第537話 ただいまー
ビルブローザ侯爵の視察が終わり、コーニーがお友達への誕生日プレゼントを渡すイベントも終わった。
「んじゃ、西に戻りますか」
向こうには、ユーイン、ヴィル様、イエル卿と私達の旦那連中を残してきている。
実質離れていたのは十日かそこらなんだけど、向こうは今、どうなってるんだろうね?
「相変わらず、本隊からは離れて北方伯領に留まっていらっしゃいます」
カストルは、ばっちり向こうの状況も把握していた。
「そうなんだ? 別の地域に移動したかと思ってたのに」
一応、それぞれで通信機を使い、連絡は取り合っていたんだけど、移動したかどうかは聞いてなかったわ。
また私が聞く相手がユーインだからね。「そっちはどう?」と聞いても「何も変わらない」という返事しか来ないんだもん。
それをお茶の時間にこぼしたら、リラとコーニーから生温い視線をもらった。
「まあ、そうよね。ユーイン様だもの」
「べらべら喋るイメージはないわね、確かに」
喋るといえば、イエル卿だろう。あの人、ルイ兄とは違った意味でコミュ力強いよね。
ヴィル様は……どうかなあ?
「じゃあ、二人の旦那は移動していない事、言ってたの?」
「聞いてないわね。そんな事聞く時間的余裕はないもの」
時間的余裕って……そんなに話す事あるんかい? コーニー。
「私も、聞いてないわ。こちらからの報告が主だから」
夫婦の会話ではなく、業務連絡ですか? リラのところは。
「報告が主って……ヴィル兄様は何をしてるのよ?」
「何って……王都の様子とか、デュバルの様子を聞かれるものだから……」
一応、妻の身辺を心配して……って言い訳が出来そうだけど。
コーニーをちらりと見たら、頭を抱えていた。
「一度、兄様とはじっくり話す必要がありそうだわ」
わー、ヴィル様頑張れー。
デュバルでの私の仕事が一段落した頃、やっと西へ戻る事になった。いやあ、新規事業がいくつも立ち上がるって、大変ね。
「まあ、今回は領内整備の一環だから……」
リラが文句を言いたそうにしているけれど、彼女が言った通り、今回の新規事業は領内整備に含まれる。
新しい園丁を雇った事による、領地各所への造園事業だ。本領地……と言っていいのか、元からあるデュバル領内でも、古い街……ぶっちゃけて言えば、旧領都とその周辺の街には、公園がない。
広場があるから、憩いの場としてはそれでいいのでは? という意見もあったが、どうせなら各街に公園がほしい。
広場もいいけれどそれはそれ、やはり木や花がある公園は別。
それと、新しく作る公園には、西で見た庭の造り方を導入しようと思ってる。気候が違うからまったく同じには出来ないかもしれないけれど、似た雰囲気で異国情緒が出せればいいなー。
なので、一事業として造園を手がける事になりましたー。出来上がりが楽しみね。
それと、王都からネオヴェネチアまでの水運関連の部門を立ち上げる事に。運ぶのは主に人。観光客だね。
いっその事、この船もアトラクション化出来ないか考えていて、水を使ったショーを見ながらネオヴェネチアまでの時間を過ごすのはどうかと提案。
途中、王立競馬場にも下船出来るようにして、そちらの客も取り込む予定。
いやあ、仕事が仕事を生んでる気がするー。
それらも任せる人材が決まり、ほぼ丸投げ出来るのが確定したから西に戻るんだー。
「準備はいい?」
「いつでも」
「問題ないわ」
準備と言っても、特に持っていくものはないけど。向こうで必要なものは置きっぱなしになってるし、後で入り用となったらカストルに頼めばいい。
戻った時同様、デュバルからブルカーノ島を経てグラナダ島へ。そこから北方伯の領地内にある宿泊施設へと移動陣を使う。
デュバル中央駅までは、ルミラ夫人が見送りに来てくれた。
「あまり無茶をなさいませんように」
「大丈夫ですよ、ルミラ夫人」
無茶なんてしないから。
「エヴリラ様、お側でよく! 見張っていてくださいね」
「お任せ下さい、ルミラ夫人」
酷くね? そこまで信用ないの? 私って。
「あら、だってレラだもの。ここにお母様がいたって、同じ事を言うと思うわよ?」
「コーニーが酷い!」
「酷いのはあんたの普段の行いだ」
いつの間にかルミラ夫人とのやり取りを終えていたリラが、会話に入ってきた。
「信用がないのも、これまでの行いの結果なんだから、甘んじて受けなさい」
「過去の事を言うのは、卑怯なり」
「過去じゃなく、今までの積み重ねの結果です」
何も言えない。くー!
