第567話 星空の天使再び

 とりあえず、帝国内の大掃除の為には、融和派だというタリオイン帝国の第三皇子との交渉が必要だ。


 何せ、皇帝から腰巾着の貴族から地方でのさばる連中から、根こそぎ労働力にする予定だから。


 後を任せられる人物かどうかを見極めるのと、「帝国内掃除すっからよろしく。手も口も出すなよ?」という確約が必要だ。


 確約はまあ、別になくてもいい。手や口を出してきた時点で、他の連中同様労働力行きだ。


 その場合、帝国はゲンエッダの一部になるか、属国となって現王太子に統治されるがよい。


 という訳で、まずは第三皇子とお話し合い。あ、でも交渉は私がやる訳じゃないよ? ちゃんとヴィル様に頼むから。


 交渉ごとなんて、面倒な事はしたくないしー。私はこのまま、掃除の時までグラナダ島でのほほんと過ごすのだ。




 まずは「こっちと交渉してね☆ 今のところ敵じゃないけれど、いざとなったら敵になるかもだから、気を付けて判断した方がいいよ」という内容のお手紙を、第三皇子の枕元に置いてきた。カストルが。


 手紙には、顔合わせの日時も入れてある。第三皇子のスケジュールも、カストルがしっかり把握済み。その日は一日休みのはずだ。


「手紙を読んだ第三皇子は、青くなってましたねえ」

「へー」


 まあ、寝て起きたら枕元に不審な手紙があるんだ、そりゃ青くもなるでしょう。警備、どうなってるんだろうねー?


 午前のお茶の時間を楽しんでいたら、ミロス殿下が何やら言いたそうな顔でこちらを見ている。何だろう?


 視線を合わせて「何か?」と問えば、深い溜息を吐かれた。


「それ、リューバギーズでも同じ事があったと聞いたぞ?」

「あら、ミロス殿下もお耳の早い事で」


 もっとも、あれをやったのは結構前だけどなー。距離や情報伝達技術を考えると、早い方だと思うのよ。


 だから褒めたのに、ミロス殿下は再び深い溜息を吐いた。幸せが逃げちゃうぞ。


「嫌味か? それは」

「何故嫌味?」

「君達の国には、瞬時に連絡が取れる道具があるのだろう? ゲンエッダの鳥便も霞むというものだ」


 ああ、鳥。そういや、あちこちに中継地点を作って、鳥で情報を伝えてるんだっけ。


 うちの場合は、魔法技術があるから通信機が使えるけれど、それ以外の国……ガルノバンを除くと、ゲンエッダの情報伝達時間はかなり短い方だと思うよ? ガルノバンは、距離に依存するけれど通信機を開発したからなー。


「……あの通信機、交易が始まったら我が国でも買えるか?」

「どうでしょう? 交易品を決めるのは、私ではありませんから」

「……仮に、俺が一人で君達の国へ行き、通信機を買って帰るというのは、ありか?」

「それも、お答え出来ませんね。私が決める事ではありません」


 もー、何なんだよさっきから。そういうのは、サンド様にでも聞いてくれ。


 まあ、こっそり王都に帰って陛下に直接聞くって手もあるけれど、そこまでする必要を感じないしー。


 ただ、通信機は交易品には入らない気がする。もしゲンエッダ側に渡るとしても、レオール陛下からの贈り物になるんじゃないかなあ。


 これは私の憶測だから、言う訳にいかないけどー。




 お手紙を置いた日から数えて二日後の深夜。第三皇子の寝室のバルコニーに、不審者の影。


 いや、私とヴィル様だけれど。でも、格好は多分不審者に見えるだろうなー。


 何せ、以前やったコスプレの衣装だから。星空の使者、再びだ。


「……どうでもいいが、この格好、どうにかならんのか?」


 ヴィル様が凄い嫌そう。


「だって、ここで素顔をさらす訳にもいかないでしょう?」

「別にいいだろうが」

「えー? こういう事は、お約束を楽しまないと」

「はあ……お前は変なところでこだわるよな」


 人生なんて一度きり! こだわって楽しんだもの勝ちですよ!


 あ、そういえば私やリラは二度目の人生だわ、これ。


 ……ま、まあ! たまにはそんな事もあるけれど、普通は一回だけだから! 何にしても、人生は楽しんだもの勝ちなのですよ!


