第564話 倍々ゲーム?

 帝国の暗殺部隊を送り込んだのは、当然帝国の中枢部。で、他にもミロス殿下を襲撃しようとした連中がいる。


「大体予想はついてるけれどな」


 苦い顔で笑うミロス殿下。これ、襲撃を命令した連中の事、教えていいのかな。


 ちらりとヴィル様を見ると、察してくれた。


「ミロス殿下、襲撃者を知りたいか?」

「調べがついてるのか?」

「無論。レラ」

「ゲンエッダ王宮と、帝国の一部の貴族です」


 帝国は、今三つに割れてるそうな。


 一つは中央派。皇帝と貴族の権威を絶対のものとし、それ以外は取るに足らないものとする連中。


 一つは地方派。その名の通り、地方貴族が寄り集まって作った派閥。中央の専横を許さないと言いつつも、自分達の利権だけが大事な連中。


 最後の一つが融和派。地方も中央も一つになって国を盛り立てようとしている派閥。


 今回、襲撃者を差し向けたのは地方派。そして、暗殺部隊を放ったのは中央派。追跡者を差し向けたのがゲンエッダ王宮だ。


「ゲンエッダの王宮と言いましたが、ごく一部の人達です」

「ヘルツェキーア妃か」


 ドンピシャな名前が。ちなみに、このヘルツェキーア妃が、実家の護衛騎士との子を国王の子だと偽っている人。つまり、大胆にも王家に托卵を仕掛けた人だ。


 カストルの調べによると、ミロス殿下に一番きつく当たっていたのは、ヘルツェキーア妃だそうな。


「心当たりがある訳か」

「俺の母の身分が低いのを嫌って、幼い頃から随分とあれこれしてきた相手だ。最近は顔も見せないようだったから、色々飽きたのかと思ってたが……」


 追跡者は三人だった。帝国が用意した刺客に比べると、数が圧倒的に少ない。ヘルツェキーア妃は、ミロス殿下を殺すつもりはなかった?


