第532話 情報多過ぎいい

 通りすがりの王族も、北方伯と一緒に行ってしまったので、事情をコーニー達に聞くしかない。


「それで? 何があったの?」

「私もよくわからないわ。ただ、あの女性があいつらに絡まれていたから、助けただけなの」


 ほほう。見た感じ、はかなげな女性ですな。


 あのむさ苦しいならず者に絡まれていたというのなら、何か事情があるんでしょう。


 でも、これ以上この人達に関わるのは、大丈夫かね?


『あまり、お薦めしません』


 お? 何かあるの?


『その女性は、あいつらの仲間です』


 え?


『女性の隣にいる男性ですが、彼は北方伯の遠縁に当たります。彼に取り入り、北方伯の周辺に近づくのが、彼女の役割です』


 それが、どうしてならず者……というか、仲間に追いかけ回される結果になったの?


『女性の裏切りが発覚しました』


 裏切り。もしかして、彼を本気で愛してしまったの! とかってやつ?


『違います。金銭による裏切りです』


 ちぇー。つまんない。でも、じゃあ彼はその辺りの事情を全然知らないで、側にいるって事?


『向こうを裏切った以上、彼女は全力で彼を護るでしょう。金の為に』


 うん、世知辛い世の中だ。


 でも、それなら彼女達に関わる必要はないね。


「コーニー、ちょっと」

「何?」


 カストルからの情報は、共有しておくべきでしょう。こそっと消音結界を張って耳打ちしたら、驚いていた。


「そうなの?」

「カストルからの情報だから、確実」

「まあ。大したものね」


 コーニーとしては、自分を騙すほどの演技力に感心しているらしい。


 にしても、自分の遠縁なのに、何で北方伯は彼を無視したのかね?


『遠縁故、でしょう。北方伯は、今回の件を、彼女の事も含めて把握済みです』


 そうなの?


『それ故、ハニトラに引っかかった遠縁の彼をふがいないとして切り捨てる事にしたようです』


 おおう。それもどうなんだ?


『北方は、万一の事があれば最前線となる可能性が高い地域です。行動力、判断力共に高レベルのものが求められます。そこの彼は、そう言う意味では北方伯家の者として不合格と言えるでしょう』


 折角いい家の一族に生まれたのにね。まあ、はかなげな女に惑わされた自分が悪いのか。




 コーニーと共有した情報は、当然他の仲間とも共有。結果、知らん顔で祭りを楽しもうという事になりましたー。


 あの騒動で中断されたかと思ったけれど、そんな事はなかった。しかも、祭りは今日だけじゃなく、後三日間続くんだって。


 しかも、今日とは違う屋台が出るそうな。楽しみー。


「で、宿泊場所なんですが」

「野営でいいんじゃないの?」


 ですよねー。コーニーの言葉に、全員頷いているし。


 下手な宿に泊まるより、自前の宿泊施設の方が設備が充実しているからさ。特に水回り。こればかりは、オーゼリア以外の国では、宿に泊まる気になれない。あ、ガルノバンは水洗だから、大丈夫だけど。


 今日の祭りも終わり、屋台も撤収に掛かる頃、適当な野営場所を探そうと移動を始めたら、背後から声が掛かった。


「あの! 少しいいでしょうか?」


 振り返ると、ハニトラ娘とその獲物。やだー、面倒の予感しかしないー。


「何か?」


 こういう時の代表は、ヴィル様と決まっている。お、獲物の方がちょっと腰が引けてるぞ。ハニトラ娘の方は、注意して見ているとヴィル様を値踏みしてるね。


 その人、ハニトラは通用しないぞ?


「あの、先ほどはそちらの女性に助けていただきました。お礼も言えず、申し訳ない」


 ヴィル様が、ちらりとコーニーを窺う。コーニー、表情が渋いよ。さっき、カストル情報を聞いたばかりだからかな。


「礼は不要だ」

「いえ! それでは、私がご当主に顔向け出来ません!」


 礼の押し売りかね? コーニーの顔が更に渋くなってるよ。


 獲物、君が今出来る事は、おとなしく引く事だけなんだが。多分、ハニトラ娘の手前、引けないんだろうなあ。


「話はそれだけか? なら――」

「ま、待ってください! あなた達は、余所から来たのでしょう? 祭りの間は宿も埋まる。もう、宿は決めたんですか?」

「野営の心得があるので不要だ」

「では! 我が家にお越し下さい!」


 あ、ヴィル様が私をちらりと見て、軽く顎をしゃくる。え、眠らせちゃっていいって事ですかね?


