第555話 不穏な話
食事の席では、無難な話題が出された。中でも、泥棒達が盗もうとしていた毛むくじゃら……あれ、山羊だって。
「ブンゾエック山羊と言ってな。この辺りにしか棲息していなかった野生の山羊を、家畜化したものなんだ」
このブンゾエック山羊、毛は繊維に、肉は食用に、角は薬になるとかで、捨てるところがないんだとか。
あ、内臓もおいしく食べられるらしいよ。
そんな貴重なブンゾエック山羊、一頭で庶民一年分の稼ぎをたたき出すらしい。お高い山羊なんだなあ。
これだと、買って帰る訳にはいかないか……
「こちらの肉料理が、ブンゾエック山羊の肉だ。味はいかがかな?」
「すっごく美味しいです!」
素で答えたら、ヴィル様から冷ややかな視線が来た。
にしても、お高い山羊じゃあ、買って帰る訳にもいかないかー。晩餐が終わって、そのまま今日はこのお屋敷に一泊するらしい。
水回りだけでも、こっそり収納魔法から出そうかな。
食堂から下がって与えられた部屋に戻り、ほっと一息を付いていたら、ドアをノックする音。この気配、ヴィル様だ……
リラが応対に出て、ヴィル様を連れて戻った。やっぱりー。怒ってるー。
「レラ」
「えー、マナー違反はごめんなさい。でも、今の私は庶民という事になってますからー。あれでも問題ないと思いまーす」
「……そこまで考えて、あの返答をしたと?」
う……バレてる。素で答えました。視線を合わさないように、逸らしていたら、頭の上から溜息が聞こえた。
「まあいい。ここは言ってしまえば地方領。公の場とは言えまい」
お説教はなしのようだ。よかったー。ヴィル様のお説教って、メンタルに来るのよねえ。
「それはともかく、通信機は出せるか? 父上と連絡が取りたい」
「あれ? 携帯型を持ってませんでしたか?」
「うっかり宿泊施設に置き忘れた」
ヴィル様らしくなーい。まあ、据え置き型を私が収納魔法に入れてるからね。緊急の場合は、そちらを使えばいいだけだし。
「確認だが、ブンゾエック山羊を交易品に入れられそうなら、入れるんだよな?」
「もちろんです! あ、後このドレスも」
「ドレス? ……マダム・トワモエルか?」
「です」
話が早くて助かるー。
「それなら、何着か買ってカストルに送らせればいいだろう」
「……買えますかね?」
「そこは領民を救った報酬として、ブンゾエック山岳伯に強請ればいい」
おおう。そういうお強請り、苦手なんですが。てか交渉事は、全て余所様に丸投げしてばっかりだしなあ。
思わず黙り込んだ私に、ヴィル様が訝しげな声で聞いてくる。
「どうした?」
「兄様、レラはお強請りとか苦手だもの。交渉は兄様が代わりにしてあげて」
「そのくらい、侯爵家当主なら出来て当然だろうが」
呆れた顔を向けられるけれど、苦手なものは苦手なんですー。
サンド様とヴィル様の通信内容は、私は知らない。知ったら手伝わされそうな予感がしたので、こちらの部屋を抜け出して、コーニーと一緒に旦那達がいる部屋に避難した。
リラ? 彼女も自分の旦那の側にいるべきよねー? そう言い残して部屋に置いてきたけれど、なんか縋るような目だったのは、きっと気のせい。
「お邪魔しまーす」
「あれ? 二人で……二人だけ?」
「ええ、リラは兄様と一緒の部屋よ? 当然よね? 夫婦だもの」
コーニーもノリノリで出迎えたイエル卿に言ってる。そーだよねー。だから私達も自分達の旦那がいる部屋に来たんだしー。
「レラ、何かあったのか?」
「いやあ、あのままいたら、何か厄介な事を頼まれそうな気がしたから逃げてきた」
「そうか」
ユーインがちょっと残念そう。何でだ?
