第540話 そんな事はない……はず

 ロダチャーダ森林伯の邸は、領都ブーゲストの奥にある。私達が滞在していたファゴテノッツからブーゲストまで、普通の馬車でも小一時間。デュバルの馬車だと、大体二十分程度かな。


「時刻は深夜。邸も寝静まった頃でしょう」


 移動中の車内でそう呟けば、隣のリラがうんざりした声で呟く。


「そりゃあ、照明もろくにないんだもの。当然ね」


 暗くなったら寝て、明るくなったら起きる。生物としてはとてもまともだと思うわあ。


 オーゼリアだと、下手に魔法で照明が作られているから、夜中でも明るくする事が出来るんだよねえ。前世みたいに。


 車内の私達は、既に衣装に着替え済み。うん、自分の胸元は見ないようにしようっと。


 女子は衣装にプラスして、振ると催眠魔法が発動するステッキを装備。催眠光線ではなく、普通の催眠魔法。光線より大分威力が弱いんだ。


 下手に催眠光線の術式を、ニエールに教えたくなくてさー。絶対対抗措置を考えるから。そして実現させるまでがニエールだ。


 車内も、車外も、灯り一つない。月も出ていない夜空には、降るような星。薄暗いを通り越してもはや真っ暗闇な中を、馬車は軽快に進んでいく。


 御者を務めるカストルも、人形馬も、夜目が利くらしいよ。




 領都は壁に囲まれた城塞都市だ。当然、門は閉まっている。


「でも関係ないしー」


 壁を飛び越して、馬車は進む。結界技術を応用した簡易舗装を使うと、空中に見えない道を作る事も可能なのだ。


 ただし、使用魔力量はもの凄く掛かるけれど。結界魔法って、結界そのものに掛かる圧力が強ければ強いほど、強化の為に魔力を使うのよ。


 ペイロンで魔の森が氾濫した際、私が作った結界でデカい鳥からの攻撃を防いだけれど、あれも相当な魔力を使ったからね。


 人形馬も馬車も、相当な重量だ。それに六人分の体重に加え、装備の重さもプラスされる訳だからね。そりゃあ大量の魔力が必要になるってもんだ。


 馬車は認識阻害の結界を張って壁を越え、領都内に無事侵入する。遮音結界で音を立てないまま、大通りを奥へと進み、領主の邸周辺に到着した。


 ここも、高い壁で囲まれている。門には不寝番の兵士。壁の上にもいる。彼等の目を欺いて、壁の向こうへ行く訳だけど。


「いっそ、馬車のまま中まで行きますか?」


 カストルが、御者席から楽しそうに聞いてくる。


「行けるのなら、そのままで」


 返答したのはヴィル様。え? いいの?


「帰りを考えたら、なるべく近場に馬車がある方がいいだろう」


 ああ、なるほど。車内の誰からも否やの声は上がらないし、皆同じように考えるって事だね。




 邸の壁も越えた先、裏庭に当たる場所に馬車を置き、外へ出る。まだ結界内なので、誰にも見られていないし、知られていない。


「……レラ、考えたんだが」

「何です?」

「この結界を個々で張っておけば、これを着る必要はなかったんじゃないか?」


 バレたか。正直、もっと前にその意見が出ると思ってただけ、ちょっと意外。


 やっぱり妹に怒濤の反論をされたから、勢いに呑まれたままだったのかな?


「兄様、今ここでそんな事を言っていても意味ないでしょう? それに、結界だって万全じゃないわ。万が一を考えたら、相手を攪乱する為の準備は必要だと思うの」


 さすがコーニー。私の代わりにヴィル様を丸め込んでくれたー! 万が一の為の対策、と言われてしまっては、ヴィル様も何も言えないらしい。




 ここからは、二組に分かれる。男性陣は、第二夫人の捕縛へ。女性陣は私を中心に領主の部屋へ。カストルは馬車でお留守番。


 邸のすぐ側まで来ても瘴気も何もないって事は、領主が倒れた原因は呪いでも瘴気でもないって事。


 本当に病気かもしれないけれど、多分違うと思われる。だって、薬草の宝庫なのに、対応する薬がないって、変じゃない?


