第541話 新しいスタイル

 夜中……というほどでもないけれど、それなりに深い時間に行動したからか、翌朝の目覚めはいつもより遅め。


「でも、まだ眠い……」

「馬鹿な格好で馬鹿な事するからよ」


 朝っぱらからリラが酷い。そりゃ巻き込んだけどさー。楽しかったでしょー?


 反論がない。つまり、そういう事だよね。


 もー、リラってばお茶目さん!


「何かムカつく事、考えてるわね?」

「ウウン、ソンナコトナイヨ?」

「嘘だ。絶対嘘だ」


 何故バレるんだろう?




 朝食の席に集まった皆の顔には、特に疲労の色は見られない。えー? 寝不足は私だけー?


「一応、領都の様子を見ておきたい」


 ヴィル様の意見により、この後は皆で領都を見て回る事になった。大騒ぎになっているかもね。


 ロダチャーダ森林伯領領都ブーゲストの門は既に開いていて、街に入ろうとする人達でごった返していた。


「凄い人」

「大きな領の領都ですもの。人も物も集まるんでしょう」


 なるほどなあ。ここまでの街道も、それなり整備されていたから、迷う事もないし。


 門からまっすぐ伸びる道は、ある程度進むと突き当たりに出る。そこから何度か曲がらないと、領主の邸周辺には近づけない。


 突き当たりまで行き、そこから右へ行くか左へ行くかできょろきょろと辺りを見回していたら、左の方から何やら騒動が聞こえてくる。


「こっちかな?」


 何せ邸までは馬車に乗って中空を行ったからさ。道順は知らないんだよねー。


 突き当たりを左に曲がり、また突き当たりに出たところを右に曲がる。騒動はそっちから聞こえてくるから。


 いくつか角を曲がった先には、大きな壁と門、そしてその前に人だかり。それと、大音量で何やら音声が流されている。


 何やら、じゃないね。夕べカストルが録音しておいた二人の自白だ。


『母上が、僕に言ったんだ。このままでは、森林伯の地位は望めないって。だから、父上に母上からもらった薬を飲ませたんだ。悪いものだって、知ってたけれど』

『私が生んだ子が家を継げないなど、あってはならない事よ。だから、邪魔な夫を殺そうと思った。薬は実家からいくらでも都合が付けられるもの』

『だって、母上の言う通りにしないと、捨てられてしまうから。そんな事になったら、僕一人じゃ生きていけないし……』

『結婚自体、森林伯家を乗っ取る為だもの。あの人に飲ませた薬はよく効いたわ。何故薬を飲ませたかですって? だって、いくら迫っても落ちなかったんだもの』


 カストルー。過去のあれこれまで自白させたんかー。


 自白の元である二人は、猿轡を噛まされて門の前に縛り上げられていた。うーうーと唸っているけれど、自白録音がよほど衝撃的なのか、誰も彼等を助けようとしない。邸の門番を務める兵士ですら……だ。


 門番、少なくとも門の周辺に集まってる人達くらいは、遠ざけた方がいいんじゃない? 部外者なので黙っておくけれど。


 夕べの結果とはいえ、あまりにもあまりなその光景に、ちょっと目が遠くなる。


 あの二人、社会的に抹殺されたも同然じゃね? まあ、海洋伯のところの二人よりはましかもしれないけれど。


 まし……かな? 似たようなものかも。


 とりえあず、これで無事ロダチャーダ森林伯の第二夫人とその息子の罪が暴かれた訳だ。後の事は森林伯本人か、家の者が決めるでしょう。


 私達に出来る事はここまで。一度野営地に戻るか領都を見て回るか、どちらにするかなーと内心考えていたら、不意に背後から声が掛かった。


「よう! 兄さん達じゃねえか」


 あ、通りすがりの王族だ。




「いやあ、兄さん達とは変な縁があるねえ」


 いや、ないと思うんだけど。この通りすがりの王族、まさか私達の後を付けてきたんじゃないよね?


『違います。ただ、目的が同じ場所にあったようです』


 目的……ロダチャーダ森林伯家のお家騒動の事?


