第544話 もうちょっと狭い範囲で終わらせておいて

 カストルが魔の森の研究所にお籠もりしている間、私達はフェブポロス山岳伯領に留まる事にした。


 あの頭蓋骨を置いた人物が、様子を見に来るかもしれない。可能性は低くとも、どうせ待つのは同じなのだから、ここで待ってみようという事になったんだ。


「時間はあるしな」


 ヴィル様の言葉に、誰も反論していない。


 サンド様の方には、ヴィル様から瘴気の事、その発生源、見つかった頭蓋骨、瘴気の正体がわかるかもというところまで、ヴィル様から報告してもらっている。


 あちらでも、特使の間で情報共有がある程度なされたらしく、皆動揺しているって聞いた。


 オーゼリア人にとっても、瘴気は厄介な問題だからね。とはいえ、聖堂に頼めば浄化は可能だけれど、高額の料金を取られるからさー。


 余裕のある貴族家や商家ならいいけれど、余裕のない下級貴族や一般庶民の家なんかは、家に瘴気が湧いたりしたら引っ越す以外にない。


 王都以外の場合は、領主が料金を肩代わりする事がほとんどだそうだけど。




 フェブポロス山岳伯領は、のんびりした土地だ。人より羊や牛の方が数が多いくらい。


 その羊も牛も、オーゼリアのものとは種類が違う。


「黒い毛の羊って、初めて見た……」

「私も」


 黒い羊の毛から作られる毛糸も、やはり黒いらしい。本来は白い毛糸を染めて色々な色にするそうだけど、この辺りでは黒い糸のまま、様々なものを編むそうだ。


 中でも細い毛糸を使って織ったショールは軽くて暖かい。これ、交易品に入らないかな……


 デュバルも冬は寒い地域なんだよね。あと、ギンゼールに売れないかなあって。


 うちで一括して購入したショールや毛糸を、ギンゼールに持っていって売る。手間賃や交通費が掛かるから、あまり安値は付けられないけれど。


「また何か考えてるわね?」


 あれこれ考えていたら、脇からリラに突っ込まれる。本当、どうしてわかるんだろうね?


「この毛糸とショール、ビジネスチャンスと思わない?」

「オーゼリアでも、毛糸やショールは作ってるわよ?」

「売る先は、国内ではなくてギンゼール」

「はあ? ……ああ、あの国も、冬は寒いんだっけ」


 夏でもかなり涼しい国だからね。冬は本当に寒そうだわ。


「でも、寒い国なら羊毛くらい作ってそうなんだけど」

「それはそうだけどさ。ほら、天然で黒い毛糸って格好良くない? オシャレも大事でしょ?」

「……まあ、国内産と国外産で比べるのも面白いかもね」


 そうなんだよ。国内で生産しているからといって、国外のものを楽しまないって手はない。


 手に入るのなら、別の地域で作られたものも、手に入れたいじゃない。


 問題は、交易品に出来るほどの量があるか……だ。


「フェブポロス山岳伯領だけだと、少量になるかなあ」

「北方伯領からも買えばいいんじゃない?」

「でも、北方伯のところにいた羊は、普通に白い毛だった」

「白じゃ嫌なのか」


 嫌って訳じゃないんだけどさ。やっぱり、あの艶光りする黒かなあって。




 羊や牛を見て回る事三日。やっとカストルの解析が終わったようだ。


「色々とわかりました」


 そう前置きをしてから説明された内容は、まあある程度は納得出来るものだった。


 まず、あの頭蓋骨の持ち主は、ゲンエッダの人間ではなかった事。では、どこ出身だったのか。


「ブラテラダの貴族家の当主でした」


 うわー。あの国かあ。西の大陸で最初に上陸する予定の国だったけど、海洋伯にけんもほろろに追い出されたんだよねー。


 しかも、その国の中央にいた貴族家の当主の首とか。


「政争か何かで負けたのか?」

「そうとも言えますが、大本はお家騒動ですね」


 ヴィル様からの質問に、カストルが答える。てか、またお家騒動か。ここらの国って、そればっかだな。


「オーゼリアにも、多いぞ。レラが知らないだけで」

「そうなんですか?」


 びっくり。でも、あれこれ他家に仕出かす家はそれなりにいたから、家中でも色々あっても不思議はないのか。


「レラったら、自分でもお家騒動に関わったのに、もう忘れてるのね」

「え? 何かあったっけ?」


 コーニーからの意外な一言に、驚く。私、関わった?


