第538話 気を付けようっと
瘴気の影響か呪いを受けたか、不自然に王都に出てこない貴族家当主がいるという。
ゲンエッダのこの時期、大抵の貴族家当主は王都に集まるそうな。例外は、海洋伯と北方伯。どちらも「外敵」から国を護る役割の家だからだって。
で、今回調べる家は、森林伯の爵位を持つロダチャーダ家。当主メレグイーゼ卿が病に倒れたらしく、王に呼び出されても王都に出てこないらしい。
サンド様からの追加情報によると、森林伯の領地では、上質の小麦が生産されているんだとか。
小麦! ぜひ! 交易品に入れてほしいものじゃないの!
「という訳で、ロダチャーダ家がごたごたしていると、小麦を買えなくなるかもしれないので、とっとと解消しに行きましょう!」
「レラって、本当に自分の欲に忠実よね」
何言ってんのコーニー。欲は一番大きな原動力だよ。
ロダチャーダ森林伯の領地は、今いる北方伯の領地からさほど遠くない。普通の馬車で一日分くらいの距離だって。
「なら、うちの馬車で一時間ちょっとくらい?」
「そんなに短縮出来るんだ……」
リラが呆然としてるけれど、うちの馬車って優秀だからね? しかも劣悪な路面状態を、魔法で一時的に解消出来るようにしてるから。
「路面状態で、馬車の速度も左右されるからねー」
「それはわかるわ。デュバルも、舗装が行き届く前は、隣の街へ行くだけでかなり時間が掛かったから」
そう、うちの領地って、長くほったらかされていたから、街と街を繋ぐ領内の道すら酷い有様だったんだよ。
で、領内整備で割と早いうちに道路整備をやっておいたんだ。今はその道の地下に、色々通す為にあちこち掘り返してるって。
カストルが「その為に、労働力がほしいんですよねえ」ってこっちをちらちら見るんだよなあ。海賊達、全部労働力として回したのに。
なのに「まだ足りない」とか言うし。人形遣い達を使えばいいじゃない。
ロダチャーダ森林伯の領地は、その名の通り森林が多い。ここから得られる資源と、広くなだらかな土地から得られる穀物、野菜類などが主な特産品なんだって。
「森林っていうと、木材かな?」
「だけでなく、植物全般ってお父様からの連絡にはあったようよ?」
植物全般? 首を捻っていると、馬車と人形馬を収納魔法に入れたカストルが、こそっと耳打ちしてきた。
「薬に使える植物が多いようです」
「おお! 定番の薬草!?」
冒険者がギルドで最初に受ける依頼で有名だよね! カストルによれば、その薬草を使った薬作りも密かな特産品になっているんだとか。
「何でおおっぴらにやらないの?」
「おそらく、薬草の乱獲を恐れての事かと」
ああ、根こそぎ持って行かれたら、もう採取出来なくなるもんね。
「……うちでも、栽培出来ないかな?」
「また何かやらかそうとしてるわね?」
おっと、リラが敏感に反応しちゃった。
「いや、薬草から作る薬が広まれば、回復魔法が受けられない層の人達も、助かるんじゃないかって思って」
「少なくとも、領内で回復魔法を受けられない人はほぼいないわよ?」
「そうなの!?」
意外だ。驚いていると、リラに深いため息を吐かれた。
「あんたね……治療特化のネレイデス達を揃えたでしょう? あの後、カストルが増産に増産を重ねて、どんな小さな村にも必ず治療院を作ったのよ。だから、軽い切り傷擦り傷程度から、重い怪我や病まで、回復魔法を受けられない領民はほとんどいないの」
そういえば、治療特化のネレイデスは増やすとか何とか、言ってたっけね。
「ところで、何で『ほぼ』なの?」
「中には回復魔法は高額、もしくは信用出来ないって治療院に来ない人もいるって聞いているわ」
あー、そういう層か。それはまあ、仕方がない。無理矢理回復魔法を使う訳にもいかないからね。
でも、それはそれでうちでも有用なら、やっぱり少し薬草を栽培したいな。
「駄目かな?」
「……持って帰って栽培するまでは、いいんじゃない?」
「やったー!」
「ただし! そこから先はヤールシオール様に相談する事!」
ああ、薬作って売るってなったら、どうしてもロエナ商会に頼る事になるもんね。
「わかった」
「忘れないでよ」
信用ないなー。嘆いていたら、リラに「自業自得」って言われた。ちぇー。
森林伯領の森は、全て森林伯家の所有物なので、勝手に入ってはいけない。ちゃんと許可を得て、森から得たものも申請しないといけないそうな。
「管理が徹底してるね」
「領の産業の一つだもの。当然じゃない? デュバルだって、ヌオーヴォ館と王都邸のセキュリティはガチガチでしょ?」
ん? 今の話の流れでいったら、セキュリティレベルを上げる場所って、そこじゃなく工房とかの方じゃないの?
「ガチガチに固めるのは、工房とかでないの?」
「工房で作るものの大本を考え出すのは、あんたの頭でしょう? だから、デュバルで一番保護すべきなのはあんたになるのよ」
マジでー?
