第562話 凍結と解凍

 翌日、いきなり全てを教えると言われた第三王子の反応は、大変愉快でした。


「え? は? 昨日の今日で、どういう事だよ?」


 理解が追いついていない様子。これ、通信機の事を話してもいいかなあ?


 ちらりとヴィル様を見ると、軽く頷かれた。え……魔法技術に関しては、私が全部話すの?


「ええと、ゲンエッダ王都にいるオーゼリア特使と、夕べ話し合いまして」

「待て待て待て! 夕べ!? 王都!? どうやって!? こことウォンジラックがどれだけ離れているか、わかって言ってるのか!?」


 ウォンジラックって、何?


『ゲンエッダの王都です』


 ああ、そうなんだ。


「問題ないですよ。うちの通信機は距離に依存しません」


 これ、お隣のガルノバンのものだと、距離に依存するから遠方との連絡が取りにくくなるんだけどね。


 でも、あれも中継地点を作れば問題なかったはず。


「つうしん……き? 何だ? それは」


 そこからかー。こういう時、同じ転生者のアンドン陛下は楽だったなあ。


「離れた相手とその場で会話出来る道具です。うちのは相手の顔を見て会話出来るので、色々と便利ですよ」


 前世でも、便利に使ってたわー。


 第三王子、ここまでの情報で大分お疲れの様子。


「一応、サンド様からはグラナダ島へ招待するよう言われているのですけれど……いらっしゃいます?」

「ぐらなだ……とう?」

「リューバギーズからいただいた島です。あ、ちゃんと報酬としてもらってますよ?」


 力任せにぶんどった訳じゃないからね?




 ちゃんと本人の了承を得て連れてきてみれば、第三王子は先ほどから口をあんぐり開けっぱなしだ。


「で、この先が倉庫街、その隣が商業区となってます。建物は一応用意しましたが、まだ誰も入っていないので空っぽですね。倉庫の方も同様です。ここで交易品を一度集め、ここから本国へ移動陣で送ります。……ここまでは、大丈夫ですかー?」


