第566話 触れてはならないモノ

 散々こっちにあれこれ仕掛けてきて、さすがに腹に据えかねる。なので、帝国は潰したいと思います!


「とりあえず、父上に報告してからだ」

「はーい」


 さすがに、どういう形であれ一国を潰すとなると、サンド様の許可も必要だよなー。ここ、オーゼリアの隣国って訳じゃないし。


「待て待て待て! 何しれっと一国潰すなんて会話をしてるんだ!!」


 横やりを入れてきたのは、ミロス殿下だ。何をそんなに慌てているのやら。


「落ち着け、ミロス殿下」

「これが落ち着いていられるか!!」


 逆に、そんなに慌てる事? ゲンエッダにとっても、いい結果になると思うんだけど。


「帝国を潰したら、国民はどうなる!? 難民を大量発生させるつもりか!?」


 ミロス殿下の言葉に、私とヴィル様が顔を見合わせる。何言ってんだ? この人。


「難民が出るかどうかは、帝国次第だろうが」

「何でそんな事考えついたんですか?」

「はあ? いや、今、帝国を潰すって……」


 意味がわかんない。帝国は潰すけど、国民にまで影響は出さないよ。もしかしたら、帝国民にとっても、いい結果になるかもね。


 私とヴィル様が首を傾げていたら、イエル卿が笑いながらツッコミを入れてきた。


「多分、ミロス殿下は君達が言っていない部分がわかっていないんだよ。当たり前だけど」

「言っていない部分?」


 怪訝なヴィル様に、イエル卿は続ける。


「君達が潰すのって、帝国の現政権でしょ? それを潰した後の政権は、融和派から出せばいいと思ってるよね?」

「当然だろう?」

「てか、帝国内の事に関しては、私達よりミロス殿下の方がよく知ってるでしょうに」


 私の言葉に、ヴィル様も頷いている。そーだよねー? 当然だよねー。だから言わなかったのにー。


「だから、そこまで言わないと伝わらないんだよ。君達って、重要な部分を省く時があるよね。そういうところは、血も繋がっていないのに似てるよなあ」


 そうなの? 教育した人が同じだからかね? 自覚はないんだけどなー。




 改めて、今回の計画を誰が聞いてもわかるようにかみ砕いてミロス殿下に説明した。


「まずは融和派と接触します。段取りについては、うちの執事に任せたいと思ってます。その後、融和派との交渉がうまくいけば、後の事はそのまま融和派に任せましょう。交渉決裂の場合は、面倒なのでゲンエッダの王太子殿下に丸投げしようと思います」

「殿下に、丸投げ……しかも、面倒だから……」


 信じられないものを見るような目で、ミロス殿下が私を見る。大丈夫だよ。王族なんて、責任取るのが仕事なんだから。


 タダで隣の国が手に入ると思えば、ゲンエッダの王太子殿下だって文句はないでしょうよ。とはいえ、それは最終手段だ。


「まずは融和派との交渉です。ヴィル様、お願いしていいですか?」

「父上でなく、私か?」

「サンド様がやってくださるならそれでも問題ないですけれど、王都から動けますかね?」

「今は交易の交渉の大詰めだと仰ってたな……」

「では、やはりヴィル様で。交渉が終われば、後は帝国の大掃除です。これは私がやります」


 上から下まで、それこそ根こそぎ掃除してやんよ。カストルも、大量の労働力ゲットにワクワクしてるし。


 私としても、久々の大きな「狩り」だ。ちょっと今から興奮しそう。


 そわそわしていたら、ミロス殿下からの視線を感じた。


「……何か?」

「本当に、たった一人で帝国を相手に喧嘩を売るつもりか?」

「殿下、間違えてもらっては困ります」

「ああ、そうか……そうだよな」

「喧嘩を売るんじゃありません。向こうが売ってきた喧嘩を倍額で買うんです」

「え……」


 何でそこで驚くかな? 確実に、喧嘩を売ってきたのは帝国でしょうに。


「度重なる襲撃、それだけでも腹立たしいのに、今度は国境封鎖ですよ? ふざけんなって感じですよね!」

「あ、ああ……」

「だから、倍額で買ってやります、この喧嘩」


 首洗って待ってろ、帝国の貴族共。


「今回の件、倍額で済むのかね?」

「どうかしら。三倍か四倍……下手したら十倍以上かもね」


 そこのバカップル夫婦、聞こえてんぞ!




