第549話 あ、それだ!

 ルミラ夫人からの「帰宅に関して、何故報告が必要なのか」をみっちりレクチャーされ、ぐったりしたまま分室へ。


 分室、以前は旧都であるパリアポリスの近くにあったんだけど、ネオポリスが出来たので、その郊外に引っ越している。


 そして、ヌオーヴォ館とは地下で繋がっており、専用列車を使って行き来するのだ。楽チーン。


 分室地下駅に到着し、地上へと上がる。エレベーター、便利です。


 ルミラ夫人が手配してくれてたので、エレベーターの前には担当者が待っていた。


「いらっしゃいませ侯爵様。主任にご用ですか?」


 ニエールって、主任だったんだ。


「ニエール、おとなしくしてる?」

「今は心躍るものがないようで、日々ぼんやり過ごしています」


 え……それ、違う意味で大丈夫なの? 若い内からボケたりとかしていない?


 案内された先は、ニエール専用の研究室。扉を開けたら、相変わらず窓のない閉塞感たっぷりの部屋が広がっていた。


「主任、お客様です」

「んー? 誰ー?」


 声は、部屋の奥の方から聞こえてくる。あ、あの本の山の向こうからか。


 案内役の所員をその場に置いて、本の山へと歩みを進める。ニエールの奴、床に転がって本を読んでた。


「おいこらニエール。起きろ!」

「あれ? レラ?」


 本をずらした下には、いつものニエールの顔。悪びれないのが、また腹立たしい。


「まさかあんたに『起きろ』って声を掛ける日が来ようとはねえ?」

「さ、最近はちゃんと寝てるよ?」

「あんた、暇なんだってね」

「えー? それはー……」


 目線逸らしやがって。今は何の研究にも携わっていないって聞いてるよ。


「ちょっと作ってほしいものがあるのよ」

「もの? また魔道具? あのさあ、私の専門は術式なんだから――」

「使い捨ての浄化の魔道具」

「詳しく」


 よし、釣れたな。




 浄化の術式は聖堂の門外不出とされる術式。本来なら、聖堂関連の者以外に教えたら、厳罰ものだ。


 だからこそ、ニエールを釣る餌としては十分だったらしい。


「浄化の術式かあ。普通なら、まず知る事はないよねえ」


 今にもよだれを垂らしそうなニエールは、既に恍惚の表情だ。


「だからこそ、魔道具は使い切り、今回使用する分のみの作成だよ」

「下手な事して、聖堂に睨まれるのも困るもんね」


 変なところで政治的な事を理解するよな、ニエールって。


「どうせ全面戦争になるなら、聖堂の持ってる秘匿技術を全部開示させてからよ!」


 違った。あくまで魔法が全ての、いつものニエールだったわ。てか、聖堂と全面戦争って。


「そんな事をする気はないから、安心しなさい」

「ちぇー。やってくれたら、聖堂の術式全部手に入るのにー」


 魔法の為だけに戦争なんぞ起こして堪るか。大体、聖堂ってこっちの大陸全土に広がる宗教なんだぞ? 色々な宗派はあるけれどさ。


 そんなのを敵に回すと、下手したら大陸全土を巻き込む戦争になっちゃうじゃん。


「馬鹿な事言ってないで、お仕事お仕事」

「へーい。まあ、浄化の術式をいじれるんだから、文句言わない!」


 つくづく、こいつを嫁に行かせようと考えるニエールの両親って、自分達の娘の事を見ていないよねえ。




 魔道具に関しては、使い捨てという部分は既にあるので問題なし。問題は、浄化の術式を広範囲に作用させるための術式と、起動用の魔力結晶の容量。


「効果範囲を広げるのは、通常の術式だと厳しそうだね」

「まあねえ」


 浄化の術式が特殊過ぎて、魔法を広範囲に作用させる汎用的な術式が通用しないんだよー。浄化の術式が広範囲用の術式を弾くって、どういう事?


「うーん……これ、すぐに必要な道具?」

「すぐってほどじゃないけれど、なるはやで」

「んじゃあ、ちょっとこっちで預かっていい?」

「よろしく」


 最悪、広範囲に作用させられないのなら、使い捨ての魔道具を増やせばいい。なので、いつになるかはわからないけれど、期限がある事はニエールにも伝えておいた。


 これで、分室の方はおしまい。後何か、忘れている事、ないっけ?


