第543話 解析

 フェブポロス山岳伯領に蔓延していた瘴気。その発生源を突き止めて現場に向かったら、何と人の頭蓋骨を見つけちゃった。


 これ、やっぱり瘴気に関わってるものなのかなあ。


「確実に、この頭蓋骨そのものが瘴気の発生源ですね。どこで見つけたのか知りませんが、相当恨みを持って死んだ者のようです」

「うわあ……それもう、特級呪物ってやつじゃない?」

「そうですね。それにしても……」


 カストルは手にした頭蓋骨をじっと見つめている。そんなばっちいもの、ポイしなさい!


「主様、これを解析すれば、瘴気が何なのか、知る事が出来るかもしれません」


 何だってー!?




 山から戻ると、宿泊施設にはまだ誰も戻っていない。ちょうどいいかも。


「それで? どうやってそれを解析するの?」

「では、それが出来る場所へ参りましょうか」


 出来る場所? ユーインと一緒に首を傾げたら、あっという間に宿泊施設から別の場所へと移動していた。


 高い天井、真四角の部屋、置かれたソファセット。ここ……もしかして、魔の森中央にある研究所!?


「ここでしたら、誰にも邪魔されずに解析出来ます」

「いや、そりゃそうだろうけれど……」


 いきなりここに連れてこられるとはねえ。ユーインも、ちょっと不機嫌そうだ。


「まずは、お座りください。解析の前に、瘴気について私が知る限りの情報をお伝えしておきます」


 カストル曰く、瘴気とは魔力とは異なるけれど、とても近い力なのだとか。


「おそらくですが、前の主の生きた時代よりもっと前に、魔力と分かたれた力なのだと思います」

「……という事は、ご先祖様達が生きていた時代には、瘴気を魔力のように扱えていた?」

「少し違いますが、瘴気を操る技術は確立していたはずです。前の主の記憶に、そうありました」


 ますますわからん。瘴気って、結局は魔力と同じでいいの?


「主様、魔力とは何か、考えた事がありますか?」

「ないね」

「ある意味、魔力は純粋なエネルギーです。そこに善も悪もない。ですが、瘴気には方向性があります」

「悪……かな?」

「というより、暗く陰湿なもの全て……ですね。力の有り様がマイナスと言いますか」

「って事は、魔力はプラス?」

「そうとも言えます」


 そうともって……違うって事? よくわかんない。


 理解出来ない事が目の前にあると、ストレスなんだよなあ。唸りそうになっていたら、隣のユーインが口を開いた。


「魔力を多く持つ者は、感情だけで人を呪う事があると聞いたが」

「ユーイン、変な事を知ってるんだね」

「ニエール嬢に教わった。魔力が増えた時に、これからはよくよく気を付けるようにと」


 ニエール、たまにはいい事を言う。


「魔力を使った、感情のみの呪いは、瘴気の扱いに大変よく似ています。瘴気の制御の源は感情。それも、マイナスのものだけです」

「妬み嫉み憎しみ恨み……といった感じ?」

「そうですね。この頭蓋骨の持ち主がそうであるように」


 ここで出てくるのか、その頭蓋骨。


「少し探っただけで、ゲンエッダに対する恨みが強いのがわかります」

「フェブポロス山岳伯でなく?」

「ええ。一地方では終わりません。この頭蓋骨の恨みは国全体に及んでいます」


 て事は、これを設置した人間は、フェブポロス山岳伯領だけでなく、ゲンエッダ全体を瘴気まみれにする事を狙った?




