第534話 視察しよー
ヌオーヴォ館は何だか久しぶりに感じる。西の大陸にずっといたような感覚があるからかな。
「お帰りなさいませ、ご当主様。ゾーセノット伯爵夫人並びにネドン伯爵夫人、ようこそいらっしゃいました」
さすがルミラ夫人。仕事仲間で色々教えた側であるエヴリラ相手にも、決して態度を崩さない。
「ご当主様、お手紙がいくつか届いております」
「ありがとう」
手紙かあ。どこからか考えると、ちょっとげんなりする。
とりあえず、コーニーがいるのでいきなり執務室は免れた。居間でお茶を出してもらいつつ、コーニーに断って手紙の差出人だけ確認する。
「ビルブローザ侯爵から来てたー」
「でしょうね」
「間に合ってよかったじゃない、レラ」
そーですね。後は……知らない名前からの手紙がいくつか。あとマダム・トワモエルとシャーティからも来てるよ。珍しい。
あの二人は貴族に手紙を出す事の重要性を知っているから、私相手でも簡単には手紙を書いてこない。大抵は、使用人を通じて伝言を頼む程度だ。
その二人から、手紙?
「リラ」
名前の覚えがない相手からの手紙は、まずリラが確認する。ビルブローザ侯爵、マダム、シャーティからの手紙は私が直接開ける事にした。
「ビルブローザ侯爵からは、予定通りに訪問して大丈夫かって内容だね。これはOKで返事を出して、マダムとシャーティからは、西大陸のあれこれを訊ねる手紙だわ」
余程気になるらしい。マダムなんか「自分も参加したい!」って切々と訴えられちゃったよ。
今回は、ちょっと危険度が高いから一般からの同行者は募らなかったんだよね。
シャーティからの手紙も似たようなもので、試作品用に渡した小麦や茶葉の安定供給を訴える内容だった。
小麦と茶葉だけなら、多分交易品に入ると思う。サンド様も大分乗り気だったし。
問題はそれ以外だなあ。北方伯のところのミルクや乳製品をシャーティが知ったら、きっと食いつく。
あのミルク、味が濃くて美味しかったもんなあ。ヨーグルトやチーズも美味しかったから、生クリームもきっと美味しいはず!
絞りたてを買えるようにしたい。となると、やはり家畜を持ち込んで、うちで増やす事を考えないとなー。
品種改良にも手を出すし、忙しくなりそう。
マダムとシャーティには、後のお楽しみーと返事しておく。リラの方の手紙には、ビルブローザ侯爵の視察に合わせて、自分達も視察をさせてほしいという内容だったという。
「断りの手紙を送っておくわ」
「よろしく」
うちを視察したいのなら、まずは我が家に何かしらの貢献をしてもらおうか。
ちなみに、ビルブローザ侯爵には色々便宜を図ってもらった事があるので、今回の視察はその返礼のようなもの。
家同士の付き合いがある訳でなし、いきなり「視察したい」と言われてもねえ。
「でも、これからこういう手合いは増えるんじゃないかしら?」
「コーニー、嫌な予言しないで」
「予言じゃないわよ。どんな手を使ってでも、デュバルとお近づきになりたい家は多いって、前も言わなかった?」
……何か、聞いた覚えがあるようなないような。
「その辺りは、エヴリラがしっかり押さえておいて。レラはこの通りの子だから」
「承知しています」
「よかったわね、レラ」
そーですね。
デュバルに戻って三日後、列車でビルブローザ侯爵とノグデード子爵ハルトアン卿と、何故かハルトアン卿の次男でゾジアン卿も一緒だ。
ゾジアン卿は、学院でも何度か顔を合わせ、子リスちゃんの入り婿オヤジを懲らしめる時にも手を貸してもらっている。
父親のハルトアン卿はビルブローザ侯爵の従兄弟という事だから、彼の有能さの何割かは、ビルブローザ家由来なのかもね。
「ようこそ、デュバルへ。ビルブローザ侯爵、ノグデード子爵、ゾジアン卿」
「視察の件、快く許していただき、感謝します」
「おまけまでついてきてしまいましたが、お許しください」
「父上、おまけって私の事ですか?」