 まあ、未知の病って線もあるけどさ。


 邸への侵入はお手の物。窓に鍵が掛かってたって、魔法で解錠するから意味ないしー。


「侯爵、大泥棒になれるね」


 ちょっとイエル卿、嫌な事言わないでもらえます? 隣のコーニーに肘で小突かれてるから、私は何も言わないけどー。


 開けた窓は、厨房の窓だったようだ。広い厨房に、人の気配はない。


「これ、普通は建物の上の方から侵入するはずなのになー」

「待てレラ。普通とは何だ普通とは」


 やべ。ヴィル様に聞かれてた。


「えー、物語の話ですー。義賊が屋根から建物に侵入する話を立て続けに読みましてー」

「物語? お前が?」


 ちょっと待って。何でそこで懐疑的な目で見られないといけないの? 本くらい、私だって読みますよ!


 オーゼリアには、活版印刷の技術があるんだから。そこまで安くはないけれど、本は出回っている。


 だからうちの観光パンフレットも、受け入れられているんだしー。


「ヴィル、ここがどこか思い出そうね。そういう話は、帰ってから!」


 お、イエル卿がまともな事を言った。


 厨房から、無事邸の中に侵入成功。ここからは、領主の部屋と第二夫人の部屋を探さないといけない。


 領主の部屋は、大体相場が決まっている。二階か三階の南側だ。いやあ、リューバギーズでこっちの建築様式を見ておいてよかったー。


 厨房を出た先で、ユーイン達とは別行動。指先で上を指すと、旦那連中が全員頷いた。




 この邸の三階は、閑散としている。でも、壁越し扉越しに感じる生命力は、全部で三つ。


 中でも弱々しいのが、真ん中の部屋から漂うもの。ここが、伏せっている当主の部屋だね。


 念の為、他二つの部屋には催眠光線を外から撃ち込む。これで明日の朝までぐっすり眠っているでしょう。


「あ」

「どうしたの?」


 思わず口を突いて出た声に、リラが聞き返してくる。


「ステッキ使うの、忘れてた」

「……いいから、先に進む」


 このステッキ、振れば相手を簡単に眠らせる事が出来る優れものなのにー。


 領主の部屋の扉には、護衛も何もいない。そういえば、ここまでの経路にも、夜間警備の姿はなかったね。油断しすぎじゃない?


 領主の部屋には、鍵も掛かっていない。そっと扉を開くと、何やらうめき声。部屋の主かな?


 現在、付けている仮面には、暗視ゴーグルのような機能が備わっている。もちろん、明るい場所ではそれが自動で解除されるように仕込んであるよ。


 その仮面のおかげで暗闇でも普通に動ける訳ですが。部屋の奥には大きな天蓋付き寝台が置かれていて、うめき声はそこから聞こえる。


 近寄ると、苦しそうに喉元をかきむしる老人……老人? かな?


 辺りに瘴気の影響はない。て事は、呪いじゃないね。


『主様、その人物は毒におかされています』


 毒かー。じゃあ、誰かに毒を盛られた訳だ。


『犯人を、特定しますか?』


 第二夫人かその辺り?


『彼女に唆された次男の犯行です』


 おうふ。思いっきりお家騒動だったわ。当主に使われている毒、判別出来る?


『領内にある薬草を使った毒ですね』


 毒と薬は紙一重……か。解毒は普通にして大丈夫かな?


『主様の魔法ならば、問題ないでしょう。旦那様の方には、第二夫人と同時に次男を捕縛するよう伝えますか?』


 次男って、ここの両脇にいるどっちかかな?


『いえ。離れに住む親子です。第二夫人もそちらに。両脇にいるのは、第一夫人と跡取りの長男です』


 そうなのか。まあ、第二夫人は横から割って入って強引に結婚まで持ち込んだようだから、遠ざけられても不思議はないか。


 んじゃ、まずは解毒、後は少しだけ体力を回復させておこう。あ、毒を盛った証拠は?


『次男に軽い自白魔法を使い、喋った内容を録音、明日の朝、捕縛した二人の頭上から録音が流れるようにしておけばいいのではありませんか?』


 録音や自白魔法を不思議に思われなければいいけれど。


『録音媒体を探される前に、こちらで回収しておきます。場所を邸の門前にでもしておけば、人の口に戸は立てられません』


 領都内の人間を証人に仕立てるのかー。カストル、なかなかエグい手を思いつくね。


『主様の薫陶の賜ですね』


 待って。私、そんなエグい手使ってないよ?

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