森林伯の領地は、余所から来る人間も多いそうだ。
「大体は小麦や木材、それに薬の買い付けに来る商人だねえ。中にはあんたらみたいな余所の領へ行く途中の客も来るけどさあ」
「へー」
森林伯領でも大きめの街、ファゴテノッツの屋台をやっている女性に、ちょっと聞き込み。
観光客……というか、王都へ行く途中の客を装って、屋台で扱っている品やこの街について、軽くね。
屋台に並べられているのは、蜂蜜。ここ、養蜂も盛んなんだって。
「こっちはサタニナ。小さい瓶でこのお値段なのは、サタニナが薬草で、この蜂蜜にも薬効成分があるからなんだ」
「ほう、蜂蜜に」
「といっても、ほんのわずかだけどね。こっちはピネシリキア。香りを嗅いでご覧?」
「あ、何か甘酸っぱい」
「正解。ピネシリキアってのは、甘酸っぱい実を付ける低木でね。その蜜だからか、実の香りを蜂蜜も持ってるんだ。こっちはゲンエッダでは一番有名なスイエーゼの蜂蜜だ。甘みが強いから、料理に使う時には味見をちゃんとしなよ?」
「一口に蜂蜜といっても、色々あるんですねえ」
「そりゃそうさ。このロダチャーダには、国内で咲く花の半分以上があるって言われてるんだよ。花に種類があれば、蜜にも種類があるのは当然だろ?」
なるほどねえ。
話を聞かせてもらった礼も兼ねて、サタニナ、ピネシリキア、スイエーゼの蜂蜜を一瓶ずつ買った。今度お茶にでも入れてみようかな。
少し聞いて回っただけだけれど、ロダチャーダ家の噂は面白いくらいに集まった。
「人の口に戸は立てられないって言うけれど、領主家の噂がこんなに出回っているとはねえ」
「それだけ、興味を引かれる内容って事かしら?」
呆れたようなリラの声に、コーニーが首を傾げる。それにしても、随分詳しく知ってるもんだよね、皆。
「うちも気を付けておこうっと」
「レラは無理じゃない?」
いきなりぶった切るなあああああ!
「無駄話はそのくらいにしておけ。話をまとめるぞ」
ヴィル様の言葉に、コーニーも不承不承従っている。
ロダチャーダ家の問題は、現当主メレグイーゼ卿の若い頃まで遡る。
当時、彼には家同士で決めた婚約者がいた。この人が、現第一夫人のプロルシャルナ夫人。
彼女には長男を筆頭に男児が二人、女児が二人。跡継ぎとなる長男も、この人の子だ。
で、二人が結婚する直前、メレグイーゼ卿の「やらかし」があった。知人に誘われて行った夜会で酒を飲み過ぎて、とある子爵家の令嬢と既成事実を作ってしまったという。
当然、相手の子爵家令嬢には結婚を迫られた。だが、ろくに知らない相手を妻に迎えるのに抵抗があったメレグイーゼ卿は、彼女から逃げ回ったらしい。
そうこうしているうちに、婚約者であるプロルシャルナ夫人……当時は山林伯令嬢だったそうだけど、彼女の耳に、メレグイーゼ卿のやらかしが入った。
結局三家を交えての話し合いの結果、子爵令嬢はメレグイーゼ卿の第二夫人に納まる事に。
とはいえ、輿入れはプロルシャルナ嬢との結婚の二年後と決まったという。
子爵家としては猛抗議したそうだけど、プロルシャルナ嬢の実家は山林伯家、翻って割り込み令嬢の実家は平原子爵家。しかも、家としてはかなり小さいそう。
子爵家令嬢……現第二夫人になるキャミラ夫人にとっては、メレグイーゼ卿との結婚は玉の輿に乗った事になる。
そのキャミラ夫人には、子供が一人。次男がいるそうだ。子供の数、産まれた順などを考えるに、本当にキャミラ夫人を娶ったのは「責任を取った」だけというのが、大方の意見だってさ。
「普通に考えると、キャミラ夫人が可哀想に思える話だけど……」
「もう一つの、まことしやかに囁かれる噂を聞くと、ちょっとねえ……」
裏の噂。それは、最初の既成事実に関して。
あれは、キャミラ夫人が仕掛けたものだという話があるそうな。酒に催淫剤のようなものを盛り、関係を持ったというもの。
そりゃあ、家が没落仕掛けた子爵家じゃあ、伯爵家に当たる森林伯家との結婚は汚い手を使ってでもゲットしたいものだよねえ。
しかも、幸か不幸か次男を産んでいる。うまくすれば、森林伯家そのものを手に入れる事も可能だ。
「やっぱり、第二夫人が何かやってるのかな?」
「状況証拠としては、十分な気もするけれど……これ、どうやって調べるつもりなの? レラ」
うーん、カストルに聞けば一発でわかりそうなんだけど……でも、それをやると楽しめない。
「ここは一つ、星空の天使再臨といこうかな?」
「やめれ!」
速攻、リラから駄目が出ました。えー?
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