「お前以外に誰がいる?」
「酷いなあ。そうは思わない? ローレル嬢」
そういう事を言うから、子爵からおまけって言われるんですよ、ゾジアン卿。
まあ、学院時代からの知り合いだから、許すけどね。
ビルブローザ侯爵が見たがったのは、学校教育全般らしい。つまり、専門学校もどきもそれに入るという訳だ。
まずは子供達に一律で教える小学校。
「本当に平民の子も、学んでいるのですね」
「小学校は基本、お金が掛かりません。また、我が領では子供を労働力にする事は禁止しています」
「え?」
「逆に、子供を労働力にしなければ成り立たない事は、やっておりません。領民も、親が働くだけで十分生活していけるようにしています」
驚いてるね。未だに庶民……特に農民なんかは、子供も労働力としているところが多い。
でも、うちの場合は人形遣い達が農業でも活躍しているからね。逆に、人形遣いになる才能がない人達が、接客や工場なんかで働いている。
今のところ、人形遣い達とそうでない人達の割合は半々くらいかなあ。
「新しく手に入れた新区でも、同じようにしています」
「……思い切った事をなさいますね」
「そうでしょうか? ああして学ぶ子供の中から、次代の領を背負っていく者が生まれるかもしれません。それを考えたら、どうという事はありませんよ」
一律で学ばせると、学ぶ事を楽しむ子が一定以上出てくる。そうした子達には、より高度な教育を施していく。
そうして、十年後二十年後のデュバルを背負っていく者達が生まれるのだ。
……いい話風にまとめているけれど、要は面倒ごとを押しつけられる相手を量産したいってだけなんだよね。
読み書き計算が出来ないと、簡単に押しつけられないし。それに、領民全員が文字を読めると、意思伝達も手早く正確に出来るからさ。
小学校の低学年は午前中で授業は終わり。高学年になると、午後も授業が入る。
小学校の上、中学校、高校と用意しているけれど、まだそちらは稼働していない。小学校を卒業する子がいないからね。
始めたばかりだもん。これからこれから。
小学校の次は、専門学校及び職業訓練校。前者は接客及びデュバルの各邸宅で働く事を前提に、仕事を学んでいる。
後者は人形遣い養成学校。特に土木、建築、農業など分野別の人形の使い方を学んでいる。
こちらは先ほどの小学校とは違い、大人が中心だ。中には子供に近い年齢の子もいるけれど。
小学校を卒業する年齢の子は、あちらに入れないからね。年齢が高くて読み書きが出来ない者達には、こうした専門学校や職業訓練校で基礎として学ばせている。
でないと、仕事に支障が出るから。
「邸の管理やメイドの仕事も、学校で教えるのですか?」
「ええ。基礎的な事は共通していますから。そうした事を一斉に学ぶ事により、個人での能力差を低くしています」
先輩から学べって言われたって、個人間だと相性問題とかもあるし、どの先輩も教え上手とは限らない。
そういうブレをなくす為の学校なんだよ。
他にも、人形遣いが働く農場や工事現場、機関車の整備工場などを見て回る。もちろん、機密に関わる場所には立ち入らせなかったけどね。
それでも、見所満載の視察になったんじゃないかな。
午前午後と分けて視察した施設は結構な数になった。視察が終わってヌオーヴォ館に戻ったのは、午後四時を回った頃。
「少し遅いですが、お茶にしましょうか」
もちろん、出す茶葉はあちらで手に入れたもの。自分用に少量買っておいたんだ。
三人とも、一口飲んで香りの違いに驚いている。
「これは……」
「ど、どこで手に入れた茶葉ですか?」
「もしかして、西の大陸かな?」
ゾジアン卿、正解ー。ノグデード子爵に譲ってほしいと頼まれたけれど、量がないのでお断りしておいた。
そのうち、交易品になって出回るでしょうとは言っておいたけど。
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