 分室からヌオーヴォ館へ戻る間、ずっと考えていたんだけれど、出てこない。何か、あったような気がするんだけど……


 ヌオーヴォ館の地下駅に到着し、エレベーターで地上階まで戻った私の目の前に、忘れていた事がやってきた。


「ご当主様! あの茶葉は何ですの!?」


 うちの商品を全て任せているロエナ商会会頭、ヤールシオールだ。


「ええと、それに関しては――」

「もちろん! 我が商会で扱わせていただけるのですよね!?」


 圧が強い圧が。でも、忘れていた事って、これだったんだわ。交易が正式に始まるのはまだ先だけれど、こういう商品があるよって事は伝えておかないとね。


「立ち話も何だから、落ち着いて話そうよ」

「あら、そうですわね。私とした事が」


 ほほほと笑うヤールシオール。いや、儲け話に敏感なのは、商人としてはいい事だと思うよ。


 ただ、詰め寄られるとちょっと怖いけれど。




 場所を移してお話し合い。茶葉はもちろんの事、小麦、乳製品、羊毛を交易品として検討していると伝えた。


「茶葉は確かめましたけれど、小麦に乳製品、羊毛ですか? どれも国内でも手に入りますわよ?」

「茶葉も、手に入るよね?」

「それは……まあ……」

「羊毛は次戻る時に持ってくるよ。羊毛ってか、羊を買ったから」

「え? 生きた羊を……ですか?」

「うん」


 買った羊は、一旦グラナダ島に連れて行っている。いきなりデュバルに連れてきたら、環境の変化が大きすぎるかと思って。


 カストルがデュバルに馴染めるよう、色々と手を入れるそうだ。


「デュバルで飼育出来るかどうかはまだわからないけれど、増やせるようなら、増やそうかなって」

「でも、羊毛は交易品に入れるのですよね?」

「今回買った羊とは、また違う種類の羊もいそうだから」


 事実、北方伯領で見た羊は、黒とは違う毛色だったし。あれはあれで、毛糸や毛織物を作ったら、また違う風合いになりそうだ。


「とにかく、小麦と乳製品に関しては、一回食べればわかるよ」

「……ご当主様がそこまで仰るなら」


 ふっふっふ、これでヤールシオールを巻き込めば、オーゼリアでのあれこれは彼女がやってくれる。


 もちろん、シャーティとの連携で西大陸の小麦の特性を生かしたお菓子も作ってもらう。シャーティ本人にはまだ伝えてないけれど、これは決定だ。


 小麦と乳製品に関しては、うちの料理長が現在腕を振るってくれている。彼には食材を入手したらすぐに届けるようにしているから、その度に使って味を覚えてくれているそうだ。


 前の料理も美味しかったなあ。


「ご当主様、よだれが出ておりましてよ」

「おっと」

「しっかりなさってくださいまし。ご当主様は、我が商会の広告塔でもあるんですから。だらしない格好を外でなさるのは、困りますわ」


 えー、ごめん?




 その日の昼食は、西大陸の食材をふんだんに使ったメニューだ。ホワイトソースやパンに使っているのは向こうの小麦だし、チーズにバター、生クリーム、もちろんミルクも使っている。


「んー、このクリームパスタ、おいしい。量が少ないのがもったいないほど」

「パスタでしたら、このくらいの量が適正でしてよ。でも、確かに国内産のものでは出ない味ですわねえ」


 小麦の種類もあるんだろうけれど、やっぱり土壌なのかなあ。その辺りは、カストルに丸投げしておこうっと。


『……小麦も、デュバルで栽培出来ないか試験すればよろしいですか?』


 本領でなくてもいいよ。飛び地やフロトマーロで作れるようなら、それでも。結果として、小麦が手に入ればいいんだから


『では、ゲンエッダからの交易品はどうなさいますか?』


 あれは国内や国外に流通させる分にすれば? うちで生産するのは、領内消費で消える気がする。


『そうですね。では、さらなる味の追求もしておきましょう』


 カストルって、こういうの得意だし、好きそうだよねー。

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