第558話 ペイロンを理解せよ

 最後の野営地に入った。ここで一泊すれば、後はもうタリオイン帝国まで野営はしない。


 と言っても、テントを設営するだけ設営して、中には泊まらないんだけどねー。


 でも、そんな事を知らない追跡者達は、律儀に追いかけてきていた。


「考えたんだけど、あの帝国の連中の狙いって、私達じゃなく、あっちの王族の方じゃないかなあ?」


 現在、夜の七時。いつもならそろそろ夕飯の時間帯なんだけど、周囲が暗くなったから、追跡者を迎え撃つのに丁度いいとコーニーが張り切っている。


 そんな彼女は、私の意見を聞いても流す事にしたらしい。


「そうかもね。でも、ここにいるのはローサさんだけじゃないもの」


 ソーデスネ。襲撃してくるのを今か今かと待ち構えているのがいますね。


 カストル情報によれば、追跡者は今夜仕掛けてくるとの事。どうやってそんな情報を得ているのか。


『盗聴されているとは知らずに、普通に移動中話し合ってましたよ』


 危機管理が出来てない!


 もっとも、周囲に誰もいない、馬で移動中の会話なんて、普通は盗聴出来ないんだろうけどね。


『盗聴用の魔道具を飛ばし、周囲に遮音結界と認識阻害の結界を張って追跡者に貼り付けておきました』


 そんな芸当が出来るのは、カストル達くらいだよ。




 襲撃者を迎え撃つのに、邪魔になるのが通りすがりの第三王子の存在。下手に手を出されても、コーニーが怒るだけだ。


 ではどうするか。


「起きないよう、緩い催眠光線で眠らせて、テントごと認識阻害の結界で覆っておこう」

「ありがとう、レラ」

「どういたしまして」


 今更だけど、追跡者の討伐に関してヴィル様からOKが出たのは、コーニーのフラストレーション対策もあるんだろうなあ。


 長い事兄妹やってるから、コーニーの今の状態はよくわかってるんだろう。


 今回、追跡者を討伐するのはコーニーただ一人。一応イエル卿も端で控えているけれど、余程の事がない限り手は出さないと約束させられたそうな。


「わかっちゃいるけれど、彼女もペイロンだよねえ」


 そんなぼやきが聞こえてきた。よくわかってらっしゃる。


 わかっていないのは、リラだ。


「ねえ、本当にいいの? いくらイエル卿が一緒だからって、コーネシア様だけ向こうに置いてきちゃって」


 私とユーイン、ヴィル様とリラは先にグラナダ島に来ている。それが落ち着かないのか、リラからそんな言葉が。


「大丈夫だよ。あの場にいたら、コーニーの邪魔になるし」


 笑って教えても、リラは納得いっていないらしい。


「本当に大丈夫だよ。追跡者はたった三人だし。私だって、複数人を相手にする事、あるでしょ?」

「そりゃあんたはね……」


 失礼だな。私は魔法特化だけど、コーニーは魔法も物理攻撃も得意なんだぞ? 私の肋骨をミシミシ言わせていたのを、忘れたのかな?


「そういや、あのハグも……何で結界で防がないの?」

「えー? あの程度、ペイロンじゃあただのじゃれ合いだもん」

「え……」


 ふ……リラ、君はまだペイロンを理解していないね?


「ペイロンじゃあね、死ななければいいのよ、死ななければ」

「いや、それもどうなのよ?」

「大丈夫だよ。コーニーも相手を簡単に死なせたりしないだろうし、私とのじゃれ合いも一方がやり過ぎと判断したら反撃するし」


 私が結界も張らず、やり返しもしなかったのは、そういう事。


 ちゃんと説明出来たと思ったのに、話を聞いたリラの目は遠い。


「……私は一生、ペイロンを理解出来そうにないわ」


 えー? そう? 割と簡単なんだけどなあ。




 八時を回る頃、コーニー達が帰ってきた。


「ただいまー! あー、楽しかったー」


 ご機嫌である。彼女の後ろから来たイエル卿は、ちょっとお疲れモードだけど。


「イエル卿、大丈夫ですか?」

「ああ、うん、平気。基本、俺は見ていただけだからね」


 見ていただけで、ここまで疲れるとは。コーニー、大分暴れたな?


