第546話 久々に

 フェブポロス山岳伯領で待つ事しばし。当然だけど、瘴気関係の人間は来なかった。


 代わりに通りすがりの王族が来ちゃったけれど。一応、あちらも素性を隠したままなので、こちらも「庶民」として対応する。


 とはいえ、ヴィル様やユーインなんかは、あふれ出るオーラでただ者じゃない感が強いけど。


 イエル卿? 彼は擬態が得意だからね。


「てかイエル卿、それ、魔法使ってますよね?」

「あ、気付いちゃった? ごく薄く使ってるんだけどねー」


 どうやら、結界のように体にぴったり沿うように展開している術式らしい。これ、どういう効果があるんだろう?


 聞いたら、こちらの印象を薄くするだけのものらしい。これだけでも、相手を威嚇する事もないし、侮られる事もなくなるんだって。何気に凄い。


 術式の内容までは教えてもらってない。聞いたら、イエル卿のオリジナルだっていうから。そういう術式の内容を読み取るのって、マナー違反なんだよね。


 それをあえてやる奴がいる。ニエールって言うんだけど。相手の術式を読む技術に関しては、彼女が一番だ。


 なので、ニエールに見せる予定の術式には、あらかじめダミーの術式を多く含んでおく。特に催眠光線はダミーだらけだ。


 術式を全部読めるニエールにとって、ダミーの多い術式は見るだけで疲れる代物。余程解析したい術式以外、ダミーが多い術式は最初から見ないようにしてるんだって。


 催眠光線は、どうしても解析したい術式ではないらしい。私から逃げておけばいいだけだもんね。


 逃がさんけどな。




 山岳伯領で羊を買ったり、毛糸を買ったり羊毛を買ったりしている。うっかりすると買いすぎるので、一日に使える予算を決め、その予算内で買い物をするようにした。


 それでも、結構な金額を使ってるけどねー。


 実はこのお金、海洋伯のところの悪徳金貸しの金庫から盗……失敬してきたもの。


 だってー、こっちでオーゼリアのお金と両替してくれるところなんて、ないもん。


 犯罪ではあるけれど、あのまま悪徳金貸しをのさばらせておく事を考えたら、微々たるもんだよ。多分。


 しかも、こうして国内で使ってるんだから。あれだ、盗賊が溜め込んだお宝は、仕留めた者に所有権があるんだよ。


 悪徳金貸しは盗賊じゃないけれど、似たようなもんでしょ。権力者と結びついた分、より悪いかもね。


 ローサ氏は、私達の周囲をうろついてはいるけれど、夜になると山岳伯領の宿屋に帰るらしい。


 うちに「泊めて」って言ってこないのは正しい判断だね。言ってきた時点でたたき出して二度と交流はしないわ。


 ヴィル様に私の意見を言ってみたら、「当然だな」という返答がきた。


「いくら相手が王族とはいえ、図々しい奴は願い下げだ」

「でも、彼はちゃんと距離感を保ってるじゃない」

「だから交流を続けている」

「……ヴィルってたまに偉そうだよねー」


 イエル卿の言葉に、ヴィル様がむっとしてる。でも、言い返さないって事は、自覚あるって事かな?