 バルコニーでそんなやり取りをしていたら、掃き出し窓が開いた。あ、人が出てくる。


『あれが、タリオイン帝国の第三皇子です。母親は側室で、皇族としての序列は低いようですね』


 ここにも母親の身分で差別をくらう皇族がいるのか。ミロス殿下は王族だけど。まあ、似たようなものって事で。


 おあつらえ向きに、今日は満月。月明かりで、私達の姿も見えるだろう。


 第三皇子は、こちらを見ても怯む事なく声を出した。


「……手紙を置いたのは、お前達か?」

「そう――」

「そうでーす! 初めましてえ、帝国の第三皇子殿下。私は星空の使者、キューティーシルバーでーす」


 ストロベリーは使うな、ピンクブロンドは使うなと言うリラからの厳命だからね。名前は適当に変えておいた。


 髪色も、ちょっと前の銀色にしておいたから、ちょうどいい。ヴィル様をちらりと見ると、口元が引きつっている。


 やだなあ、同じように名乗りを上げるよう、ちゃんと考えて教えたのに。肘で軽く小突くも、頑なに口を閉じたままだ。もう。


「彼は仲間のブラックシャドウ。よろしくー」


 右手で作ったピースサインを目元に持っていって、明るく可愛らしい様子で言ってみた。現場には、寒い空気が漂ってるけどね。


 いいんだよ。馬鹿らしくて。「こいつら大丈夫か?」と思われるのが目的なんだから。


 こんな連中が、これから帝国の行く末を決める話し合いをしに来たなんて、誰も思わないでしょうよ。




 私達は第三皇子の寝室に招き入れられ、早速交渉開始。帝国の大掃除をするというヴィル様の宣言に、第三皇子は驚いた。


「馬鹿な! 奴らの戦力を知らないのか!?」

「問題ない。現に、この国最強とか言う触れ込みの暗殺部隊が今どうなっているか、知っているか?」

「いや……あの部隊を統括しているのは皇帝陛下だ。皇子とはいえ、私達に知る権利はない」


 ほほう。なら、あの連中を動かしたのは皇帝って事で決定だな? いい事を聞いた。


 ふっふっふ、帝国の頂点から他国の最底辺へと落ちる訳か。これ、反対だったら凄い下剋上だよね。


「ならば、調べてみるといい。彼等は現在、我々の手の内にある」

「なん……だと?」


 おっと、交渉の前段階は続いていた。ヴィル様からの情報に、第三皇子が揺れている。


 信じるべきか、どうか。信じていいのに。嘘は言わないよ。教えない事はあるけれど。


 現在、暗殺部隊達はカストルの手により治療中です。うん、治療が必要な人ばかりだった。


 全員薬中ってどういう事よ?


『帝国の中央派が、肉体改造の為の薬を極秘に開発中のようです。暗殺部隊員達は、被験者の中で生き残った者達で構成しています』


 と言うことは、当然実験中に命を落とした者達もいるって事だ。よし、皇帝には一番辛い工事現場を担当させよう。


『かなりの老齢ですので、体がもつかどうか……』


 それこそ、薬でも何でも使って、ギリギリまで使いなさい。


『承知いたしました』


 人を踏みにじるものは、自分もそうされてみればいい。どうせ肉体改造の薬も、ろくでもない理由の為に開発したんでしょうよ。


『今度こそゲンエッダを攻め滅ぼす為の、強化兵士を作り上げる為のようです』


 やっぱりろくでもないじゃない。


「第三皇子、あなたも認識しているように、我々はあなたの命を取ろうと思えば、簡単に取れる。それはもちろん、他の皇族も……だ」

「……」


 しまった。また話が進んでたよ。なかなかこちらの話を信じない第三皇子に、ヴィル様が最後の切り札を切った。


 誰にも知られずに枕元に手紙を置けるって事は、誰にも知られずに寝ている人を殺せるって事だもんねー。やらないけど。


 第三皇子もその事には気付いているらしく、こちらを睨んでいる。


「顔を隠すような連中を、信じろと?」

「そこは仕方ないと思ってもらおう。素性を知られるのは困るのでね」


 今回のコスプレに、仮面は必須だから。いや、元の作品でも、女子達は仮面をつけてたのよ。


 男性陣? 存在すらありませんでしたが何か?

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