第548話 危なかったー

 西の大陸でのあれこれを報告し終わったら、陛下とコアド公爵と元学院長がぐったりしてしまった。


 そういや、私はここに映像記録を持ってきていたんだった。別に説明やら何やら、する必要なかったんだよね。


 大体はサンド様から通信で報告が入ってるっていうし。


「なのに、何であれこれ話す必要があったんでしょうねえ?」

「ゲンエッダでは、アスプザット侯爵達と離れて行動しているのだろう? なら、デュバル侯爵が大いにやらかす可能性が高い」

「陛下にとって、私って一体何なんでしょうね?」

「優秀だがこちらの想定外の事をやらかす存在だな」


 私の疑問にするっと答えられてしまったよ。悩みもしないって事は、常にそう思ってるって事ですか?


 何か納得いかん。


「それで……その、ブラテラダのオミーラー男爵家の三男か? それを浄化しに行くのか?」


 それって。


「一応、ゲンエッダの国王から依頼という形をサンド様がもぎ取ってくださいましたから」


 オミーラー沼男爵家の三男が全ての元凶だというのなら、ここで叩いておいた方がいい。


 放置しておいたら、またあちこちが瘴気と呪いで大変な事になるだろうから。


 私の答えに、陛下が少しだけ目を眇める。


「……そこまで、ゲンエッダに肩入れする理由は?」

「おいしい小麦と香り高い茶葉と濃いミルクと生クリームとバターと黒い羊の為です!」


 あれ? ちゃんと答えたのに、何故か陛下が目を丸くしている。




 あの後、陛下とコアド公爵には大笑いされました。元学院長は、片眼鏡を指先で押さえて深い溜息を吐いていたよ。


「大変納得したが、食材が大半とは」

「何言ってるんですか、陛下。食べるものは大事ですよ!」


 私の立場だと、陛下へのこの物言いは許されないはずなんだよねー。でも、ここは国王陛下の執務室だけれど、現在は人払いがされているので公の場とは言えない。


 なので、目こぼしされてまーす。


 私の主張を聞いたコアド公爵が、何かを思い出したようだ。


「そういえば、どこぞの伯爵家のお茶会で、珍しい茶葉が使われたと耳にしたけれど……」

「ネドン伯爵夫人が、お友達の誕生日プレゼントに、向こうで手に入れた茶葉を贈りましたから、それかもしれません」


 王都で入手したのは、サンド様だけどね。


「香りが国内の茶葉とは大分違ったそうで、話題になっていたそうですよ」

「そうか……ルメスの耳にも入るという事は、相当だな」


 その茶葉を仕入れる為にも、私が頑張るのですよ!


「……侯爵、確かに浄化をやるのはいい。だが! くれぐれもやり過ぎには注意するように! 間違っても、そのブラテラダという国を、焦土と化す事はするなよ!」


 本当に陛下の中の私って、どういう存在なんですかね?




 王宮から辞して、じいちゃんを送りがてらユルヴィル領へ行こうかと思ったんだけど、私は王都邸に送り届けられてしまった。


「元気な顔を見られてよかったよ。でも、タフェリナはまだ忙しいのだろう? 無理せず頑張りなさい」

「はい!」


 私は、こういう年上の人から向けられる、無条件の愛情に弱い。多分、この世界での両親との縁が薄かったせいだと思う。


 今も、じいちゃんに気遣われて胸がじんわりしちゃった。


 さあ、これからも頑張るぞー!


 と、その前に。


「ルチルスさん! ラブロ伯爵家の王都邸に、訪問のお伺いをしてもらえる?」

「コーシェジール様のご実家ですね。わかりました」


 向こうの都合を聞いて、一度ご挨拶に伺わないとね。ネレイデスの派遣の事もあるし。単純に、実家に戻っているっていうお義姉様に、直接お祝いの言葉も言いたい。


 あ、手土産用意しなきゃ。西大陸の茶葉でいいかなあ?