「メルツェール子爵家の話よ。ほら、入り婿だった父親が、正妻の娘を蔑ろにして、愛人との子を跡継ぎにしようとした話」

「あああああ! 子リスちゃん!」


 そうか! あれもお家騒動と言えばそうなのか。


「大体、レラ自身がそうだろうが。まあ、あれはお家騒動と言っていいのかどうか微妙だが」


 ……そういえば、我が家では実父が愛人の娘ダーニルと私を入れ替えようと計画してたっけ。


 実父が考えなしだったのと、私のバックにアスプザットと王家が付いたのとで、計画は頓挫したけれど。


 ただ、うちの場合はダーニルが跡を取るって事はなかったと思うんだよね。兄がいたし。


 もっとも、兄を飛び越えて私が跡を取りましたけどー。


「話が逸れたな。カストル、続きを」

「かしこまりました。首の名は、ここで明かしておきますか?」

「一応、情報共有しておきたい」

「確かに。首の名はディワイチェン・ヤーデノッツ・ユカエリス。ユカエリス中央公の当主で、戦争に反対した人物です。そのせいで国家反逆罪の汚名を着せられ、拷問の末に死に至りました」


 うへえ。何て嫌な最期なんだ。


「その後、首だけ切り落とされ、瘴気の発生源としてフェブポロス山岳伯領の山中に置かれたようです」

「戦争に反対した程度で、国家反逆罪が適用されたのか?」

「現在、ブラテラダは戦争推進派が主流であり、国王もそうです。ですから、ユカエリス中央公も排除されたのではないかと」

「問題は、あの国か……」


 こんな事ならチブロザー海洋伯領に強引に上陸して、国内を引っかき回しておけばよかったかな。




 瘴気の方も、大分解明出来たようだ。


「やはり、本質は魔力同様力そのものと思って問題ないようです。ですが、後付で恨みや憎しみ、妬み嫉みといった暗い感情を凝縮して乗せていますね」

「何とも、話を聞くだけで胸焼けを起こしそうだな」


 ヴィル様の言葉に、思わず頷く。


「それと瘴気を操る技術も解明出来ました」


 マジか!?


 カストルの説明だと、操る側の性質が大きく影響するそうだ。性質?


「性格と言い換えてもいいかもしれません。基本的に他者との共存が難しく、己が一番であると考える割に周囲の人間と比べては劣等感に苛まれるような人物ですね。そして、その劣等感から他者を逆恨みします」


 最悪な人物像だな。


「ユカエリス中央公の頭蓋骨に残っていた残留思念からも、そうした人物が覗けました。彼がこの地方に争いを起こそうと画策している張本人と見ていいでしょう」


 最悪な人物が、どうしてか瘴気を操る術を身につけた。そして、それを使ってこの地方に争いを起こそうと動いている。


「彼……男なのか?」

「ええ。ブラテラダの地方貴族の三男です」


 また三男!? どうしてこう、三番目に縁があるんだよもう。


「三男……やっぱり、レラが呼び寄せてるのかしら?」

「ちょっとコーニー? 誤解されるような事言うの、やめてくれる!?」

「逆に聞くけれど、これ、本当に誤解だと思う?」


 う……いや、でも、望んで関わりたいと思ってる訳ではないんだけど。


「レラ、オーゼリアに戻ったら、一度聖堂に相談した方がいいかもしれないぞ」

「ヴィル様までー!」


 酷い。


「主様のお祓いは置いておいてですね」

「カストルまで!」

「レラ、うるさい」


 ヴィル様が邪険にするー。一人隅っこでべそべそしている間にも、話は進んでいった。


「問題は、瘴気を操る人物……ブラテラダのオミーラー沼男爵家三男、セウディネ・シスが、自身の恨みを晴らすために行動している事です。彼はあまり頭のいい人物ではないので、戦争の結果がどうなるか、わかっていません。ただ、自身をねじ曲げた生家に報復をと考えているようです」

「自分をねじ曲げた? 虐待でも受けていたの?」


 リラの疑問に、カストルは淡々と返す。


「近いですね。ブラテラダでは、セウディネもシスも女性の名前に使われるものです」

「え」

「どうやら、オミーラー沼男爵夫妻は、三番目の子に女児を熱望していたらしく、産まれて来る子の名は女児名しか用意していなかったそうで」

「で、でも、産まれたのが男の子なら、普通は男児の名前をつけるわよね?」

「ブラテラダ特有の風習ですが、子の名付けは生まれる前に決めておくそうです。多くは親族でも一番長命で力を持つ人物に名付けを依頼するのだとか。なので、通常は男女両方の名を用意するものなのですが」

「産まれてくるのは女の子のはず、と決めつけて、女の名前しか用意していなかった……?」

「そうなります」


 あちゃー。そりゃ確かに虐待だわ。しかも、長じても改名を許さなかったそうで、あちこちで名前の事でからかわれて育ったんだって。


 その事から、生家と両親を憎み、こんな風習がある国も恨んでるらしい。


「ですから、国も生家も丸ごと滅べと思っているようなんです」

「何てはた迷惑な」


 リラの言う通りだよ。そういうのは、自分と実家とだけで完結しておいてくれ。

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