 ……返事がない。生きてはいるけれど、頭が追いついていないようだ。


「レラ、構わん。進めてくれ」

「了解でーす」


 ヴィル様がそう言うなら、進めちゃえ。一応、第三王子も一緒に移動しているし。


 ざっと島の案内を終えた後、奥にでんと構える領主館に入る。ここでも、第三王子はぽかんと口を開けたまま、外観を眺めていた。


 この建物、私の趣味で建てたものじゃないんだよねー。


『……お気に召しませんでしたか? それなら早急に建て直して――』


 待って。建て直さなくていいから。趣味じゃないけれど、嫌いって訳でもないんだよ。


 何とか念話でカストルを宥め、邸の中を案内する。多分、ゲンエッダの建物とは様式も異なるだろうし、何より絶対こっちにはない部分がある。


「で、ここが大浴場でーす。あ、入る際には入り口ののれんの色をちゃんと確かめてください。黒が男性用、赤が女性用です」


 男性用、青にしようか黒にしようか迷ったんだけど、黒にしてみた。温泉街がそうしてたからね。


 ここでも、第三王子からの反応はない。どうしたもんか。


「レラ、今日は馬車で移動しないの?」

「第三王子をこっちに連れてきちゃってるからね。何なら、ネレイデスに距離を稼いでもらおうか?」

「それがいいわ。帝国って、通り抜けるだけでしょう?」

「今のところ、見たいものもないからそうなると思う。リラは何かある?」

「特にないわ」

「じゃあ、馬車だけで移動をしてもらって――」

「待て待て待て!」


 あ、第三王子が復活した。


「どうなってるんだ!? いくらリューバギーズが報酬で出したとはいえ、こんな大きな島をあっさり渡すとは思えん! しかも、位置を考えたら手放す訳がないだろうが!」

「ああ、ここ、元は小さな島が四つあるだけだったんです」

「は? いや、大きな島だろう? ここ」

「四つの島を埋め立てて、大きな一つの島にしたんですよ」

「な……」


 あら、また固まっちゃった。今度はいつ復活するかなあ。




 第三王子が復活したのは、昼食の時間。


「どうなってんだこの島!」


 どうなってるって、どういう意味だよ。首を傾げていたら、どうやら案内された部屋の設備に驚いたらしい。


「どうして取っ手を捻ると水ばかりかお湯まで出てくるんだ!? それにあの……はばかりは、何で水が流れるんだよ!? しかも上からも水が降ってるし!」


 洗面所とトイレとシャワーを試したらしい。それで頭が濡れてるのか。服はこちらが用意したものに着替えたらしい。


 オケアニス、いい仕事してる。でも、欲を言うなら髪を乾かしておいてくれたら、もっとよかったな。


『乾かそうとしたら、脱走したようです』


 なら第三王子が悪いね。乾かさなかったのが原因で風邪を引いても、知りませんよ。


「水に関しては、海水から塩分を抜き取って使っているので、豊富に使えるんです」


 元が小さい島だから、地下水には頼れない。大体、この辺りって雨が降らない場所らしいし。


 なので、フロトマーロで実績がある海水を真水にするプラントをこちらでも採用しているだけだ。


 それを言ったら、やっぱりまた目を丸くして固まっている。


「蛇口から出てくる水は、どれも飲めます。結構おいしいですよ」


 さすがにトレスヴィラジの水ほど美味しくはないけれどね。でも、結構いけるよ。


「……本当に、どうなってるんだ君達の国は」


 お、口調が変わったね。魔法技術に関する事じゃないので、ヴィル様に丸投げだ。


「どうなっていると言われてもな。さすがに我が国でも、これが普通とは言わんぞ」


 あれ? 丸投げしたはずが、何かこっちに戻ってきてるんですけど? 皆の視線も、私に集まってきちゃったし。


「……君は、何者だ?」


 いや、何者って。


「オーゼリアのデュバル侯爵家当主、ローレル・レラと申します」


 もう、言っちゃってもいいよね? 何か、第三王子が歪な笑みを浮かべてるんだけど。


「……人の事は言えんが、すっかり騙されたよ」

「えー? 騙した覚えはありませんよ?」


 黙っていただけで。別に私は自分が庶民だとも、オーゼリアの貴族だとも言ってないしー。


 そう伝えたら、何やらがっくり肩を落とされた。


「君が侯爵家当主という事は、彼等も近い身分なのか?」

「そこは、本人達から自己紹介させましょうか」


 ヴィル様とリラ、イエル卿とコーニー。夫婦単位での紹介となった。


「最後に、こちらにいるのが私の夫で、フェゾガン侯爵家嫡男のユーインです」

「ん? デュバル侯爵家に婿に入ったんじゃないのか?」

「違いますね」


 ここがちょっと複雑なんだけど、ユーインはフェゾガン侯爵家の跡継ぎのままなんだよね。で、実は姓もフェゾガンのまま。


 ちょっと珍しい結婚形態なんだけど、貴族家には希にある話だってさ。


「ユーインはフェゾガン家を継ぎますし、その後は私達の子が跡を取ります。デュバルも同様ですね」

「二つの侯爵家が同時に並び立ち、かつ当主同士が夫婦となるのか……ゲンエッダでは、あり得ない話だな」


 だろうね。こっちの国では、女性は家を継げないみたいだし。


 ただ、これは珍しい話ではない。どちらかというと、オーゼリアが珍しい部類だね。


 アンドン陛下は、ガルノバンも女子が家を継げるように法改正したいみたいだけど。あっちも古い家の爺さん連中がうるさくて、なかなか改正が進められないっていつぞや愚痴ってたっけ。


「あ、ついでに言うなら、今王都にいるオーゼリア特使の団長、アスプザット侯爵は、こちらにいるヴィル様とコーニーの父君です」


 あら、また第三王子が固まっちゃったよ。面倒臭いから、このままにしていいかなあ?




 遅くなった昼食を食べ終え、ほっと一息を吐いていると、またしても第三王子に絡まれた。


「これだけの技術があって、我が国に何を求める?」


 もう、庶民だって装わないんだね。まあ、つらっと身分を知ってるって明かしちゃったしな。


「現在、王都で話し合われている内容はご存知ですか?」

「そちらの国と、交易をという話だと聞いている」

「狙いはそれですよ」

「はあ?」


 何故そこで驚く? 最初から最後まで、望んでいるのは交易だけだよ。


「も、もっと他にないのか!? 土地が欲しいとか、力が欲しいとか!」

「今あるもので、十分です」


 今でさえ、カストルがいなければ領地全てを管理する事が難しいのに。これ以上私に仕事をさせようとするな。


 あ、でも好きな事はやるよ? 交易品を探すのも楽しいからやる。


 私の返答に納得いかないのか、第三王子が信じられないものを見る目でこちらを見ている。


「諦めた方がよろしいですよ」


 背後から、ヴィル様の声が掛かる。一応、成り行きとは言えゲンエッダの王族だと公表したようなものだから、対応が変わったみたい。


「……元のままで話してくれ。どうも調子が狂う」

「では私的な場でのみとして。レラがこの国に望むのは、美味しい食材か美しい布、工芸品といった類いだ。それらを与えておけば、おとなしくしているさ」


 ヴィル様、私の事を何だとお思いで? 抗議しようと思ったら、第三王子が何やらブツブツ言ってる。


「食材? 布? そんなもので?」

「そんなものとは何ですか!?」

「え……」

「美味しいは正義ですよ! 人は美味しい物を食べる為に頑張るんです! 食は大事なんですよ!!」


 私の主張に、第三王子がこくこくと頷いている。わかればよろしい。

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