「レラ、そこは嘘でも『あなたに会いに来たの』って言わなきゃ駄目でしょ?」
「あ、そうか」
コーニーに言われて気付いたわ。こういうところが駄目なのね。ちょっと微妙な私達を余所に、コーニーとイエル卿はがっしり抱き合っている。
「私は嘘じゃないわよ? イエルに会いに来たんだから」
「嬉しいなあ」
あー、はいはい。いつまでもラブラブでいてくださいよ。
しばらく旦那部屋にいたら、ヴィル様が戻ってきた。リラも一緒に。
「……逃げたな?」
何の事でしょう? 視線を逸らして口笛を吹いておく。
「ともかく、父上から出立の指示が出た。ゲンエッダ側もブラテラダの事は調べているようだが、潜伏させている者達からの連絡が途絶えたという。向こうで何か起こっているのは確実のようだ。それを探る為と、もうここまで来たらとっとと浄化してしまえという事らしい」
おっと。不穏だなあ。カストル、ゲンエッダの諜報員? 達って、今どうなってる?
『瘴気の影響で、虫の息といったところですね』
げ。救出は可能?
『出来ますが、ゲンエッダに直接移送して構いませんか?』
……いや、一度グラナダ島へ送って。そこで治療をしてほしい。
『完治は難しいかもしれません』
カストルでも、瘴気の影響は完全に取り去れないのか……あ。
浄化を試してみて。何なら、治療特化のネレイデスに術式を教えてもいいから。
『承知いたしました』
これで、ゲンエッダの人達が助かるといいけれど。
「レラ? ボーッとしてどうしたの?」
コーニーに突っ込まれた。リラが突っ込まないのは、カストルとの念話中だと気付いているからだな。
「いや……ええと、今言ってた、ゲンエッダの諜報員達が連絡を絶った理由、わかりました」
「本当か!?」
ヴィル様が驚いてる。いや、旦那連中は全員驚いてるね、これ。
「うちの執事が見つけました。現在、グラナダ島に避難させて、そこで治療を行う予定です」
「治療? 怪我でもしているのか?」
「いえ、瘴気の影響で衰弱しているようです」
私の報告に、その場がしんと静まりかえる。
「……それは、諜報員の身元が向こうに割れたという事か?」
「んー。それはないかと。もし本当にゲンエッダの諜報員だと知れたなら、確実に殺されてそうじゃありません?」
私の意見に反論する人は、誰もいない。瘴気の影響は受けても、生きているのがバレていない証拠だ。
「ゲンエッダ側に被害が出ないのならいい。では、明日には出立して、ブラテラダへ向かう」
全員、無言で頷いた。
翌朝は、それなりの時間に目を覚ます。夕べは旦那部屋、女子部屋両方に水場だけのセットを出しておいた。
やっぱりね。バストイレはオーゼリア風でないと。あれはご先祖様が頑張ってくれたおかげで、日本風だから安心して使える。
どちらも私達以外には認識されないよう、結界を張ってある。旦那部屋の方は、イエル卿がやってくれた。
朝の身支度を終えて、しまうものをしまって、いざ食堂へ。今朝の朝食も、ブンゾエック山岳伯と一緒に、という事だった。
朝食も、なかなかのボリューム。あ、このベーコン……だと思うけれど、美味しい。
加工肉なら、交易品に入れていいんじゃないかなあ。ちらりとヴィル様を見ると、視線があった。手元のベーコンをさりげなく指して、にっこり笑っておく。
何か呆れた視線が返ってきたんですけどー。
「さて、君らはこれからどうするのかね?」
朝食も終わり、食後のお茶を楽しんでいるとこで、ブンゾエック山岳伯が聞いてきた。
こういう時、答えるのはヴィル様と決まっている。
「山を越えて、タリオイン帝国へ向かう予定です」
「ほう。帝国へ」
ゲンエッダにとって、帝国は交易の相手であるけれど、常に領土を狙ってくる厄介な相手でもある。
余所者とはいえ、帝国に行くと言えば警戒されても不思議はない……かも?
「……君も、同行するのだな?」
「ええ。よんどころない事情がありますから」
しれっと言うなあ、通りすがりの第三王子。君、王家からの監視役じゃなかったっけ?
とりあえず、自衛が出来ればいいけれど、何かに巻き込まれたりしたら置いていっちゃうよ?
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