第561話 高いよ?
通りすがりの第三王子に対しての、水不要はヴィル様がゴリ押しで通した。水を買うくらいなら、おいしい水がいくらでも手に入るからね、うち。
何せ、水不足の国に売ってるくらいだから。
試しに一本渡したら、もの凄く驚いていた。
「何だこれ!? この容器は!」
あ、容器の方か。仲間の視線が私に集まったので、これは私から説明しないといけないらしい。
「ええと、知人の伝手で手に入れたものです」
「そ、その知人、紹介してくれ!!」
えー……目の前にいるので、今更紹介はいらないかなー。
「一定量を買うのであれば、話は通しますが……高いですよ?」
「ううむ……しかし、この容器が……」
「あ、その容器、使い回しはしないでください」
「え? 何でだ?」
何でって。衛生的によろしくないからだよ。見えない汚れが溜まって、雑菌が繁殖したりしたら大変だ。
ただ、オーゼリアではそろそろ細菌の存在が知れ渡ってきてるけれど、ゲンエッダではどうだろう?
「……汚れた手でものを掴んで食べると、お腹を壊しませんか?」
「いや、汚れた手で食いもんを掴んだ事がないから、わからん」
お坊ちゃまめ! あ、王子様か。
「ともかく、そういう事があるんです。で、この容器を使い回す事は、それと同じ事が起こるんですよ」
「つまり、容器の中身が汚れている? 洗えばいいのでは?」
「洗っても、落ちにくい汚れがあります。使い回した結果、人死にが出ても、販売元は補償しませんよ?」
「死人が出るのか!?」
いや、最悪って意味。大抵はお腹を壊す程度で終わるだろうけれど、抵抗力が落ちてる年寄りとか体の弱い人なんかは、ちょっと危ない気がする。
「再利用不可を徹底出来ないのであれば、販売は出来ません」
せっかく無菌状態で充填してるのに。こちらとしては、封を開けた後の事までは補償いたしかねますよ。
通りすがりの第三王子はしばらく考え込んだ後、とんでもない事を言い出した。
「この容器を作る技術、売ってくれないか?」
寝言は寝ていえこの野郎。
休憩を終えて、再び街道を行く。当然、車内の私達はグラナダ島へ避難だ。
「それにしても、ローサ氏には驚きね」
居間でゴロゴロしながらくつろいでいる最中、コーニーが呟いた。
「驚き通り越して、もうちょっとで電撃かますところだったわ」
「落ち着け。あと、自重しなさい」
リラが怖ーい。でも、自重したからこそ、あの場で何も言わずに笑顔で誤魔化したんじゃん。
自重してなかったら、催眠光線で眠らせた後、あの場に放置したよ。第三王子の首を狙っている連中は、大喜びしただろうねえ。あの場の周囲にも、隠れていたみたいだから。
そう、襲撃者の目的は、徹底して第三王子だった。当然か。帝国が私達の情報を持っている訳ないんだし、持っていたとしても、他国から来た一団だという認識だけだわ。
第三王子が狙いなのに、私達のテントまで狙われた理由。それは、私達を人質に、第三王子を意のままに操ろうとした一派がいるから。
何と、襲撃者は三つの派閥からそれぞれ来ていたらしいよ。山道を追跡してきた連中と、街で第三王子を襲撃しようとした連中、それから私達のテントを襲撃した連中は、その三つそれぞれから命令を受けて動いていたってさ。帝国も大変ねー。
「正直、あの容器は欲しがる人、他にもいると思うのよ」
リラが真剣な様子で言ってくる。
「売るにしても、現物だけだなー。それに、売るなら国内が先でしょ」
「結局売るんだ?」
「売れるならね。ロエナ商会が、また忙しくなりそー」
水の容器はなんちゃってペットボトルだからなー。王都とか、人の多いところなら使い捨て容器としての需要があるかも。
あれ、カストルが特別に作った魔物を素材にしているから、余所じゃ作れないんだよねー。
それもあって、技術は売らないというより、売れないんですが。まあ、素材があっても売ったりしないよ。
昼食の時間になったので、一旦帝国に戻る。第三王子と一緒の間は、昼食が貧しくなるのが厳しい。
別に携帯食料とかじゃないよ。食材を処理して、後は煮るなり焼くなりすればいいだけにしてもらったものと、調味料セットをヌオーヴォ館の料理長に作ってもらったから、後はたき火で調理するだけ。いわゆる、ミールキットってやつ。