 ヴィル様、こんなところでも長男気質を発揮しているから。だいじょぶですよー。ここにいるのは自衛くらい自分で出来るのばっかりですからー。


 あ、リラは自衛出来ないか。じゃあ、奥さんだけはヴィル様が護るって事で。




 そうして待ち続けていたら、とうとうサンド様からの回答がきた。


『依頼、もぎ取ったよ』


 わー。良い事なのか悪い事なのか。まあ、これからの交易を考えたら、いい事なんだろうなあ。


『と言うわけでレラ、使い捨ての浄化の魔道具、制作を始めてくれるかな?』

「了解でーす。なら、一度デュバルへ戻りますね」

『ああ、なら映像と音声を陛下に届けてくれないかな? 王宮も、こちらの様子を知りたいだろう』


 おうふ。王宮行きが決定してしまいましたよ。


 とはいえ、私は公式には西行きに参加していて、オーゼリアにはいない事になっている。


 ではどうするか。隠れ蓑を用意するに決まってるよねー。


「という訳で、お兄様に王宮まで一緒に行っていただきます」

「え……」


 訪ねたユルヴィルの邸で、兄がぽかんとしてこちらを見ている。じいちゃんばあちゃんも一緒にいるけれど、二人はうんうんと頷くだけ。


 ゲンエッダから単独でオーゼリアの王都邸に移動陣で戻り、仕度をしてユルヴィルに来ている。


 今回はちゃんとルチルスさんにもルミラ夫人にも事前連絡を入れておいた

ので、スムーズに移動完了。


 招き入れられたユルヴィル邸は、いつの間にやら綺麗に修繕……を通り越して、改築されてるね。これは後で聞くとして。 


 お義姉様の姿が見えませんが? 聞いた途端、兄の顔が真っ赤になった。これは……


「その、今は大事を取って、実家に帰っているんだ……」

「おめでとうございます、お兄様。跡継ぎの誕生ですね!」


 いやあ、めでたいめでたい。




 お義姉様の出産に関して、デュバルからは医療特化のネレイデスを派遣する事が決まった。


 生まれてくるのは私の甥っ子か姪っ子な訳だし。


「でも、いいのかい? タフェリナの負担になるんじゃ……」

「心配ご無用ですよ。それよりも、今はお義姉様が無事出産する方が大事です」


 後でお義姉様が戻っている実家、ラブロ伯爵家にも挨拶しておかないとなー。


 今やユルヴィルはデュバルにとってなくてはならない土地。その当主夫人の出産なんだから、気合い入れて準備するぞー。


 まあ、それは置いておいて。


「王宮には急ぎますので、このまま一緒に王都に来てください」

「えええええ?」

「大丈夫ですよ。陛下はお兄様を取って食ったりしませんから」


 怖くない怖くない。


 それでも、滅多に行かない王宮は怖いらしく、兄は乗り気じゃない。あまり強要もしたくないんだよなあ。


 困っていたら、意外な人物から助け船が出た。


「タフェリナや、その役目、この爺では駄目かな?」

「え?」


 じいちゃんは、先代……の前の前か? のユルヴィル家当主だ。しかも、先王陛下の魔法の教師を務めた事もある。


 今でも王宮には古い知り合いがいるっていうし、何より王宮に行き慣れている人だ。確かに、うってつけの人材かも!


「じゃあ、一緒に王宮に行ってもらえます? あ、その前に王宮に連絡入れないと」


 私からの連絡は、最優先で繋がるって聞いた。他にもサンド様、ヴィル様から通信は、優先順位が高いんだって。


「さて、では話は決まったな。タフェリナが連絡を入れている間に仕度をしてくるとしよう」

「まあ、久しぶりの王宮ですのね。あら、服のサイズは大丈夫かしら」

「む……腹回りは変わらんぞ?」

「まあ、嫌ですよ。服は腹回りだけが大事な訳じゃありません」


 そう言い合いつつ、じいちゃんとばあちゃんは仲良く部屋を出て行く。残されたのは、ぽかん顔の兄と私だけ。


「……何か、ごめんね? 振り回した形になっちゃって」

「いや、いいよ。それより、私も王宮に顔を出せるようになっておかないとね。これから生まれてくる子に、顔向け出来ない」


 そう笑う兄は、とても格好良かった。




 じいちゃんを伴って……というか、実際は伴われるのは私なんだけど、ユルヴィル家の馬車で王都に入る。


 この馬車も、デュバルから贈った品。おかげで揺れが少ない。


「この馬車は乗り心地がよくてねえ。儂も婆さんもお気に入りなんだよ」

「気に入ってもらえてよかった」


 そんな事を話しつつ乗っていると、馬車は王宮へ到着したらしい。あらかじめ、じいちゃんと一緒に行きますーと伝えておいたからか、侍従の出迎えもスムーズだ。


 ちなみに、「デュバル侯爵」は現在王都どころかオーゼリア国内にすらいない事になっているので、今私の見た目は幻影魔法で別人になっている。


 表向き、王宮に来たのはじいちゃんと侍女が一人。その辺りの事も事前に伝えてあるから、混乱はない。


 通された国王の執務室。そこには、いつもの面子が揃っていた。


「よく来たな、ラケラル卿。顔を見るのは久しいが、息災だったか?」

「ご無沙汰しておりました、陛下。見ての通り、年は取りましたが、おかげさまで元気に暮らしております」


 気安いやり取りだなー。まあ、陛下にとってじいちゃんは、ご両親の教師に当たる。


 身分を考えなければ、親の恩師に対する態度……と考えると陛下の方が尊大だな。いや、身分身分。


 部屋からはすぐに人払いがされ、コアド公爵による厳重な結界まで張られた。綺麗な結界だなあ。


「さて、では話してもらおうか」


 陛下ー。そんな猛禽類みたいな目でこっち見るの、やめてくださるー?

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