 まずは融和派との接触。その前に、融和派に所属している人達って、どんな人達?


「皇族、中央貴族、地方貴族から複数名が参加していますね。どれも主流からは外れますが。だからこそ、国を見る目を得たというところでしょうか」


 一歩離れてこそ見えるものもあるって事かな。


「融和派に参加している皇族で、帝位を継げそうな立場の人、いる?」

「第三皇子がいますよ」

「また?」


 何故、ここにきて第三? そして、室内の視線が私に集中する。


「レラは本当に三番目に縁があるわねえ」


 ちょっとコーニー! 人聞きの悪い事を言わないで!


「いや、別に私が望んだ訳じゃ――」

「リューバギーズでも、第三王子をたらし込んでたしー」


 異議あり! イエル卿! 私はたらし込んでなんかいないよ! あ、ミロス殿下の目が、疑惑に染まってる!


「シイニール殿下も、三番目だったな」


 ヴィル様までー! しかも、三男坊には私も迷惑を掛けられてましたよ!


「そういえば、ミロス殿下も三番目でしたねえ?」

「え? いや、侯爵は既婚者なのだろう? 俺はそういうのはちょっと……」

「いや、何妙な警戒心出してるんですか。誰もミロス殿下を誘惑しようなんて考えてませんよ!」

「そ、そうか……」


 あからさまにほっとしおって。あ、ユーインの機嫌が降下してる。笑うイエル卿を締め上げようとしてるわ。


「ちょ!! 待てユーイン! ただの冗談だ!」

「言っていい冗談と悪い冗談の区別もつかなくなったか? イエル」

「悪かった! 悪かったってば!」


 哀れイエル卿。成仏してくれ。口は災いの元だね。


 カストル情報では、他にも家を継げない次男以下の参加が多く、いっそ彼等にそれぞれの家を継がせて維持させてはどうかという案が出た。


「……潰す家と、残す家を選別する必要があるかな」

「詳しく調べますか?」

「お願い」


 ブラテラダの浄化も控えている。いつまでも帝国に時間を割く訳にもいかない。さくっと終わらせないと。




 カストルが調査をしている間に、サンド様にご報告ー。


『帝国をねえ……向こうも、馬鹿な真似をしたものだ』

「既にレラがやる気を出していますので、止めるのは至難の業かと」

『別に止める必要はないだろう。例の件と一緒に、ゲンエッダの王太子殿下にお伝えしておこう。ちょうどこれから、会食の予定だ』

「お手数をおかけします」

『構わないよ。ただ、そちらの交渉には私は参加出来そうもない。ヴィル、任せていいね?』

「はい」

『では、後は頼むよ。ああ、レラ。大丈夫だとは思うけれど、くれぐれも民や国土に損害が出ないようにね』

「お任せ下さい!」

『うん、元気でよろしい。では、いい結果報告を待っているよ』


 通信はこれにて終了。よし、サンド様からも許可を得た。民や国土に影響が出ないなら、好きにやっていいって事だからね、あの一言は。


 元々、悪い連中だけを捕縛する予定だから、問題ないない。


「……本当に、これでいいのか?」


 通信を傍で聞いていたミロス殿下が、ぽつりと漏らす。もう決まった事なのにー。


「まだ何か?」


 ヴィル様も、ちょっと呆れた様子だ。


「いや、帝国の行く末が、こんなに簡単に決まっていいのかと不安になったんだ……」

「殿下、間違えてはいけない。帝国貴族共が滅びるのは、自業自得というものだ」

「ゾーセノット伯……」

「奴らは、決して手を出してはいけないものに手を出した。それが元で滅びるのだ。自業自得以外の何ものでもないだろう?」


 あ、ミロス殿下がこちらを見た。何で人の顔を見て、溜息を吐くんですかねえ!?


「……確かに。人と思うから混乱するんだな。触れてはならない存在と思えば、納得も出来る」


 あんたらは、人の事を何だとお思いで?

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