第545話 楽しめる人生

 瘴気発生の大本はブラテラダ王国だった。その情報は、当然サンド様にも共有される。


『なるほどねえ。個人の恨みから国を潰す為の戦争を起こそうという訳か』

「これで大国に挑む無謀の正体がわかった気がします」

『そうだね。とはいえ、これはこのまま放って置いていいものか……』

「ですが、瘴気を浄化出来るのは現状この大陸でレラ一人ですよ?」

『あの子に負担がいくのは、避けたいところだ』


 おう。サンド様の思いが身に染みる。


「あのー、横から失礼します」

『何だい? レラ』

「実はですね。瘴気の扱いがわかった時点で、今より効率のいい浄化の術式が作れないかどうか、検討していまして」

『もしや、ニエールを巻き込むつもりかな?』


 わー、話が早ーい。


 正直、広範囲の浄化って面倒くせーのよ。今まで一都市単位での浄化はやったけれど、一国丸々となるとさすがにねえ。


 なので、効率良く一国丸ごと浄化出来る術式を、ニエールに組んでもらおうと思って。


 既存の術式の発展型だけど、きっとニエールは楽しんでくれると思うんだ。


「出来れば、魔道具化してほしいんですけどねえ」

『……もし作るのなら、使い捨てのものにしておきなさい』

「はーい」


 なるほど、広範囲の浄化が出来る魔道具は、ヤバい品になるらしい。


 聖堂との関係も、あるんだろうなあ。浄化って、聖堂関連でも結構な稼ぎをもたらしてるって聞いた事がある。


 だから、術式そのものを他者に教えないんだってさー。私はペイロンに来て脳筋になった聖堂の聖職者にこっそり教えてもらったけどー。


 今から考えると、貴族の娘で浄化を商売に使わないってわかっていたから教えてくれたんだろうなあ。




 ブラテラダ王国が瘴気の大本だとわかりはしたけれど、私達だけで勝手に動くのもどうなのよ? という事で、サンド様からゲンエッダ王家にそれとなく打診してくれる事になった。


 これで正式にゲンエッダからの依頼となれば、私には依頼料が入る。そして、瘴気を浄化出来る人間を紹介したとして、サンド様やオーゼリアの特使一行の株も上がる。Win-Winってやつですね。


 もしゲンエッダからの依頼がなかったら。その時は、全て見なかった事にしてオーゼリアに帰っちゃおうという事になった。


 これには、さすがに一言言いたい。ヴィル様とサンド様の通信画面に、後ろから割って入る。


「えー? でもそうすると、小麦とか茶葉とか手に入らなくなりますよー」

『その辺りは、レラの有能な執事がどうにかすると言ってたよ』


 カストル? いつの間にそんな事を? 後ろに控えていた奴を振り返ると、いい笑顔を返された。


「デュバルでしたら、ゲンエッダと同等の環境を作り出す事が可能です。多少の味のブレはあるでしょうが、概ね近づけさせる事が出来るかと」


 ぬう。そう言われてしまっては。あ、でも黒い羊は?


「あれも、こっそり遺伝子を拝借しましたので、デュバルで飼育している羊を元に再現出来ます」

「生き物に対して再現とか言わない」


 ちょっと気を抜くとこの執事はまったく。




 サンド様の根回しが完了するまで、もうちょっと山岳伯領に留まる訳ですが。


「ついでに羊を買ってもいいかなあ?」

「羊? 羊毛じゃなくて、羊そのもの?」


 何故かリラに驚かれた。つがいで買えば、デュバルで増やせるかなあって。後、品種改良に使えないかと。カストルが飼育環境は調えてくれるだろうし。


「あいつの調えるって……山の一つも改造するんじゃないでしょうね?」

「……」


 あり得る話なので、黙っておく。


 瘴気関連の人間が来ないか待ち伏せるという話も、大本がわかったんならもういいんじゃないかなって話になっている。


 なら、私は自分の欲の赴くままに行動していいと思うんだ。具体的には食べ物と布と布の素材になるもの。


 羊毛は編めばニットになるし、固めればフェルトだ。しかも染めずに最初から黒。他の色が欲しければ、オーゼリアで出回っている羊毛と一緒に編めばいい。これ、マダムが欲しがらないかな。


 ヤールシオールも喜ぶお土産になると思うんだよねー。最近、マダムと一緒にあれこれやってるみたいだし。




 山岳伯領は割と田舎だから、外部から来た人はわかりやすい。私達もそうなんだけど。


「誰か来たみたいよ?」


 羊を買う交渉をしていたら、コーニーがこっそり耳打ちしてきた。牧場には全員で来ている。なので、戦力的には十分。


 さて、瘴気関連の人間か、それとも……


「お? 兄さん達じゃないか」


 まさかの通りすがりの王族かい。


「あんたか。王都に行ったんじゃなかったのか?」

「それがさあ、聞いてくれよ」


 何やら、通りすがりの王族は愚痴を言い始めた。それによると、例のロダチャーダ森林伯家のゴタゴタの影響で、途中の街道が封鎖されたらしい。


 ……サンド様からそんな情報、来てたっけ?


