第542話 瘴気の発生源
ブーゲストからは、即日移動する事になった。次はどこかなあ。
「あの男が王都へ行くというのだから、我々は王都より離れた場所へ向かった方がいいだろう」
ちなみに、ローサ氏が通りすがりの王族だっていうのは、全員に情報共有している。
「まあ、このまま王族にくっついてこられても面倒だしね」
「あの軽い男と行動を共にするつもりはない」
「ユーイン、そこで俺を見るの、やめてくれる?」
まあ、チャラさはイエル卿の方が上だわな。それに、ローサ氏はどうも骨太な感じを受ける。
見た目がって訳じゃなくてね。いや、見た目も結構がっしりしてるから、鍛えているんだろうけれど。
「じゃあ、ここからどう動きますか?」
「地図はご入り用ですか?」
私がヴィル様に尋ねるのと同時に、カストルから提案があった。すでに ゲンエッダの詳細な地図も作成しているらしい。
「出してくれ」
「承知いたしました」
ヴィル様からの要請に、カストルがテーブルの上を片付けて大きな紙を広げる。紙には、ゲンエッダ国内だけでなく、周辺国の地図も少し入っていた。
こうして見ると、本当に大きな国なんだな、ゲンエッダって。
「王都は父上達にお任せしているからいいとして、次に向かう先の希望はあるか?」
「僭越ながら、申し上げてもよろしいでしょうか?」
お、珍しい。カストルが主張している。
「許す」
「ありがとうございます。この、北側の山の方へ向かいたいのですが」
「北? ……確かに山があるな。目的は?」
「陶石がある事がわかりましたので、採取に行きたいのです」
とうせき? 投石じゃないよね?
「主様、陶石は磁器の原料です。我が領でも、磁器制作を開始したいと思います」
「磁器……ああ、なるほど」
今のところ、陶器であれこれ作ってるけれど、磁器だとまた違ったものが作れるんだよねえ。
具体的には、陶器よりも薄く軽いカップや皿が作れた……はず。ヤールシオールが喜びそうだなあ。
「レラ、いいのか?」
「構いません。他にも誰か行きたい先があるのなら、別行動してもいいですし」
何せゲンエッダは広い。六人が常に一緒に行動する必要もないでしょうよ。
「この国に何があるのかすらわからないんだから。離れる必要もないと思うわよ?」
小首を傾げるコーニーに追随したのはイエル卿だ。
「だね。特に侯爵の側にいると、色々と起こって楽しいし」
「待ってイエル卿。それ、私がトラブルメーカーだって言ってるようなものなんだけど?」
「間違ってないじゃない」
リラのダメ押しで、その場が笑いに包まれた。酷いー。
具体的な行き先を望んだのはカストルだけだったので、皆揃って北の山側へ向かう事になった。
ちなみに、王都はブーゲストから見て南側に位置している。ローサ氏とも離れる事になるから、よかったよかった。
「いやあ、王族に絡まれたら厄介だもんねえ」
車内は私とリラとコーニーの三人。御者はカストルが、旦那達は全員馬で移動している。
馬車を引くのも旦那達が乗ってるのも、人形馬だ。足りない分は、カストルが呼び寄せましたー。本当、有能執事だよ。
私の意見に、リラもコーニーも賛同している。
「近寄らないのは身の為よね。まあ、本人が『自分は王族だ』って言ってないから、知りませんでしたが通りそうだけれど」
「それでも、やっぱり関わらないに越した事はないと私も思うわ。オーゼリアはそうでもないけれど、トリヨンサークとか王族の一部は酷かったじゃない?」
いたね、王家の血筋じゃないのに王族名乗っちゃった第三王子が。あ、あれも三男坊だったわ。
陶石が採れる北の山地は、フェブポロス山岳伯領というそうだ。主な産業は林業。領地の広さの割には、潤っていない領地なんだとか。
毎度思うけれど、カストル、こんな情報までどこで手に入れてるんだ?
