第535話 鬱陶しい
ビルブローザご一行様は、無事帰途に着いた。これでミッションクリアだな。
「何か気疲れした……」
「相手は貴族派筆頭の当主だもの。仕方ないわよ」
珍しく、リラが優しい。
折角領地に戻ったのだから、あれこれ仕事を片付けていく。
「レラ様、そんなに根を詰めなくても……」
「いーや、今のうちにやっておかないと、後で書類が塔のようになるからね!」
「そうですか? では」
ジルベイラ、心配してるような事を言いつつ、私に渡す書類を用意してる辺り、さすがのワーカホリックだよ。
「それと、一つご相談が」
「何?」
「ロイドの事です」
ロイド兄ちゃん? もしかして……
「ツイーニア嬢の事?」
「ええ」
「ロイド兄ちゃんが、何か問題でも起こした?」
「いいえ、まさか。荒事ならまだしも、女性関係でロイドが何か出来るとは思いませんわ」
ジルベイラ、まさかのロイド兄ちゃんをへたれ扱い。いや、まあそんな片鱗は見せていたけどさ。
「じゃあ、何が問題?」
「鬱陶しいんですよ、あれ」
言い切ったー。
「柱の陰や扉の隙間から、ツイーニア様を見つめるのはまだいいんです」
「いいんだ」
「へたれめと思って放置すればいいのですが、他の男性がツイーニア様に近づこうとすると、途端に敵意をむき出しにして恐喝するんですよ」
「はい?」
恐喝。脅す事、または脅して金品を巻き上げる事。どちらもロイド兄ちゃんには似合わない。
あの人、まっすぐ過ぎるくらいまっすぐなのに。
信じられない思いが顔に出たのか、ジルベイラがちょっと苦笑いした。
「別に、腕にものを言わせて相手をどうこうしようという訳じゃないんですよ。ただ、ツイーニア嬢にしたのと同じように、物陰から睨むんです」
「それは鬱陶しい」
「でしょう!? もう、いい加減クインレット家に苦情を申し入れようかと思いましたよ。ですが、相手が相手ですから、レラ様の判断を仰ごうかと」
正しい判断だね、ジルベイラ。
にしても、ロイド兄ちゃん、また面倒臭い方向に向かってるなあ。
「ちなみに、ツイーニア嬢に脈はありそう?」
「今のところは何とも。だって、ツイーニア様の前に出たのって、自己紹介した時だけですよ?」
「本当にへたれだな!」
「まったくです」
ペイロンの男のくせに、何やってんだロイド兄ちゃん。
その日の夕食時、つい話題はジルベイラに聞いたロイド兄ちゃんの話になった。
「何そのへたれ」
「コーニーもそう思うでしょー?」
「まあ、気持ちはわからないでもないけれど、ちょっと鬱陶しい……」
リラですらこれですよ。
まあ、ツイーニア嬢に迂闊に近寄ったら、相手を傷つけかねないと思うと一歩が踏み出せないんだろう。
「とりあえず、ロイド兄ちゃんは放っておいて、先にツイーニア嬢に探りを入れてみようと思うんだ」
「ロイドを放置したら、さらに鬱陶しくなるんじゃない?」
「鬱陶しくなる暇がなくなるよう、仕事漬けにする」
「あんた……何て鬼な事を……」
リラが言う言葉じゃないと思いまーす。私を日々仕事漬けにしているくせに。
「それはあんたが考えなしに仕事を作るから。自業自得だって何回言えばわかるのよ」
「だってー。楽しい事が目の前にあったら、飛びつくのが人じゃない?」
「限度を考えろって言ってんの。まあ、おかげでデュバルの収入は過去最高をたたき出してるそうだけど」
「そうなの?」
「まだ確定はしていないけれど、おそらくそうだろうってジル……ベイラさんが」
未だに「様」って付けそうになってるな。リラに仕事を教えたのって、彼女だからね。どうしても、最初のイメージが抜けないんだろう。
あれだ、インプリンティングみたいなもの。
「何か失礼な事を考えているわね?」
「ううん? ソンナコトナイヨ?」
リラって、勘がいいよね。
翌日、早速ツイーニア嬢に話を聞いてみる事にした。私一人だと大惨事になりかねない、という意見から、リラとコーニーも同席している。
スルーしようかと思ったけれど、普通に酷くね?