「いやあ、あんな細い剣で、人って細切れに出来るんだね」


 待って。細切れにしたの? それ、現場は大変じゃない?


「問題ございません。細切れと申しましても、切り裂いた程度ですので。それに、追跡者達は心は折られても、命までは取られていません。野営地は、後に使う者達の事を考え、掃除しておきました」


 カストル、いつの間に背後に立ってたの? でも、現場のお掃除ご苦労様。


 動いてストレス発散したコーニーは、先に入浴してくるらしい。今日の夕食は、九時を越えそうだね。


 遅くなるとわかっていたから、軽くつまんでいたからいいけど。




 コーニーのご機嫌は、翌朝まで続いていた。


「やっぱり動くのっていいわね!」


 さいですか。気のせいか、隣のイエル卿の魂が抜けてる気がするんだけど……突っ込むのは野暮だな。


 朝食を終えて、最後の野営地へ。そういや、通りすがりの第三王子を眠らせたままだったわ。


 起床魔法を使ってしっかりたたき起こし、出発の仕度をする。


「なーんか、体の節々が痛いんだが……寝違えたか?」


 深く眠ってたから、色々と動いたんじゃないかなあ。ただ、結界が張ってあったので、テントの外に転がり出る事がなかっただろうけれど。


 あれ? もしかして、テントの中で結界に激突してたとか? ……まー、いっかー。


 野営地を出て山を下りていくと、寒さが大分和らいでくる。馬車の中は空調魔法が効いてるから、温度変化は感じないけどね。


 ただ、時折馬車を停めて休憩を取るから、その時に外気温の差を感じてる。


 周囲の植物も、緑が多めだ。広葉樹が広がる森は、山裾に向かって続いている。その中を、山道が走ってるらしい。


「緑が目に優しい」

「木漏れ日が綺麗ね」


 相変わらず馬車はオープンタイプで見通しがよくしてあるので、森の木々がよく見えた。鳥の高い鳴き声も聞こえる。


 ああ、癒やされるー。


 と思ったら、いきなり馬車が停められた。前方を見ると、何やら人や馬車、馬の列。


「これ、何?」

「さあ」


 車内で話していたら、通りすがりの第三王子がヴィル様に何か囁いているのが見えた。何だろう?


『帝国への、入国手続きの列です』


 そういや、国を超えたんだっけか。でも、山岳伯の領地では、出国手続きをした覚え、ないんだけど。


『そちらはローサ氏に依頼された者が代行したようです』


 ああ、そうなんだ。んで、こんなに山を越えてきた人、いたの?


『全員が全員、ブンゾエック山岳伯の領地から来た者ではありません。途中から近隣の山からの山道もここに集まるようになっていました』


 他の領からも、帝国へ入るにはここを通る以外ないって訳か。それでこの列なのね。


 歩きじゃないから立たされる事はないけれど、進まないのはイラッとするなあ。


『一度、グラナダ島へ戻られますか?』


 んー。いいや。ユーイン達は馬で動けないんだし、私達だけ楽するのもね。


『承知いたしました。では、列の原因を探って参ります』


 お願い。とはいえ、単純に人が多くて手続きに時間が掛かってるだけなんじゃないの?


 カストルからの返事を待つことしばし。


『混雑の事情が判明しました』


 理由、あったんだ……


『先頭にいる一団が、我が儘を言っているようです』


 先頭の一団? 我が儘? 誰だそんな事を言ってる奴らは。


『ゲンエッダの貴族、セヴィニイン中央公の末娘の一行です』


 セヴィニイン中央公? 何か、どっかで聞いた覚えが……


『ブンゾエック山岳伯領を巻き込んだ反乱を、唆した家ですね』


 あれか!


『現在の当主は、唆した人物の孫に当たりますが』


 そんな昔の話じゃなかったんだ、あれ。


『現在の当主はゲンエッダ王の従兄弟に当たります』


 と言うことは、我が儘言ってるのは王族って事か。


 あれ? こっちにも王族、いたよね? 通りすがりの第三王子に、我が儘娘をいさめてもらいましょうか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る