第563話 ショックの連続っぽい

 あれこれのショックから立ち直った第三王子……ミロス殿下は、貪欲にオーゼリアの話を聞きたがった。


 そういうのは、ヴィル様にお願いします。私じゃ偏った情報になりそうだし。


 という訳で、二人を放置して私とリラ、コーニーはグラナダ島の庭園をお散歩。少し離れたところには、ユーインとイエル卿もいる。


 時間はそろそろお茶の時間。庭園の東屋で、おやつでもいただこうか。


「日差しがオーゼリアとは少し違う感じね」

「空の色も、違う気がするー」

「青が濃いように思うわ」


 三者三様の感想。帝国が曇天続きだったから、余計に日光が眩しく感じるのかも。


「それにしても、殿下はどうなさるおつもりかしらね?」


 庭園の花を愛でつつ歩いている途中で、コーニーが呟く。


「あー……どうなんだろう」


 今は目の前のブラテラダをどうにかしないとって目的があるけれど、その先……だよね。


 どうも、オーゼリアの技術に興味津々な様子だから。


 ただなあ。オーゼリアの技術は魔法ありきで成立してるから。魔力持ちがほぼいないこっちの国では、そのまま導入は出来ないでしょ。


「さすがにレラの身分を知ったら、強引に国に留め置くことは出来ないしねえ」

「されたとしても、ぶっちぎって逃げるよ」


 ゲンエッダは美味しいものがたくさんあるけれど、やっぱり私のいる場所はオーゼリアだし、デュバル領だと思う。


 私の返答に、コーニーがコロコロと笑った。


「それはそうよ。大体、オーゼリアの国王陛下だって、レラを他国に渡すつもりはないと思うわ」

「そーだろーねー」


 何せ便利に使われてるからな。まあ、嫌な事は嫌って言うけど。


 でも、先代王妃様も今代の陛下も、私が嫌がるラインを微妙に外してくるんだよなあ。面倒とは思うけれど、嫌とは思わないギリギリを攻めてくるというか。ああいったところは、親子だと思う。




 私達がのんびり過ごしている間にも、ミロス殿下とヴィル様の話し合いは続いていたらしい。


 お昼時に顔を見せた二人は、何だか疲れて見えた。


「……お疲れ様です」

「ああ……」

「今までで一番疲れる交渉だったよ……」


 ミロス殿下は、ぐったりした様子で呟いた。交渉してたんだ。まあ、ヴィル様はサンド様仕込みの腕だからねえ。簡単にゲンエッダ側が有利になるような結果にはならんよ。


 ただ、ヴィル様もお疲れなので、オーゼリアにとってもそこまで有利な結果にはなっていないような感じ。大丈夫かな。


 とりあえず、話は昼食の後という事になった。本日のお昼もうちの料理長が腕を振るってくれている。


 ゲンエッダ国内で手に入れた小麦……二番小麦だそうだけど、それを使っている。


「ほう、二番小麦がここまで美味しくなるとは」


 二番小麦で焼いたパンを食べて、ミロス殿下が感嘆の声を漏らした。そーでしょーとも。うちの料理長は腕がいいのだよ。


 彼を追い出した家の連中は、悔しさに歯がみするがよい。下らない嫉妬で腕のいい料理人を追い出すなんて、あっていい事じゃないんだから。


 別に料理人に限らないけどさ。うちはそういう人材が多く集まる場所だからねえ。


 腕に覚えがあるのなら、紹介状なしでも雇い入れるのがデュバルです。いい人材、お待ちしてます。




 昼食の後は、場所を移してこれからの事を話す事になった。


「当面の目的である、ブラテラダの浄化は変わらない。ただ、その後はゲンエッダの国内を中心に、浄化をしてほしいというのが王家の意向だそうだ」


 なるほど。それの交渉をやっていたのか。


 現状、瘴気の浄化を出来るのは私だけ。でも、一人で広い国内を全部回るのは大変。


 そこで注目を浴びるのが、これからブラテラダで使われる予定の魔道具だ。 使い捨てとはいえ、魔力を持たない人でも簡単に扱える道具となる。起動も、内蔵の魔力結晶で行うしね。


