第556話 ミシミシ

 出立の日は、いい天気に恵まれた。


「おお、空が綺麗」

「本当ねえ」


 ブンゾエック山岳伯の邸を出ると、遠くまで晴れ渡った空が見える。いいねえ。


 ヴィル様の交渉のおかげか、泥棒を捕まえた報奨か、晩餐で着ていた私達のドレスと、ブンゾエック山羊一対をもらえる事になった。


 ただし、今すぐではなく、用事を済ませて戻ってきたら、という約束になった。その為に、山岳伯からの目録まで貰っちゃったよ。


 ちゃんと、お金は払うんだけどなー。海洋伯のところで捕まえた金貸しが結構溜め込んでたから、まだまだ使えるのよー。


「帝国に行けば、また金が必要な時もあるだろう。その時の両替用に取っておけ」

「はあい」


 ヴィル様の提案に、お返事しておく。帝国でお金が必要になったら、賞金首でも探せばいいと思うんだ。ないのかな? 賞金制度。


『あります。そして、これから向かう先に潜伏中の賞金首がいくつかいます。先んじて、捕まえておきますか?』


 いや、盗賊狩りはその場でやらなきゃ。何せ、ゲンエッダ側から監視もついてるんだし。ズルしたと思われたら、面倒だもん。


『承知いたしました。では、居場所だけ常に把握しておきます』


 よろしく。




 流れでブンゾエック山岳伯に見送られ、領地を出る。少し走れば、もう山道だとか。


「でも、この馬車なら揺れが少ないもの。楽だわ」


 笑顔のコーニー。そういえば、ネドン家にもうちの馬車を納入したねえ。あれ、地味に売り上げ伸ばしてるってヤールシオールから聞いたなあ。


 地味なのは、生産数が追いつかないから。注文は大量に入ってるらしいけれど、そこはそれ。派閥やら爵位やらを考えて、色々調整しているらしい。


 車を導入するタイミング、すっかり逃してるなあ。


 今回乗っているこの馬車、実はちょっとした仕掛けが施してある。


「そろそろいいかな」

「何が?」

「見てからのお楽しみ」


 コーニーからの視線を躱しつつ、座席に仕掛けたスイッチをオン。すると、今まで普通の箱馬車だったのが、いきなり壁が透明になる。


「これ!?」

「景色がよく見えるでしょ?」


 この為に、馬車の両脇を馬が走らないよう、ユーイン達に言ってあったんだー。


「どうなってるの?」

「詳しい技術はないしょ。でも、外からは普通の箱馬車に見えるから、安心して」


 山道の脇を流れる景色も、前方も後方も綺麗に見える。何なら、騎馬の男性陣にはもっと先行してもらってもいいくらいだ。


 現在、先頭を通りすがりの第三王子、そのすぐ後ろにヴィル様とイエル卿、最後尾がユーインだ。


 第三王子以外は、休憩時に入れ替えるって聞いてる。先頭が固定なのは、一応道案内という名目で同行してるからだってさ。


 ちなみに、この山道でも簡易舗装は使っている。だからか、最初の休憩時間の時に、通りすがりの第三王子がヴィル様にこそっと聞いていたらしい。


 こちらが持つ技術だとだけ伝えて、後は煙に巻いたそうだよ。不服そうだったけれど、それ以上聞く訳にもいかなかったみたい。




 最初の野営地は、山の中だ。ただ、隊商が使う野営地らしく、私達以外にも三組ほど隊商がいた。


「馬車一台と馬だけで、山越えを!? 命知らずだなあ」


 そんな声が聞こえてくる。どうも、隊商がこちらの荷物の少なさに、驚いたらしい。


「ここも、夜は冷え込むよ? 防寒の備えはちゃんとしてるのかい?」

「ご心配なくー」


 隊商のおじさんに声を掛けられたから、にこやかに応対しておいた。結界技術があれば、極寒の地でも問題ない。とはいえ、今回は違う手を使うけれど。


 ここは大分標高が高いようで、風も強いし気温も下がってきてる。そりゃ周囲の人が防寒が必要だっていうのも、頷けるわ。


「さっさとテントを出してしまおう」


 ヴィル様の号令で、馬車の後部を開けて色々と取り出す。ここに設営するけれど、中で一泊する訳ではない。


 移動陣を置いて、私達はグラナダ島に移動する予定だ。本当は宿泊施設を出すつもりだったんだけど、周囲に人が多いからね。


 こちらの事はネレイデスが監視しているので、何か起こったらすぐ移動出来るようにしている。何も起こらず、明日の朝を迎えられるのが一番だけどね。


