第559話 帝国は広いな大きいな
私からいきなり通りすがりの第三王子に言うのは憚られるので、まずはユーインに報告。
「ユーイン、ユーイン」
馬車の仕様を箱馬車に戻してから、一度下りる。馬に乗ったままの旦那連中は側にいたので、ユーインがすぐに馬車の脇に来てくれた。
「レラ、降りない方がいい」
「うん、ちょっとね」
周囲をざっと確認。もっとも、カストルからの注意が来ていないって事は、危険がないって事でもあるんだけど。
念の為、遮音結界も張っておく。
「先頭が詰まってる原因、ゲンエッダの貴族の娘が駄々こねてるかららしいの。あの第三王子に、先頭まで行って宥めるよう、進言してもらえないかな?」
「……それなら、アスプザットを通しておこう」
ああ、ヴィル様ならうまい事誘導してくれそう。ユーイン、丸投げの技を覚えたな。
ユーインがそのままヴィル様に伝えに行ったので、私は車内に戻る。
「どうしたの? レラ」
「この行列の原因がわかったから、通りすがりの第三王子にいさめてもらおうと思って」
「いさめる?」
コーニーとリラが訝しげな顔で聞き返してきた。
「先頭で我が儘を言い、この行列を作り出しているの、ゲンエッダの王族のお姫様だって」
「え」
「セヴィニイン中央公の末娘だってさ」
「セヴィニインって、ブンゾエック山岳伯領で起こった反乱の後ろにいた貴族じゃなかった?」
リラの言葉に、頷く。この辺りの情報は共有してるからね。
「そのセヴィニイン中央公の末娘が、何だって帝国に行こうとしているのかしら?」
「さあ。そこまでは……」
王族のお姫が帝国に行こうがどうしようがどうでもいいんだけど、国境を越えるのに駄々こねて他人に迷惑掛けるのはなしでしょうよ。
それからしばらく。多分、体感で三十分くらいじゃないかなあ。ようやく列が動き出した。
「お、今度はスムーズ」
「本当に一人のせいで詰まってたんだ……」
迷惑なお姫だねえ。
進みは遅いものの、列そのものが動いていると何となく落ち着く不思議。止まった列ほど嫌なものもないよなー。
やっと国境の門が見えてきたけれど、その脇にいる豪華な馬車と馬と武装した兵士達も見えてきた。あれか。
問題のお姫は馬車の中らしく、周囲をぐるりと武装した兵士達が囲んでいる。甲冑が揃いだから、騎士なのかも。馬も随分といい馬だ。
『馬車の中で、中央公の末娘がふてくされています』
何しにここまで来てんだよ、本当に。
『どうやら、第三王子に会う為のようです』
はい? じゃあ、元凶は通りすがりの第三王子?
『元凶と言いますか……昔から、一方的に思われていて迷惑していたようですね』
へー。
『今回、主様達と一緒に帝国へ向かうという話を聞いて、自分も同行すると我が儘を言ったようです』
ほー。
『第三王子が、末娘に付いてきた騎士団の中で一番地位が高い者に、末娘を親元に連れ帰るよう命令を出した為、馬車に閉じ込められています』
ふーん。とりあえず、通れるようになったからいいや。
『あちらの一団は、迎えが来るのをあのまま待つようですね』
迎え?
『第三王子が鳥を使って中央公へ連絡したようです。一番近い中央公縁の家から、迎えの一団が急ぎこちらに向かっています』
是非とも、部屋に閉じ込めて二度と外に出さないようにしてほしいね。周囲に迷惑を掛けないならいいけれど、こんな迷惑を振りまくようじゃね。
そのままどっかに嫁に行かせて、被害を食い止めてほしいわ。
山から下りて、国境を越えるとそこはもうタリオイン帝国である。ブンゾエック山岳伯の領地とは違い、荒野と言いたくなるような地平が広がっている。
山越えただけで、こんなに変わるものなんだ。
『越えてきた山々の手前で海からの湿った空気が雨を降らせる為、こちら側には乾燥した空気が降りてくるだけになってます』
それでか。
『また、山からの川にも期待出来ません』
全部、ゲンエッダの方へ流れちゃうんだ?
