第533話 ほうれんそう

 移動宿泊施設で迎える朝は爽やかだ。


 今回は六人だけなので、大型の施設を一個出して終わり。片側四つの部屋で合計八組宿泊可能なこの施設、実は上にもう一つ繋げて使う事も可能だ。


 まあ、よほど狭い場所での野営以外、使い道はないけれど。


 身支度を調えて食堂に行くと、コーニーとイエル卿がもう席に座っていた。


「おはよう、レラ」

「おはようコーニー。今日こそは、祭りを存分に楽しもう!」

「そうね。昨日買えなかった子羊、今日は買えるといいなあ」


 まだ諦めてなかったのか。




 昨日はそれぞれで動いていたらコーニーが厄介事に引っかかったので、今日は六人で行動。


 屋台は昨日とは違う種類のものが並び、ふれ合いコーナーも今日いるのは仔牛だ。


「子羊がいないわ」

「残念だったね」


 やっぱりあの子達は、売却用じゃなかったんだよ。


 仔牛は子羊ほど可愛さを感じないらしく、コーニーは興味を示さなかった。なので、一緒に屋台を見て回る事に。


 昨日とは違う料理を出す屋台や、昨日と同じ料理でも、微妙に味付けが違う屋台。


 同じチーズを扱っていても、やはり風味が違うものを扱っていたり、変化があって楽しいなあ。


 やはり、ここはミルクを大量買いしていくべきか。でも、その辺りはサンド様が偉い人達と交渉してるだろう。


 とすれば、やはり私がするべき事は何を大量に買い込むべきかを見極める事! その為にも、味見をしなければ!


「どうでもいいけれど、食べ過ぎじゃない?」

「まだお腹には余裕があるから平気!」

「……食べ過ぎると、太るわよ?」


 リラからの、痛恨の一撃……




 ゲンエッダは、茶葉も小麦も畜産物もおいしい国だ。ぜひ、交易をお願いしたいところ。


「後は、牛の品種によっては、うちでも牧畜出来るかも」


 祭りの最終日も終わり、野営地に戻って寝る前のお茶の時間。共通の居間でリラを相手に呟く。


 領地でのこれからを考えると、特産物は一つでも多い方がいい。


「一応、やってはいるわよ?」

「うん、それはそれ。出来れば、新しい品種を生み出すのもいいかも」


 ミルクの味や量、脂肪分が多ければ生クリームの生産量も増えるでしょう。後はヨーグルトにチーズの味。


「観光業もやってるから、ホテルなんかで出す食材の一つとしてね。おいしいものって、やっぱり人を惹き付けるでしょ?」

「それは確かに」


 温泉街だけでなく、ネオヴェネチアも観光地だし、ブルカーノ島もテーマパークがあるから観光に力を入れている。


 それに、フロトマーロのリゾートと、新しく手に入れた島をリゾート化、うまくやれば、グラナダ島もそうなる可能性がある。


 今は人手不足も相まって人形を多く使っているけれど、接客に関しては領民の教育が進んでいて、採用人数が増えているという。


 専門学校のようなものまで出来上がっているから、近々そちらの方も正式に学校として進めないと。


 ……あれ? 何か忘れているような。


「ねえ、リラ。この時期に、何かなかったっけ? 何か忘れてるような気がするんだけど」

「この時期って……もうじき、ビルブローザ侯爵が領地に視察に来るはずだけど、それ?」

「それだあああああ!」

「大事な事忘れんなああああ!」


 あ、はい。


 西行きがあるから、一度立った予定をリスケジュールしてもらってるんだよね。これでまたリスケとか、相手に悪すぎる。


 一度どこかで領地に戻らないとなあ。




 そんな話を翌日の朝食の席でしたら、ヴィル様から大きな溜息をもらった。


「なら、ここでこのまま待つから、お前は領地に帰って侯爵の相手をしてこい」

「あ、リラも連れて行きますよ?」

「……わかった」

「兄様、ついでに私もデュバルに行ってくるわ」

「お前もか?」


 あれ? コーニーも来るの?