私達が乗り込んだ領主専用列車は、静かに中央駅を出発した。ここからはノンストップでブルカーノ島へ行く。
出発は朝の九時だったから、ブルカーノ島には夕方には到着する計算。夕飯は北方伯の領地で皆で……かな。
列車の旅は、車窓の風景を楽しめるのもいい。
「馬車で移動の時は、あまり外を眺めるなんてしなかったけれど」
「馬車の窓って、小さいからね」
大きな窓をってなると、中が見えてしまって防犯上よろしくないそうな。技術的な問題ではなくて、危ないから駄目なんだって。
列車の場合、速度が馬車より速いので、襲撃自体が難しい。しかも、街道の上を走っているから、馬で走っても飛び乗れたりしないしね。
相手が魔法を撃ってきても、結界魔法で弾くように設計されている。まだまだ、列車に乗れるのって貴族が殆どだから、防衛は大事なんだー。
そんな列車の旅を楽しみ、車内での昼食も楽しんだ後、お茶の時間を越えてやっとブルカーノ島に到着。
とはいえ、女が三人もいるとおしゃべりに花が咲く。おかげで時間を気にせずに過ごせたよ。
移動陣を二回使い、北方伯の領地まで戻ってきましたー。
「ただいまー」
「お帰り」
旦那達が出迎えてくれましたよー。
「その後、何かありましたか?」
「いや、俺たちもほぼ野営地を出ていないので、何かあってもわからん」
ヴィル様に聞いたら、こんな返答が。ちなみに、移動宿泊施設を出しているここは、街道脇の森の中。
人目に付きにくいって理由と、森の中にぽっかり開いた空間があるから、そこをちゃちゃっと整地して宿泊施設を出している。
更に、外から認識されないような結界も張ったって。結界に関しては、元白嶺騎士団のイエル卿がいるからね。
で、旦那達はこの結界から出ずに過ごしていたそうだ。何で?
「下手に外に出て騒動に巻き込まれては適わん」
「そんな事になったら、奥さん達に怒られるからねー」
えー? そんな事くらいで怒らないけれど……怒らないよね?
「え? 怒るわよ? そんな楽しそうな事に、イエル達だけで首を突っ込むなんて」
あれー?
「私はまあ、心配にはなるかな」
コーニーの驚きの返答からの、リラの常識的な返答。コーニーは、こんなにぶっ飛んだ子だったっけ?
……ぶっ飛んだ子だったな。何せペイロンの血筋だ。
「何よ、レラだって、ユーイン様が兄様達と大活躍したら、面白くないでしょう? 絶対むくれるわよ」
そんな言い切られても。……ただ、まあ西の大陸だと、色々オーゼリアじゃ出来ない暴れ方が出来るって、デーヒル海洋伯の件で知ったしねえ。
……うん。
「騒動に巻き込まれるなら、私も参加したい!」
「ほらご覧なさい」
「あんたは! 自重!」
でもでも、楽しそうな事は見逃したくないいいいいい!
引きこもりをしていた間にも、情報は収集してくれていたらしい。でも、どうやって?
「それに関しては、父上達が動いてくれている」
「あ、そっか」
本隊であるサンド様達は、現在王都に滞在中。その王都で、色々と情報を収集しては、ヴィル様達にも流してくれているそうな。
そんな中に、ちょっと面白いものがあったという。
「ここ数ヶ月、王都に姿を現さない貴族家当主がいるそうだ」
「ほほう?」
「表向きは病気療養としているそうだが、親しい間柄の人物の見舞いも受け付けていないという」
怪しい。めっちゃ怪しい。
「もしや、それは瘴気とか呪いとか関係ありますかね?」
「まだわからん。ただ、暇があったら探ってみないかと、父上からは言われている」
サンド様のお墨付きが来た!
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