でもなー。やっぱり料理長が腕を振るった料理の方がおいしいんだよー。朝食と夕食は、しっかり食べられるけどさー。
いっそ、第三王子の意識を奪って、昼食も料理長の用意したものを食べるとか。
「また、悪い事を考えてるわね?」
「ソ、ソンナコトナイヨ?」
どうしてリラはこうも敏感なのか。それに、別に悪い事じゃないよねー。いっそ第三王子をずっと眠らせたまま、帝国を突っ切っちゃえば、襲撃者も諦めるんじゃないかなあ。
それを説明しても、リラどころかコーニーからすら反対されたんですけれど。
「今後ゲンエッダと交易で付き合いが発生するなら、ここはおとなしくしておいた方がいいわ」
「他の王族に、托卵疑惑の人達がいるんでしょ? だったら、母親の身分が低くとも、王家の血をきちんと引いている第三王子は無下にするものじゃないわ」
それがあったか。第三王子そのものというよりも、彼を通してゲンエッダ王家に悪い印象を持たれるような事はするなって訳だね。残念。
その第三王子、暢気に夕食の処理済み食材にも目を見張っている。
「どうなってるんだ? それ。傷んだりしないのかよ?」
「高温多湿のところに長い事放置したら、傷みますよ。でも、適切な温度で管理すれば、二、三日は問題ありません」
真空パックにしてあるからねー。雑菌が繁殖出来ない環境を整えると、それなり長くもつのだよ。
後は、冷蔵とか冷凍をしておけば、より長持ちするねー。でも、魔法がない国では難しいと思うんだー。
そういえば、第三王子に魔法云々を見せてもいいんだっけ? ミールキットは、収納魔法に入れているから入れ物から取り出したように見せかけてるけれど。あ。
「二、三日? それって……」
やべ。失言だった。いつどこでこのミールキット手に入れたって突っ込まれる。
ヴィル様を見ると、渋い顔だ。でも、致命傷って訳ではないらしい。
「ローサ、これ以上は話せない。もし聞きたいのなら、君の上から我々の上の許可を取り付けろ」
「上……ね」
つまり、王宮を通して正式にオーゼリア特使に、情報開示の許可を取れという事。現場単位じゃ判断しないよって意味でもある。
ヴィル様の言葉に、さすがの第三王子もこれ以上は聞けないと判断したらしい。ゲンエッダの王宮とここ、離れてるからねえ。
『彼等が使う鳥は、長距離も移動可能です。ですので、ここからでも王宮とのやり取りが可能です』
え? そうなの?
『はい。また、鳥専用の中継地が各所に設けられていますから、帝国内からでも情報のやり取りが可能なようです』
へー。頑張ってるんだなあ。いや、通信でリアルタイムでやり取りが出来るうちが
言う事じゃないんだろうけれど。
それにしても、サンド様から「魔法技術教えていいよ」ってきたら、どうするんだろう?
『ああ、その事かい? 別にいいよ』
マジでー!? その日の夜、グラナダ島に戻ってサンド様との定期連絡の際、第三王子の話が出た。
そこで、ヴィル様が昼間のやり取りを説明したら、あっさりサンド様からこんな言葉が。
「……本当ですか?」
『構わんよ。むしろ、彼にはオーゼリアの魔法技術を余すところなく見せるといい』
「……技術力で、相手をたたき伏せるつもりですか?」
『はっはっは、ヴィルは相変わらず物騒だなあ』
いやいや、それ、実の息子に言う言葉ですか。
『まあ、正直これ以上伏せておくのも厳しいかと思ってね。何せ、レラ達はブラテラダの瘴気を浄化しに行くんだろう? それを第三王子の目の前でやるんだから、隠したところで今更だよ』
あ、そっか。第三王子って、浄化がちゃんと完了したか、見届ける役目も負ってるんだっけ。
『だからね、そろそろグラナダ島にも招待してはどうかな? レラ』
「え……いきなりですか? 倒れちゃわないかな」
『倒れるなら、その程度だと思いなさい。ともかく、こちらとしては問題ないとだけ伝えておくよ』
「わかりました」
何か、いきなりな方向へ話がいったなあ。
とりあえず、これで三食おいしいご飯が食べられるのは、嬉しい限り。
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