 狙いそのものは、これから解析をしていく段階で見えてくるだろう、というのがカストルの考えだ。


「少し時間が掛かりますから、お二方は一度あちらにお戻りください」

「カストルは?」

「私はこちらで解析に専念します。しばらく身の回りのお世話は、ポルックスに任せましょう」

「はーい。呼んだー?」


 いきなりカストルの隣に、ポルックスが現れた。相変わらず軽いのう。


「主様方を、ゲンエッダの宿泊施設まで送ってくれ」

「了解ー。んじゃ主様、行きましょっか」

「お願い」


 カストルやポルックスが使う移動魔法は、移動陣を使わないから簡単便利。魔の森の中央研究所から、あっという間にフェブポロス山岳伯領の宿泊施設まで。


 戻ったら、皆もちょうど帰ってきたところだった。


「あ、お帰りー」

「レラ、戻ってたのね」

「瘴気の発生源はどうだった?」


 コーニーとリラの問いに、曖昧に笑っておく。見つかったものを聞いたら、二人共驚くかもね。


 私の側にいるのがカストルではなくポルックスである事に、リラはすぐに気付いた。


「カストルはどうしたの?」

「現在、魔の森中央の研究所で解析中」

「解析? 何を?」


 詰め寄られた。落ち着いて。今説明するから。


「リラ、ちょっと怖いわよ」

「え……」


 コーニーに怖いと言われ、リラがちょっと落ち込んでます。可愛いコーニーに言われたら、そりゃ落ち込むよな。


「ちゃんと今わかっているところまで説明するから。そろそろ夕食時だね。食べ終わったら、話すから」


 さすがに、食事中に頭蓋骨云々は言いたくないわ。




 宿泊施設で食べる料理は、全てデュバル領のヌオーヴォ館で料理長を務める人物の手によるもの。


 中にはこちらで見つけた食材を送って、使ってもらっているものもある。


 今日の夕飯には、ダコズチード北方伯領のチーズとバター、それにロダチャーダ森林伯領の小麦を使ったメニュー。大変おいしゅうございます。


「このチーズ、癖がなくておいしいねえ」

「確かに」

「このクリームソースも、おいしいわ」

「小麦がいいからか、それとも生クリームのおかげか……」


 皆、気に入ったみたいだね。


「兄様とリラはいいわねえ。このおいしい料理を、いつも食べているんでしょう?」


 王都邸の料理人は、ヌオーヴォ館の料理長の直弟子の一人だからね。彼の腕もいいけれど、私は料理長の料理の方が好きだなあ。


 言うと問題になるから、絶対に言わないけどなー。


 食事は無事終了し、デザートも堪能。これも北方伯領で手に入れたミルクと生クリームから作ったアイスクリーム。味はバニラ、チョコ、ストロベリーの三種。どれもおいしい。


 同じテーブルで、食後のお茶の時間に入る。通常は別の部屋に移動するんだけど、ここは宿泊施設だからそこまでの部屋数はないのだよ。


「それで? 一体何があったの?」

「瘴気発生の大本と思われる場所から、人骨が出た」

「え」

「それも、頭蓋骨」


 あの場ではカストルがさらっと調べただけだったけど、胴体部分の骨がなかったんだよねえ。


 つまり、首だけがあそこに置かれていたって事。それも話すと、室内がしんと静まりかえった。


「……つまり、その首から瘴気が出ていた……と?」

「そうなりますねえ」


 確認してきたイエル卿に軽く返すと、凄く嫌そうな顔をされた。嫌になるような事を話してるからねー。


「その首、今はどこにある?」


 聞いてきたヴィル様の眉間には、深い皺が刻まれている。


「カストルが、魔の森中央の研究所で解析中です」

「解析?」


 あ、四人の声が重なった。


「あの瘴気発生源となっていた頭蓋骨を解析する事で、瘴気がどのようなものなのか、わかるかもしれないそうです」

「瘴気が、どのようなものか?」


 ヴィル様が、理解不能といった様子で呟く。


「瘴気って、ただそのものって訳じゃないんだ?」


 さすがに魔法に長けているイエル卿は、気になる部分が違うらしい。


「カストルが言うには、魔力とは別ですが、非常に似ている力だという事です」

「似ている……それは、浄化の魔法で瘴気を消せる事と、何か繋がりがある?」

「そこまでは、まだ」


 多分、それも含めての、瘴気の解析なんじゃないかなー。


 いずれにしても、これからの為には是非とも解析がうまくいってもらわないと。


 うまくすれば、今より効率のいい浄化術式が出来上がるかもー。あ、だったらニエールに声を掛けておいた方がいいかな。

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