『すぐにご用意いたします』


 おおう、有能執事のおかげで助かるー。




 訪問は、翌日に決まった。この時期だと社交のピークは過ぎてるから、時間があったのかな。


 それとも、うちだから都合をつけてくれたんだろうか。


「ごきげんよう、ラブロ伯爵夫人。急な訪問を許して下さり、感謝しますわ」

「ごきけんよう、デュバル女侯爵。ご無沙汰しておりましたわ」


 どうやら、旦那様のラブロ伯爵は不在のようだ。まあ、奥方に挨拶出来ればいっか。


 土産に持ってきた茶葉が、西大陸の物と聞き、とても喜ばれている。どうやってここまで持ってきたかは、突っ込まれなかった。よかったわー。


「まあ、レラ様、ご無沙汰しております」

「お義姉様! お元気そうで何よりです!」


 何だか、前に見た時より綺麗になられたような。これが母になるという事なのかねえ。


「こんな格好のままで、ごめんなさい」

「お気になさらず。今はお義姉様の体調が最優先ですよ」


 お義姉様とラブロ夫人が顔を見合わせている。


「こちらに伺う前に、ユルヴィルで兄に会ってきました」

「まあ、そうでしたか」

「おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 微笑むお義姉様の隣で、ラブロ夫人が目を潤ませていた。一時は、酷い状態だったからねえ。


 愛する娘が婚家で痛めつけられてたなんて、親としては堪らないだろう。


 でも、そんなこんなを乗り越えて、今これだけ幸せそうにしてるんだもん。そりゃ感慨深いよね。


「実はですね、本日伺ったのはお祝いを言うだけではないんですよ」

「まあ」

「どういう事ですか? レラ様」

「お義姉様の出産を無事迎える為に、お義姉様の側に我がデュバルの医療班を置きたいと思うのですが、許していただけます?」


 ラブロ夫人もお義姉様も、そっくりな様子で驚いていた。




 医療特化のネレイデス達の説明をしたら、普通に受け入れてもらった。貴族の家って、大きさや伝手によっては家に一人二人回復魔法の使い手を雇っていたりするんだよね。


 ツイーニア嬢のリューザー伯爵家にも、回復魔法の使い手が使用人として雇われていたし、ロア様もちょっと違うけれど産婆の資格持ちの侍女を実家から連れてきていた。


 ただ、ラブロ家は伝手があまりないそうで、今まで回復魔法持ちを雇っていなかったんだって。


「いえね、我が家も王家派閥でしょう? 研究所にお願いすれば、他の派閥の家よりも融通してもらえたものだから」


 ラブロ夫人が言いにくそうに、回復魔法の使い手を雇っていなかった理由を口にした。


 そっか、ペイロンとの繋がりがあって、研究所の回復魔法の使い手を招けるなら、わざわざ自分のところで雇ったりはしないわな。


「では、すぐに手配しますね」

「よろしくお願いします」


 夫人とお義姉様の二人で、頭を下げられちゃった。いやあ、おねえさまが生むのは私の兄の子だしねえ。そりゃデュバルでもがっつりバックアップしますって。




 王都でやる事は、全部終わったかな? これでまたゲンエッダに戻っても……あ。


「いかん、ニエールに使い捨ての魔道具を依頼しにいかなきゃ」


 何せ、使う術式が浄化だからね。他の人に頼む訳にもいかない。王都邸から、そのままヌオーヴォ館に行く事になりそうだわ。


 で、王都邸に帰ってすぐその事をルチルスさんに伝えたら、にっこり笑って止められた。


「とりあえず、ヌオーヴォ館に移動されるのは明日以降になさった方がよろしいかと」

「え? そう?」

「これからルミラ夫人に、ご当主様がお戻りになる事を伝えなくてはいけませんし」


 しまった。また連絡するのを忘れるところだった。いやあ、ルチルスさんのおかげで、命拾いしたなあ。




 翌日、昼近くにようやくヌオーヴォ館に移動する。


「お帰りなさいませ、ご当主様」


 気のせいか、ルミラ夫人の笑顔が怖い。


「久しぶり……でもないですね。変わりはありませんか? ルミラ夫人」

「はい」

「ええと……急な帰還で、面倒を掛けます……」

「ここはご当主様の『家』ですから、いつお戻りになってもよろしいのですよ? ええ、ほんの少し、前もってご連絡いただけるだけで」


 ごめんなさいー!

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