『街道の封鎖は嘘です。王宮からの指示で、フェブポロス山岳伯領に来ています』


 それはつまり。


『主様達の監視です。そのまま取り入って、ブラテラダへの同行を果たすつもりですね』


 わーお。もういっその事、全部オープンにしてしまえばいいのに。


『ゲンエッダ側は、王都とこちらで簡単に連絡が出来るとは知りません』


 だから騙せるってか? 残念だったね。リアルタイムで情報交換、共有が可能だよ。


『ローサ氏と王宮も、特殊な鳥を使い短時間でのやり取りが出来るようです。ゲンエッダの強みは、この鳥を使った連絡網が構築されているところにもあります』


 ただ国がデカいだけって訳じゃないんだ。


 さて、その通りすがりの王族ことローサ氏、ヴィル様と談笑しております。ヴィル様の方は、わかりやすく相手を探ってるなあという感じ。


 ローサ氏の方は、それを躱しつつこちらの情報を得ようとしてるってところ?


「狐と狸の化かし合い……」

「その場合、どちらが狐でどちらが狸なのよ」


 リラの質問には、答えられなかった。




 ローサ氏は、ちょっとルイ兄に感じが似ている。つまり、コミュ力お化け。


 ヴィル様もそれに気付いたのか、態度が変わった。とはいえ、大事な情報は簡単には漏らさないけれど。


「というか、ルイ兄様に対するようなやり方に変えたんだと思うわ」

「コーニー、その辺り詳しく」

「ルイ兄様とヴィル兄様って、幼い頃から行き来のある幼馴染みでしょう? でも、決してそれだけでなれ合ってる訳じゃないの」


 ちょっと前までは、お互いにペイロン、アスプザットの跡取りだったしな。ヴィル様は新しい伯爵家を興したので、跡取りの座からは下りたけど。


 ルイ兄の方は結婚も決まり、順調に跡取りとしての足場を固めているらしい。


 おっと、話が逸れた。


「ルイ兄様みたいな人との付き合い方、ヴィル兄様はよく知っているのよ。相手が何を聞き出そうとしているのかも。ちょっと前まではやんわり拒絶する事で必要以上に相手が近寄らないようにしていたんだけれど、今は偽の情報を掴ませる事で相手を満足させるようになってるわね」


 なるほどー。渡す情報の全てが嘘ではないけれど、肝心な部分は知らない、もしくは嘘を教えているらしい。


 駆け引きかー。私は苦手だわ。


「……本来はレラも出来るようになってなければいけないのに」

「えー? 私にそういった方面を求める方が間違ってるよ」

「それもそうね。細かい駆け引きは、リラの方が向いてそうだわ。でも、彼女は嘘が苦手だから、その辺りは要特訓かしら」


 あー……リラは嫌いな相手ならいくらでも騙すけれど、少しでも「好き」 な部分がある相手には、躊躇しちゃうんだよねー。


 気持ちはわかるから、私からは特に何も言っていない。必要なら、カストルかポルックスが補佐につくし。


「うちでその類いが得意なのは、ヤールシオールじゃないかなあ」

「ああ、彼女は商売人だったわね」


 彼女の場合、人を騙すというのとは大分違うけれど、話術で客に気持ちよく金を出させる術に長けている。


 相手が欲しいと思うものを、欲しいと思うタイミングで提供する。それがヤールシオールの凄いところ。


 その為に、常に周囲の情報には気を配っているんだとか。大変だよなあと一度口にした事があるんだけど、彼女は見事な笑顔で返した。


『あら、これが楽しくてやっているんですもの。大変なんて事、ありませんわ』


 つまり、情報収集もそれらを分析するのも、口八丁手八丁で客に品を売りつけるのも、全て楽しんでいるそうな。


 人生で、楽しめる事を仕事に出来るって最高だと思うんだ。瘴気を操る「彼」も、楽しみを優先出来ればまた違っただろうに。

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