 さすがにこれを第三王子に知られるのは困るので、彼は彼で個別のテントに泊まってもらう。


 テントと言っても、前世のキャンプで見るようなものではなく、背の高い、四角柱のような形のものだ。


 しっかり地面に杭を打たないといけないものだけど、第三王子の分は本人が設営してるし、こちらの分はイエル卿が率先して設営している。


 しっかり魔法を使っているのが見えてるよ。にしても、イエル卿って、本当に魔法の使い方がうまいなあ。細かい制御が得意なんだと思う。


 今も杭を魔法で一本一本簡単に固い地面に打っていってる。


「兄ちゃん、設営の腕がいいな。慣れてるねえ」

「ははは、どうもー」


 隊商の人達とかる口を言い合いながら、あっという間に設営完了。とっとと中に入る。ここから先は、私のお仕事。


「……っと、陣設置完了」


 移動陣は、私が設置するから。そして、使う魔力も私の提供だ。


「もう大丈夫ですよ」


 ちなみに、移動先はグラナダ島。別に王都邸やヌオーヴォ館でもいいんだけれど、一応西大陸に行ってる最中だからね。


 なのに平気な顔で王都を歩いていたり、デュバル領にいたりしたらちょっと問題があるから。


 移動陣を敷いて、最初に移動してきたのはこちらを監視する役目のネレイデス。胸の名札にはエウアルネとある。


「じゃあ、後はよろしくね。テントの周囲には人が立ち入れないように結界が張ってあるから」

「承知いたしました」


 エウアルネに見送られながら、私達はグラナダ島へ。




「いくら振動が少ないとはいえ、移動するとそれなりに疲れるわね」


 夕食も終わり、入浴も終えて後は寝るだけ。女性だけで集まれるサロンで、コーニーが伸びをする。


「移動距離に比例して、疲労って溜まるから」

「それにしても、野営をすると思ってたら、まさかグラナダ島へ来るとは……」


 リラがちょっと遠い目になってる。いや、使える技術は使うべきでしょうよ。


 折角ここにもいい邸を建てたんだから、使わなきゃもったいないし、移動陣は私が使えばタダだし。


「宿泊施設もいいけれど、やっぱり広いお風呂と広いベッドの方がいいもんね」

「そうね。明日、ゲンエッダの王族は疲労が残っているかもしれないわね」

「その辺りは、本人も覚悟してるでしょ」


 後は、夜中にテントに入り込むような不届き者がいない事を祈る。ネレイデスに戦闘能力はないんだからね。




 翌日、朝食を終えてからテントに戻ると、周囲は何やら騒がしかった。


「もしや、何かあったとか?」

「いやあねえ。こんな野営地で」


 コーニー、そう言いながらどうして笑顔なの? しかも、私の背をぐいぐい押して、外に出そうとしてるし!


 ブンゾエック領で、ろくな騒動がなかったから、フラストレーション溜めてるな!? だからといって、私を生け贄にして騒動に出くわそうとかしないの!


 それでもコーニーに押される形で外に出ると、テントの周囲に転がっている三人の男性。……死体?


『生きています』


 あ、そうなんだ。よかった。


『彼等は夜中にテントに侵入しようとした為、結界に仕掛けた催眠光線で寝ているだけです』


 あれ仕掛けたんだ? どれくらいの強度?


『最高強度です』


 マジかー……最高強度は、ニエール用に調整しているやつなのに。一般人なら、三日くらい寝込むんじゃないかな。


「ああ、あんたら。こいつらが起きないんだが、何か知らないか?」


 テントから出てすぐ、隊商のおじさんに声を掛けられた。

「え? どうかしたんですか?」

「いやあ、起きたらここで倒れていてな。叩いても何しても起きやしねえ」

「わあ、怖ーい」


 何も知りませんよと言わんばかりの私の態度に、おじさん達も「そりゃそうか。何も知らないよなあ」と苦笑している。よし、誤魔化せた。


 ついでとばかりに後ろにいたコーニーに抱きつくと、彼女から抱き返される。でもコーニー、腕の力が強いんですけど。


 待って待って、肋骨がミシミシ言ってるううううううう! いくら騒動に発展しないからって、私に八つ当たりするのやめてええええええ。

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