 まあ、このまま押し問答しても引きそうにないしなあ。なら――


「おいおい、坊ちゃん。無理強いはよくないな」


 あ、通りすがりの王族だ。いつの間にか、彼がこちらに歩いてくる。


「き、君は誰だ? 私は今、彼等と話しているんだ!」

「その彼等が、坊ちゃんとの話を切り上げたそうにしてるんだがね。俺の見間違いかな?」

「いや、当たっている」


 ヴィル様、にべもない。獲物、何故かショックを受けてます。ハニトラ娘は……獲物の陰に隠れちゃった。


『ハニトラ娘の真意を探りますか?』


 んー。裏切り者だしなあ。一度裏切った者、また裏切る可能性が高い。こちらに悪意を持っているかどうかだけ、調べられる?


『では、ハニトラ娘が眠りましたら、意識を調査しましょう』


 さらっと怖い事言ってるな、うちの有能執事。今更か。


 んで、獲物と通りすがりの王族とヴィル様の話し合い……というか、押し問答? は決着したらしい。


「という訳で、礼を押しつけるのは北方伯も感心しないと思うぜ」

「な! だ、大体貴様のような、どこの誰ともわからない奴が、どうして伯父上の事をどうこう言えるんだ!!」


 あー、やっちゃったー。その人、通りすがりとは言え、王族だよー。


 でも、自国の王族の顔、知らないのかね?


『オーゼリアでは、王族の肖像が街角にも飾られていますが、ゲンエッダではそうした事はしないようです。また、獲物は王宮に上がれる身分を持たない為、王族の顔を見る機会がありません』


 なるほど。それで相手を王族と認識出来ていないのか。でも、北方伯と仲がよさそうに見えたんだから、相応の身分の相手とわかるはずなのに。


『それがわからない辺り、見限られる程度の存在という事です』


 ああ、納得。


 食ってかかる獲物に対し、通りすがりの王族はのらりくらりと躱している。でも、そのへらへらした態度が、余計獲物の闘争心を煽っているらしい。


 とうとう手が出た。とはいえ、ヘロヘロの猫パンチじゃあ、相手には通用しない。軽く躱されて、転がされてしまったよ。


「ぐ! き、貴様あああああ!」


 それでも起き上がった獲物。立ち上がって再び殴りかかろうとでも思ったのか、王族を睨み付けている。


 でも、その王族の動きの方が早かった。ぐいっと転んだ獲物に顔を近づける。


「おい、坊ちゃんよ」

「え」


 相手からこられたからか、それとも王族の声が今までとは違い迫力のある低音だからか、獲物は動けないでいた。。


「女の前でイキがりたい気持ちはよくわかるがな。攻撃するなら、相手はしっかり選べ。俺やそこの兄さんは、手を出しちゃいけない相手なんだよ。わかったか?」


 相手の気に飲まれたようで、獲物は無言のままこくこくと頷くばかり。


 ハニトラ娘はそんな獲物をどう見ているかというと……わー、あれは獲物に見せちゃいけない顔だ。


 何というか、汚物を見るような目だよ。そんな目で見られたと知ったら、獲物が泣いて逃げちゃうよ?


 ただ、さすがハニトラ娘。すぐに表情を取り繕った。あの表情は、一瞬だけ見せた本音だったのかねえ。


「さて、兄さん達、坊ちゃんが引き留めて悪かったな。また、明日も祭りを楽しんでくれ」

「ああ、そうしよう」


 とりあえず、何事もなく終わってよかった。立ち去る際、ちらりと後ろを振り返ったら、通りすがりの王族が笑顔で手を振っていた。


 その後ろで、ハニトラ娘の手を借りて、獲物が何とか立ちあがっている。うん、まあ、この先も大変だろうけれど、頑張れ。


「ところでレラ」

「何です? ヴィル様」

「あの男、何者だ?」


 あの男とは、獲物の方じゃないですよね。


「カストルによれば、通りすがりの王族だそうです」

「そうか……」


 あー、ヴィル様の顔が苦くなってるー。もう、他国の王族になんて、関わりたくないよねえ。

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