「お友達の誕生日が近いのよ。どこかでゲンエッダにしかないものを買って、プレゼントにしたいわ」


 ああ、それならいい贈り物になるね。国内で手に入らない品、なんて、貴族の誰もが喉から手が出るほど欲しがるはず。


 社交界での話題作りにはぴったりだ。


「なら、茶葉を送るのはどうよ? オーゼリアで手に入るものより、香りが高いからいいんじゃないかな?」

「そうね! お父様に連絡して、王都で手に入れてもらおうかしら。お父様、もうゲンエッダの王都に到着してらっしゃるのよね? 兄様」


 私達のやり取りに、何故かヴィル様が深い溜息を吐いた。




 ヴィル様に引き留められ、ユーインも残す事になり、女三人でデュバル領へ戻る事になった。


 まず移動宿泊施設に敷いた移動陣でグラナダ島へ。そこから、デュバル領へ直接……と思ったら、ここの移動陣、ブルカーノ島専用になってた。


 仕方ないので、ブルカーノ島へ移動し、そこからは列車でデュバルへ戻る事に。


 あ、ヌオーヴォ館に連絡入れておかないと。


「リラ、ルミラ夫人にこれからブルカーノ島より帰るって連絡入れてー」

「入れてなかったの!?」


 驚かれた。てへ。


「ほう! れん! そう! どれも出来てないじゃない!!」


 怒られた。でも、私がやらなくてもリラがやってくれるし。結果オーライだよ。


 更に怒られました。おかしい。




 ブルカーノ島からは、直通列車でデュバルまで。いやあ、鉄道を敷いておいてよかったー。


 カストルが用意しておいてくれたらしく、私専用車が連結された列車が到着していたので、それに乗る。現在の時刻、まだ朝の八時。


 ちなみに、コーニーが誕生日プレゼントにする茶葉は、サンド様が買った後、カストルが責任を持ってデュバル領まで運んでくれるそうだ。


「なので、茶葉が届くまでデュバルにいるわね」

「いつまででもいいよー」


 コーニーだもん。着替えなんかは、デュバル王都邸からネドン王都邸へ連絡が行き、まず王都邸に運んでもらう。


 そこから移動陣でヌオーヴォ館へ。いやあ、移動陣って便利だよねえ。


 ブルカーノ島からデュバル領の駅までは、列車に乗っても五時間以上掛かる。距離があるのと、まだ列車の速度をそこまで出せないんだよね。


 安全性を無視すれば出せるそうだけど、人を乗せる物に安全性度外視とかあり得ない。


 なので、どんなに時間がかかっても安全性第一で研究してもらっている。




 八時にブルカーノ島を出発した列車は、午後一時にデュバルへ到着した。


「車内で食べる昼食も、おいしいわねえ」

「あの料理も、うちの料理長がメニューを監修してるんだー」

「そうなのね。レラはいい人材に恵まれているわ」


 えへへ。でも、うちって余所から追い出された人が辿り着く場所とも言われてるんだよねえ。


 癖の強い人が多いから、面倒ごとも多くあるみたいだけど、そこは治安維持を担っている警備の人達が頑張ってくれてるから、大きな事にはなっていないそうだ。




 デュバル中央駅から地下鉄に乗り換えて、ヌオーヴォ館へ。地下鉄で簡単に領主館へ行けるのはどうなんだって話もあったけど、途中途中で厳重なセキュリティチェックを抜けなきゃならないから、不審者はそもそも邸に近づけもしないんだよね。


 その辺りは、ポルックスが責任を持って請け負っているらしい。ポルックスと責任。違和感しかない言葉だなあ。


「主様が酷いいいいいい」

「あれ、ポルックス?」

「ヌオーヴォ館駅までお出迎えに来たのにいいいいい」

「ああ、そうなんだ。出迎えご苦労様」

「主様って、酷いよね。お帰りなさいませ。エヴリラ様も、お帰りなさいませ。ネドン伯爵夫人、ようこそデュバルへ」

「ただいま、ポルックス」

「しばらく厄介になるわね」


 ポルックスの先導で、いくつかの扉をくぐり抜け、エレベーターへ。あの扉が、セキュリティチェックになっている。


 不審者は扉を抜けられず、最悪あの場で処分される。実際、何人か犠牲になった侵入者がいるって話。


 とりあえず、デュバルの本拠地であるヌオーヴォ館と、王都邸のセキュリティは蟻一匹通さない鉄壁の構え……なんだってさ。

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