通常、うちの馬車だと一日程度の距離を、今回は通常の馬車同様三日掛けて移動する。
途中に小さな宿場街や村があって、楽しいんだ。そこでしか食べられない名物料理とかもあってね。おいしかったー。
味付けはシンプルに塩のみってのが多いけれど、この塩が味わい深くてねえ。
内陸の土地でも潤沢に塩を手に入れられるのは、海側から運ぶんじゃなくて岩塩が採れるかららしい。岩塩だからこその味ってのも、あるんだと思う。
で、三日後にはとうとう到着しましたよ、フェブポロス山岳伯領。ただ、問題が一つ。
「蔓延ってるね、瘴気」
「そのようですね」
カストルと、思わずうんざりした声を出す。ロダチャーダ森林伯領では、瘴気なかったのにー。
ここは山全体が真っ黒に見えるほど、瘴気が蔓延してるよー。
「私には見えないけれど、そんなに酷いの?」
「あの奥の山が瘴気で真っ黒に見えるくらい」
「え……夕暮れ時だけど、真っ赤に見えるあの山が?」
そうかー。リラにはあの山が赤く見えるのかー。私には、黒い靄で覆われた真っ黒い山に見えるのだよ。
これだけ黒いって事は、ここにも呪いの影響があるって事かな。もしかして、山岳伯家当主が呪われているとか?
とはいえ、今回はサンド様からも何も言われていないしなあ。でも、この瘴気の中にいたら、色々と影響が出そう。
「浄化だけでも、勝手にやっておこうかな」
自分達の為にね。
浄化は、一瞬で終わった。広範囲に広がっていたせいか、覚悟していたほどビカーっとは光らなかったから助かったわー。
それで気付いたんだけど、ここ、呪われている人はいないわ。ただ、瘴気の発生源のようなものは、山中にあったっぽい。
その発生源、浄化の段階で消えちゃったんだよね。あれ、何だったんだろう?
「いっそ、山の中まで確認しに行くか?」
夕飯時に、瘴気の発生源が浄化で消えた事を報告すると、ヴィル様からこんな提案がきた。
「それも手ですねえ」
「いずれにしても、明日以降になるが」
まあ、今は外真っ暗ですしー。行こうと思えば行けなくもないけれど、夜はしっかり寝ておきたい。睡眠不足は美容の大敵だしー。
「場所はわかってるの?」
「ある程度の位置は。後は現場で探すしかないかなー。一応、瘴気の発生源だっただけあって、痕跡がしばらく残ってるし」
結構手探りなんだよねー。でも、発生源が何かわかれば、今後の為にもなるんじゃないかなーと思って。
ここらの国、呪いやら瘴気やらが広がりすぎてるよ。
翌日は、私とユーイン、カストルは山へ瘴気の発生源を探しに。他の四人は麓の街を散策すると決まった。
山は特に登山道などはないから、麓から登るほかないらしい。
「地元民に見つかると面倒なので、結界を張って周囲から見えないようにして進みましょう」
だね。本当なら、この山は入っちゃいけない場所かもしれないし。
登山道でもない場所を登るのは、それなり体力がいる。とはいえ、ここ最近はサボり気味とはいえ、私は元々ペイロンで魔の森を走り回っていた脳筋。
ユーインは騎士団所属できちんと鍛えている人。カストルは人外だから疲れ知らず。
「……主様、私の部分だけおかしくないですか?」
「人の考えを勝手に読むから、そういう思いをするのだよ」
反論がない。やり込めたようだ。
瘴気の発生源があった場所は、三つ連なる連山の真ん中にある山、その中腹付近。
大分アバウトだけれど、瘴気そのものがガスというか靄というか、実体らしい実体をもたないものだから、仕方ないのかも。
「もう少し上ですね」
登山は、カストルが先導。発生源を突き止めたのも彼だから、一番場所をわかっているからね。
そのカストルですら、正確な場所は判別出来ないっていうんだから、瘴気って本当に何なんだろうね?
到着した場所は、山肌に大きな穴が開いている場所だった。
「ここ? 確かに、瘴気がうっすら残ってるけど……」
「酷い臭いだ……」
ユーインは、顔をしかめている。でも、臭いって、そんなに感じないけれど……あ。
「もしかして、魔力的な方?」
私の疑問に、ユーインは無言で頷いた。かなり酷い臭いらしく、顔色が悪くなっていったので、慌てて魔力遮断の結界を張る。これなら、臭いも遮断出来るんじゃないかな。
「ありがとう、レラ」
「どういたしまして。カストル、何か見つかりそう?」
「ええ、あまり気分のいいものではありませんが」
そう言って、彼は穴の中へと飛び込んだ。この穴、割と深そうなんだけど……まあ、カストルだから問題ないか。
しばらく穴の縁で待っていると、カストルが何かを手にして戻ってきた。いや、あれ……
「カストル、それ……」
「白骨化していてよかったですね」
彼が手にしてたのは、どう見ても人間の頭蓋骨だった。
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