『いいえ、追跡者達は、ミロス殿下殺害の命を受けていました』


 そうなんだ……でも、どうして? ミロス殿下は自身も言っていたように、母君の身分が低いんだよね? しかも三番目。王位からは遠い人でしょうに。


『ミロス殿下は、国内でも諜報に関わる人物として知られています。その為、自分の秘密がバレるのを恐れたようです』


 だったら托卵なんぞすんなよなあ。




 ヘルツェキーア妃が、護衛騎士との間の子を王の子と偽っている事、それをミロス殿下が暴くのを恐れて殿下の命を狙った事。


 それらを説明したら、殿下ががっくりと脱力していた。


「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、思っていた以上に馬鹿だったんだな……」


 そんなお馬鹿な妃に命を狙われたのが、ショックだったらしい。


「密通をした側室に関しては、王都の父にも伝えてある。そちらから、王の耳に入るかもな」

「入ったところで、父上……陛下が信じるかどうか……いや、兄上なら、あるいは」


 ミロス殿下の兄っていうと、第一王子か第二王子? ここでも、第二王子が超優秀とか、あるのかな。


「ゾーセノット伯、父君に、王太子殿下に話を通せと伝えてはもらえないか?」

「王太子殿下に?」

「ああ。あの方もあの方の母君である正妃様も、ヘルツェキーア妃を嫌っている。追い落とす材料が見つかれば、きっと喜んで活用してくださるだろう」


 おおう、荒んだ関係だねえ。


『件のヘルツェキーア妃は、実家の権勢を背景に、王宮でもやりたい放題のようです。それを許す王共々、王家の方々からは嫌われているようですよ』


 王様も嫌われているのか。大丈夫か? この国。


『近く、王太子が実力で王位をもぎ取るでしょうから、安泰かと』


 ああ、そうなんだ……同じ生前譲位でも、オーゼリアとは大分違うねえ。




 とりあえず、ミロス殿下の命を狙った一派、王宮の側室派はこれでいい。後は王太子が張り切って色々やってくれるだろう。


 問題は、帝国の派閥だね。


「とはいえ、レラが相手の手札を根こそぎ奪ったようなものだから、向こうとしても打つ手なしなんじゃないか?」

「根こそぎって。襲撃してきた連中を捕縛しただけですよ」


 この後、カストルが強制労働にかり出す気満々だけどな。


「普通、帝国の暗殺部隊を根こそぎ捕縛は出来ないんだがな。一体、どんな手を使ったんだよ?」


 ミロス殿下までそんな事言ってるー。


「いや、普通に眠らせただけですよ」

「いやいやいや、帝国の暗殺部隊といえば、状態異常耐性が高い事で有名なんだぞ!? 毒すら効かないと言われているのに、どうやって大人数を眠らせるんだよ!?」

「……催眠光線?」

「何だ? そのさいみんこうせん……っていうのは」

「体験してみますう?」


 にっこり笑って言ったのに、どうして腰が引けてるんですかねえ? 殿下。


 論より証拠。自分で体感してみれば、わかりますよ。


 その後、催眠光線で眠ったミロス殿下は、丸一日起きなかった。で、私はヴィル様からお説教を食らいましたとさ。納得いかん。




「一日寝ていたとは……」

「このように、一瞬で眠る為、相手に傷を負わせずに捕縛出来ます」

「ゾーセノット伯、貴国ではこんな危ない存在が野放しになっているのか?」


 ちょっと殿下! 人を危険ブツ扱いするの、やめてくださる?


「野放しというか、一応こちらの言葉は聞くし、敵にしか使わないから」


 ヴィル様までー。


「そうか……オーゼリアには、この存在に敵対しようという者がいるのか……恐ろしい国だな、オーゼリアというのは」


 酷くね? 周囲に訴えたら「お前の方が酷い」と言われたんだが。酷くね?


 私の訴えは無視され、ミロス殿下はまだぶつくさとぼやいている。


「抵抗する間もなく意識が途切れるとか。こんなのを食らったら、そりゃあ手練れでも為す術がないな……」

「理解出来たようで何よりだ」

「ゾーセノット伯、この催眠……こうせん? から逃れる術はないのか?」

「レラに使われるような事をしなければいい」

「具体的には?」

「敵対しない。徹夜をしない。後は……何だ?」

「そのくらいで大丈夫かと」


 ミロス殿下とヴィル様、リラの間で、さくさく話が進んでいく。何? この疎外感。


「ちょっと体験させただけなのに」

「それ、ミロス殿下の許可を取ってないわよね?」


 ぼやいたら、コーニーに突っ込まれた。


「えー? だってー。催眠光線を使う時って、大抵相手の許可なんて取ってないから」

「そりゃ相手がニエールや敵ならね。でも、体験させるだけなら相手の許可は取らなきゃ」


 何気に敵とニエールが同列になってるよ、コーニー。まあでも、ある意味催眠光線を使う時のニエールは、私にとって敵か。


 奴との寝かしつけ対決は、確かに戦いだもん。




 ミロス殿下が丸一日寝ていたので、当然帝国内移動はネレイデスとオケアニスにお任せだ。私達は、グラナダ島でゆっくり過ごしただけ。


 向こうの様子はカストルが見ていてくれるので、また襲撃者があった時には捕縛するよう伝えてある。


 妙に嬉しそうだったのは、気のせいかなあ。


 リラと二人で居間でゴロゴロしている時に呟いたら、返答がきた。


「新しい労働力が手に入るとでも思ってるんじゃない?」

「え? そうなの?」

「カストルの事だもの。それに、捕縛した襲撃者全員、工事現場に送るんでしょう?」

「ええと、多分」


 何せうち、今も鉄道工事をあちこちでやっているから。国内だけでなく、国外の分もあるし。場所によっては、トンネル工事の現場で穴掘りしてるよ。


 それに、フロトマーロで開発中の街もまだあるしね。


「なら、やる気になっていても不思議はないし、嬉しそうでも驚かないわ」


 そんなもんかなあ?



 ミロス殿下が起きて、その日はもう夕方だったからそのままグラナダ島で過ごし、翌朝、朝食の後に帝国へ戻ろうとしたら、カストルからの報告が。


「襲撃者を捕縛しました。数約五十」


 増えてるんですけど!?

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