『全てではありませんが、大半はあちら側ですね』
水が不足し、かつ雨も降りにくい。そりゃ乾燥するでしょ。この中を、突っ切るの? 私達は大丈夫だけど、通りすがりの第三王子は大丈夫かねえ?
『山沿いに移動すれば、水は何とかなるはずです。街もそれなりにありますし』
そっか。ならいいや。
カストルとの念話中も、馬車は移動している。先頭は相変わらず通りすがりの第三王子。あの人、帝国の道も知ってるんだ。
『前方の会話を聞いた限りですが、以前年単位で帝国を放浪していたそうです』
何やってんだ第三王子。まさか、それも王家からの命令?
『可能性は高いですね。そこで得た情報を、王宮にもたらしたのでしょう』
よく生きて帰れたね。やっぱり、あの追跡者は第三王子を狙ったのかな?
『自白魔法を使いますか?』
あれ? あの追跡者達って、今カストルの元にいるの?
『ええ。数は少ないですが、労働力にと思いまして』
ああ、そうなんだ……一応、何が目的だったか聞き出してくれる?
『お任せを』
狙いは第三王子であってほしいなあ。
山沿いに北へ移動していても、ブラテラダに入るにはそれなりの距離がある。ゼマスアンド、リューバギーズを通り抜けるよりは気が楽なんだけど。
大体、帝国を抜けるのに一週間は見ているらしい。
「なのに、また野営かい?」
「慣れているんでね」
街の外には、私達以外にもテントを張ったりむしろを敷いただけの人達がいる。全員、街に入るお金がない人達らしい。
帝国で最初に辿り着いた街は、石造りの堅牢な壁で囲われた城塞都市だ。堀を渡る手前で通行税を取り、払えないものは堀を渡れない。
そうした「宿無し」達が、堀の周辺に野宿する訳だ。
街側も、そこまで取り締まるつもりはないんだって。こうして堀の周辺に集まる人達も、街の経済に一役買う存在だから……だそうな。
金がないのに、経済の役に立つの?
「ああいった連中は、朝一番に門のところで壁外の日雇い仕事を請け負うんだよ。安い賃金や、その日の食事と引き換えにな」
ああ、格安の労働力って事か。街が大きくなると、壁の中だけでなく壁の外にも仕事が発生する。多くは、汚れ仕事と言われるようなものだ。
堀に流れ込む水路の掃除や、汚物の処理、近隣の林などから焚きつけに使う枯れた枝や木を拾ってくるもの。
中には浮浪者の死体を墓場に埋めるなんて仕事もあるとか。
「だから、門番達も奴らを追い払ったりしない。ただ、やっぱり壁の外は治安がよくないから」
暗に、壁の中の宿屋に泊まった方がいいと言ってる。でもねえ、普通の宿屋には、満足出来ない体なのよー。
「治安が悪かろうと、問題はない。山道の野営地で、不届き者が眠っていただろう? 我々のテントを襲撃しようとすれば、同じ事が起こるだけだ」
ヴィル様の言葉に、第三王子もこれ以上の説得は無理と感じたのか、両手を挙げて降参状態。
君は一人寂しく街中の宿屋で過ごすといいよ。
第三王子と分かれて堀の周辺を見る。
「人が多いですね」
「もう少し離れるか」
こちらは馬と馬車がある。山道の野営地のように、周囲も馬車や馬を持っている人達なら盗難の危険も心配ないかもしれないけれど、ここだとね。
なので、街から少し離れた林の中に、テントを張る事にした。ちょうど開けた場所があるからさー。
ここなら街から見えないので、馬も馬車もグラナダ島へ引き上げる。テントは設営するけれど、移動陣を置くだけ。
周囲には認識阻害の結界。今回はネレイデスを置かず、カストルが遠隔で監視するだけにしておいた。
何か仕掛けて来る奴がいたら、遠慮なく捕縛して自白魔法を使うように命令している。
何かね、堀の辺りに不似合いな奴らが紛れ込んでるらしいよ。
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