『というより、ロダチャーダ森林伯本人の体調ですね』


 ああ、この通りすがりの王族も、森林伯が殺されかけていると思ったんだ?


『そういう調査結果を受けています』


 調査結果。まあ、王族なら間諜くらい持っていても不思議はないか。


『どうやら、調査は彼独自の手駒を使ったようですね』


 わー。王族が間諜組織を作り上げるとか、あっていいのかなー?


『失礼を承知で言わせていただきますと、主様もオーゼリア王の間諜のようなものですよ?』


 え? マジで?


『各国に行って情報を集めてきて、国の利益にする。レオール陛下も、お喜びでしょう』


 うーん、陛下は嫌いじゃないけれど、カストルが言った事もどうなのよ。私、間諜なんかになった覚えはないのにー。


 有能執事との念話を気にしている間にも、通りすがりの王族とヴィル様達は何やら奇妙な友情めいたものを築いている……らしい。


「いやあ、どこも母親ってのは怖いねえ」

「まったくだな」


 お互いの母親談義かよ。ヴィル様ー、そんな事言ってると、後でシーラ様に告げ口しちゃうぞー。


 通りすがりの王族……名は「ローサ」というそうだ。女性の名前にありだね。こっちでは、男性名なのかな?


『いえ、こちらでも女性名です。正式名称はミロス・ロサムニー・ヤツェイド・ウーロス。ゲンエッダ現王の三番目の王子です』


 また三番目!?


『主様、縁がありますねえ』


 いらないよ、そんな縁……




 ゲンエッダの第三王子ことローサは、北方領から王都へ向かう途中、ロダチャーダに寄ったそうだ。


 カストル曰く、嘘は言っていないらしい。目的は王都へ帰還する事。ただし、その途中でロダチャーダ森林伯家の様子を探ってくるよう、国王からの命令が出ているそうだ。


 王子なのに、父親である国王にこき使われているんだ?


『母親の身分が低い為、王位継承権順位が低いようです』


 そういや、ここら辺の国って一夫多妻が基本だっけ。目の前にいる第三王子の母親は、平民出身で王城の下働きをしていたそうな。


 そんな人が、どうして国王のお手つきに? もの凄い美人だったとか?


『その通りです』


 美人に生まれるのも善し悪しだねえ。もっとも、彼の母親がお手つきになった事を喜んでいるのなら別だけど。


『少なくとも、息子を授かった事は喜んでいるようですねえ』


 愛されて生まれてきた子かあ。


 ちらりとゲンエッダの第三王子を見ると、何故かウインクされた。いや、野性味溢れるタイプのイケメンだから様になってるんだけど、ここにいる女性、全員人妻なんですからね?


「それにしても、先刻の騒動は酷かったな」


 不意に、第三王子が話題を変えてきた。対応するのは、もちろんヴィル様。


「門のところの……か? 大きな邸のようだったが」

「何だ、知らずに行ったのか? あそこがここロダチャーダ森林伯の邸だよ」

「そうか。納得の大きさだな」

「まあ、ここらでもデカい領の領主だ。それに、ロダチャーダの領はなんだかんだで潤っている」

「領都に入りたがっている人間も、多かったな」

「だろう? そのロダチャーダ森林伯家で、あんな事件が起こるとはなあ。とんでもない醜聞だ」


 確かにね。私達は彼等がやった事が表沙汰になるようにしたけれど、実際当主を毒殺しようとしたのは第二夫人主導で彼女の息子がやった事だ。


 それもばっちり自白してるから、逃れようがないでしょう。後はロダチャーダ森林伯がどういう裁きを下すか……かな。


 他家の人間が毒殺しようとしたならまだしも、家内の話だからねえ。これで当主が王宮にでも訴え出るならまた話は別だけどさ。普通は家の恥になるから内々で処分するもんらしいよ。


 もっとも、今回は全部暴露されてますが。私達の手によって。


「この騒動、領主様はどう決着を付けるかな?」

「さてね。そういう話は、俺のような根無し草にはさっぱりだ」


 この第三王子、風来坊が板に付いてるなあ。今までにない三男坊のパターンかも。

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