「なら、あんた一人で大丈夫だとでも?」
「え? いや、それは」
「レラ一人だと、どちらかに肩入れして結局駄目にしそうなんだもの。だから私達が同席するのよ」
何となく丸め込まれたような気がするんですけどー。でも、確かに一人だといい結果にならない気がするから、二人がいてくれるのは助かる。
執務室だと大げさになると言われたので、居間に来てもらった。ただ、雇い主からのいきなりの呼び出しに、ツイーニア嬢が緊張している。
「ご無沙汰いたしております、ご当主様」
「久しぶりですね、ツイーニア嬢。新しい仕事には、もう慣れましたか?」
「はい。皆様大変よくしてくださるおかげで、日々充実しております」
兄夫婦……実際にはお義姉様との時間を経て、ようやく本当の意味で前を向いたツイーニア嬢。
本人の希望で、現在は内勤ではなく、人と多く関わる外勤に就いている。
人と関わるって事は、当然彼女にとっては恐怖の対象である異性もいる訳だ。
ただ、今のところ彼女が仕事プライベートどちらでも、パニック状態になったという報告は受けていない。
見えないところで……というのも、うちではあり得ない話だ。何せ、彼女に関してはネスティが目を光らせているから。
どうもね、ツイーニア嬢の働きぶりとか、性格とかがネスティには大変好ましいらしいんだ。
それはジルベイラもそうで、あの二人がツイーニア嬢に変な輩が絡まないよう、気を配っているんだって。
それもあって、今は異性と普通に向き合えるよう、リハビリ状態のようなものらしい。
で、だ。ここからが本題。いきなりロイド兄ちゃんの事を持ち出しても、雇い主からの縁談と思われかねない。
なので、リラが主導してくれる。
「ツイーニアさん、現状、何か困っている事等はありませんか?」
「困っている事……ですか?」
「小さな事でも構いませんよ。職場でもそれ以外でも。気になった事があれば、教えてもらえませんか? 領地運営に生かしたいそうです」
そういう体で、話す切っ掛けを作ろうという話になっていた。ツイーニア嬢は、小首を傾げて何やら考えている。
ややして、何かに思い至ったらしい。
「そういえば、たまに誰かの視線を感じるのですが……そういうのでも、構いませんか?」
ロイド兄ちゃんか!? 気付かれてたの?
「ええ、もちろん。見られるのが鬱陶しいとかですか?」
「いえ、そうではなくて! ……ただ、私に何か言いたいことがあるのであれば、言っていただいて構わないと伝えたいんです」
おおお!? これは脈あり!?
「誰しも、悩みはあると思います。私が相談に乗れる事であれば、ぜひ!」
あれー?
「……つまり、感じる視線は、ツイーニアさんに相談したいのに出来ない誰かのもの……と?」
「ええ」
いい笑顔。でもそこに、恋愛的なあれこれの色はまったく見られない。
「……その相談者が、男性でも、構わないと思いますか?」
「それはもちろんです。ですが、私で殿方の相談に答えられるかどうか……」
「そこは気にしないでください。もしかしたら、女性としての意見が聞きたいのかもしれませんし」
「ああ、そういう事なんですね!」
「では、該当者を探して、相談事があるようでしたら、ツイーニアさんに引き合わせたいと思いますが……よろしいですか?」
「ええ」
にこやかなまま、ツイーニア嬢は部屋を去って行った。
「これ、ロイド兄ちゃんは脈なし?」
「かもしれないわね」
「脈がなければ作ればいいんですよ」
あれ? 何かリラが投げやりだ。
「お膳立てくらいは、こちらでしますが、そこから発展出来るかどうかは本人次第です。コーネシア様、ロイド卿はペイロン的な男性と思って間違いないですか?」
「ええ。考えるより行動をする方よ。ただ、恋愛に関してはここまで奥手とは思わなかったけれど」
「奥手というよりは、やり方を知らないだけじゃありませんか? いきなり押し倒すような男でなければ、相談を切っ掛けに関係を進めていけばいいんです」
さすがに、ロイド兄ちゃんはそこまで獣じゃないよ? リラ。
「ともかく、これでどうにも出来ないようなら、すっぱり諦めてもらいましょう。へたれには、それにふさわしい強気の女性が似合いだと思いますし」
わー、リラがロイド兄ちゃんの恋路をぶった切ろうとしてるー。
あれ? でも一応お膳立てはしたんだから、応援している……のか?
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