも、武力はあるのだが?」

「さて、それがいつまでもつか」


 そうだねー。いざ二国間で戦争が起こって、それがオーゼリアの不利益になるのなら、こっそり戻ってあれこれ手を入れちゃうよー。


 だって、ゲンエッダの小麦と茶葉と羊毛、ミルク、生クリーム、バター、チーズがなくなるのは困るから。


 美味しいは正義なのだ。


 ヴィル様の煽るような言葉に、第三皇子は何も返さない。先ほど、暗殺部隊がどうなったか、聞いたばかりだからかな。


 別に、信じなくてもいいよ? 動かそうと思った時に部隊が見当たらないだけだから。


「殿下、我々は交渉をしに来ているが、その相手は殿下でなくとも別に構わないのですよ。何なら、殿下の兄君達に話を持っていってもいい」

「……」


 お、ちょっと様子が変わった。


『焦りが出て来たようです』


 よっぽど兄達と仲が悪いのかな?


『仲が悪いというよりも、明確に敵対していますね。二人の兄からは、第三皇子の母共々何度も刺客が放たれています』


 皇太子に当たる人物からも? 何でまた。


『皇太子は社交界からも国民からも人気がなく、第二皇子も同様のようです。ですが、第三皇子は国民からの人気が高く、また社交界の一部からの支持もある。要するに、次期皇帝の座を取られるという焦りと、単純な嫉妬です』


 器がちっせーな、皇太子アンド第二皇子。そりゃ嫌われるよ。


『ちなみに、第三皇子も皇太子及び第二皇子が嫌いです。憎悪していると言ってもいいでしょう』


 ……何か、理由があるの?


『まだ幼かった妹君が、皇太子の手により毒殺されました』


 よし、皇太子も過酷な工事現場にご招待だ。子供に対して何てことしやがる。第二皇子は? 何かやった?


『妹君毒殺の手助けをしました』


 ならば第二皇子も同様に。もう本当、この国どうなってるんだろうね?


『建国当時の皇帝の血筋は途絶えてますので、途中で入れ替わった臣下の血筋が今の皇帝家になっています。その辺りから、ずれが生じてきたようです』


 わあ。ここでも托卵?


『いえ、どちらかといえば下剋上でしょうか。七代前の皇帝の時に内乱が起き、そのまま皇統は絶え、反乱の首謀者だった男の血筋が今の皇統となっています』


 その時の皇帝の政治は、どうだったの?


『国民により添った政治でした。反乱後は、貴族中心のものに変化し、国民は各地で虐げられています』


 ろくでもないな。


 でも、第三皇子も皇太子と第二皇子を嫌ってるのなら。


「第三皇子殿下、先ほどの条件に追加します」

「何だ?」


 ヴィル様の視線を感じるけれど、ここは言い切ってしまおう。


「今回の取引を受けてくれたら、皇帝、皇太子、第二皇子の身柄は殿下にお渡しします。お好きにどうぞ」

「な!」


 おお、揺らいでる揺らいでる。妹の仇、取りたいよねえ?


 本当は自分で全部やりたいんだろうけれど、それを待ってる余裕は私達にはない。


 ここは一つ、自分の望みを叶える為に、私達を利用してはどうでしょう?


 にっこり笑って続けると、第三皇子が目に見えて動揺した。


「……いいのか?」

「構いませんよ、三人くらい」


 労働力が減るけれど、まあその分他で穴を埋めるから。


『残念です……』


 いや、皇太子と第二皇子はまだしも、皇帝なんて体力もない爺さんっぽいし、いい労働力とは言えないでしょうよ。


 しばらく黙って迷っていた第三皇子は、腹を決めたようだ。


「わかった。これ以上の好機は、我々にもないだろう。君達の申し出を受ける」

「ありがとうございますー」


 やったね。これで帝国内の馬鹿連中を一掃して、うちの労働力と財産ゲットだ!




 一応、第三皇子とは念書を交わしてその日はおしまい。グラナダ島に帰還すると、リラとユーインが出迎えてくれた。


「お帰りなさい」

「ただいま、リラ。まだ起きてたの?」

「心配で眠れないわよ!」


 ああ、そうか。そうだよね。ごめんなさい。でも、ヴィル様がいないと、交渉事はまとまらないからさあ。


「そっちじゃなくて! ……まあいいわ。首尾はどうだった?」

「ばっちり! これですぐ動けるよ」


 実は、交渉の裏でカストルがあれこれ情報収集していたのだ。融和派に次男以下が参加している家に関しては、半分以上が融和派に跡目を継がせた方がいいという結果になった。


 残りは……残念ながら、家ぐるみでの犯罪が見つかっている。またしても、平民を虐げる系だ。


 もうね、報告を受けただけで反吐が出そう。どうしてこう、虐待に走るかなあ!?


『一部の人間には、支配欲が肥大化した者がいるのでしょう』


 欲に負けてやりたい放題か。猿かよ。


『それでは猿に悪いかと。猿は猿で生き残る為に懸命に生きているのですから』


 そうだね。猿ごめん。猿もどきか人もどきでいいか。


『人を支配したい欲が強いのですから、相手の立場を理解出来るような場を用意してやればいいのです。つまり! 強制労働です!』


 そだね。後はカストルに任せるよ。


『お任せ下さい。では、オケアニス達を派遣いたします』


 うん。被害者で、治療が必要な人達には適切な治療を施すように。


『医療特化のネレイデス達も待機させておりますので、問題ないでしょう。大量に人が消えますが、後は第三皇子達に任せるという事で』


 そうだね。彼にも頑張ってもらおう。何せ、次代の皇帝になるんだから。




 夜中に帝国の第三皇子と交渉して、遅い時間に帰って寝た。おかげで寝不足だよもう。


「自業自得です」

「リラが厳しい……」

「リラ、今回ばかりは大目に見てやって。レラだって、ブラテラダ浄化の為に奔走しているんだから」

「コーネシア様……騙されてはいけませんよ。それだけでは決してありませんから」


 あれー? これ、いい話だねって方向に行く流れじゃなかったの?


「ブラテラダの浄化を急ぐだけなら、帝国の国境なんぞいくらでもぶっちぎれたものねえ?」

「え……いや、そんな……そこはほら、やっぱり手続きは大事だし……」

「普段、その手続きやら何やらを放りっぱなしの人が言っても、説得力ないわよ」


 いつになく、リラが怖い。


「帝国に対する意趣返しと、ここしばらく溜まった鬱憤を晴らす為に動いてるんでしょうが!」

「そ、それだけじゃないしー」


 何でバレてるんだろう? 西の大陸に来てからこっち、コーニーじゃないけれど、私も色々溜まっている。


 ちょこちょこ発散はしていたけれど、でも、やっぱり大きくやらかしたいわけだよ。


 地方の連中や細かいところはオケアニスに任せているけれど、本命の皇宮は自分でやる。


 何、大抵の人間は眠るだけだから、痛くも怖くもないよ。目覚めた後がどうかは、保証しないけれど。


 カストル経由で、明け方から今の時間……朝の九時まで、おおよその小物の捕縛と財産の没収は完了したそうだ。


 残るは皇宮。朝ご飯を食べたら出発だ。首を洗って待ってろよ、皇帝!

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