 これの説明を受けたミロス殿下が、ぜひともゲンエッダで買い取りたいという申し出をしたらしいよ。


「ただ、この魔道具に関しては、デュバルにその権利がある。レラ、どうする?」

「購入希望というのであれば、実務者と交渉してください。私としては、あの道具は使い切りですから、売るのは構いません」


 一回使っちゃえば、それで終わりだ。分解して中を見たとしても、こちらの人では理解不可能だろう。


 何せ中にあるのは魔道回路だ。あれはきちんと勉強しないとちんぷんかんぷんだから。


「その使い切りというやつだが……複数回使えるものはないか? あれば、そちらを購入したい」

「残念ですが、ございません」


 嘘だけど。でも、全部嘘って事でもない。単純に、ずっと使えるタイプは作ってないってだけだから。


 でも、製造元にそう言われちゃあ、いくら王族でも無理を通す事は出来ないようねー。


 何となく、背後からコーニー達の笑う気配を感じたけれど、気にしない。


 ずっと使える魔道具なんて、サンド様を通さないと何を売っていいかの判断がつかないもの。




 ゲンエッダ側としては、交易品に魔道具を含めてほしいらしい。ミロス殿下をグラナダ島に招待した日の夜、サンド様との定期連絡でその話題が出た。


「という訳で、ミロス殿下は大変驚いてらっしゃいましたよ」

『ははは、まあ、そうだろうねえ。こちらでは、魔道具のランプ一つで大騒ぎだったよ』


 ああ、明るさとか、ろうそくとは段違いですからね。しかも火を使わないから、火事の心配がないし。


 オーゼリアでは、魔道具といえば生活を便利にするものという固定観念がある。開発も、その辺りを中心に行われてきた。


 でも、兵器になるようなものがない訳じゃない。実際、研究所では地下で密かに開発が進んでいる。


 ただ、オーゼリアの場合は兵器になり得る魔道具を開発するより、一人の魔法士を鍛えた方が安上がりなんだよね。


 つまり、研究所で開発されている兵器用魔道具というのは、完全に所員の趣味で作ってるようなもの。


 その研究の過程で、他の魔道具に組み込めるものが出来上がったりするから面白いよね。


「魔道具を交易品にいれるとなると、魔力結晶も入れないと駄目でしょうね」

『そうだね。こちらには魔力を充填出来る人材もほぼいないようだし』


 となると、これは商機かも? デュバルでは、高圧縮型魔力結晶も扱ってるしー。ヤールシオールが喜びそうだ。


『まずは小さいものから取り扱おうと思っている。陛下にもお伝えして、交易品に入れていい魔道具の選定を行ってもらっているよ』


 いやー、通信機があると本当便利ですねー。遠く離れたオーゼリアと、リアルタイムで会話が出来るんだもん。


「じゃあ、オーゼリアからの返答待ちですか」

『そうなる。まあ、こちらの交渉は私達に任せておきなさい。ミロス殿下には、交易品の交渉は王都で行うよう伝えておくといい』

「わかりました。あ、瘴気浄化の魔道具はどうしましょう?」

『それも、こちらで交渉しておくよ』


 わーい、サンド様に丸投げ終了ー。これで色々悩まなくて済むわ。


 私の後に、ヴィル様がいくつかサンド様に報告して、その日の定時連絡は終了。今日はこのまま、グラナダ島で休む。もちろん、ミロス殿下も。


 やっぱりいまいち納得いっていない様子だったけれど、気持ちよく眠れる環境は大事だよ。


 ここなら襲撃者もこないし、来たとしてもネレイデスが一網打尽にしてくれるから。あ、オケアニスが……か。


 馬車の御者はネレイデスがやっているけれど、車内に乗っているのはオケアニスが二人だって。


 大抵の襲撃者なら、二人もいれば十分だからっていうのが、カストルの言。


 そういや、いつぞや南の小王国群の一つ、レズヌンド王国の武装船団がフロトマーロに作ったビーチを襲撃しようとした事があったけど、あれを少人数で撃退したんだっけ。


 それなら、武装した襲撃者の三十人や四十人、敵じゃないか。




 翌朝、朝食の席でカストルから報告があった。


「夕べ、ネレイデス達が偽装していた馬車に襲撃がありました。襲撃人数はおよそ四十人。その全てを捕縛済みです」


 本当に来たんだ、襲撃者。話を聞いたミロス殿下が、怒気を放つ。


「……どこの者だ?」

「帝国所属の暗殺部隊です」


 ……帝国って、そんなものまで持ってるの?


「今回の捕縛により、部隊が存続出来なくなるでしょう」

「え? そうなの?」

「ええ。部隊員を殆ど捕縛してしまいましたから」


 ああ、なるほど。納得する私とは違い、ミロス殿下がまたしても固まっている。


 いい加減、うちのやり方に慣れればいいのに。

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