第531話 通りすがりの……

 ゲンエッダ、北の地はダコズチード北方伯の領土で、これから向かうのは酪農の中心地ユナーグ。


 領都はもう少し南にあるそうだけど、今回の目当ては畜産物だから。特に食べ物。


 今から楽しみだなあ。


「くれぐれも自重を」

「はい……」


 リラの視線が厳しいでーす。別に、私が厄介事を起こしている訳じゃないんだけれど。




 ユナーグでは、ちょうど新春のお祭りをやっていた。そういや、もうそんな時期だっけ。


 観光客らしき姿も多く、これなら私達も気軽に紛れ込む事が出来る。ナイスタイミング。


「おお! 賑やかですねー」


 祭りのメイン会場は、街一番の広さの牧場だという。あちこちに人が集まっていて、子羊を愛でたり、焼いたソーセージにかぶりついたり、絞りたてのミルクを飲んだり、チーズを食べ比べたり。


 新鮮なミルクがあるならアイスクリームもいいかも。シャーティの店でも、夏場は大人気のメニューだ。


 ここのミルクがおいしかったら、試作を頼むのもありかも。




 会場には、他にも色々な屋台が出ている。全てこの地方の名産を扱う店らしく、中には郷土料理を振る舞うところも。


「鍋料理か」

「いや、鍋っていうか……煮込み料理なんじゃない?」


 えー? 鍋でよくね? リラは細かいなあ。


 味は塩味ベース。骨付き肉と野菜からいい出汁が出ているのか、深みがあってとてもおいしい。これは、うちでも店を出してほしいなあ。


「また悪い顔をしてる」

「悪い事は考えてないよ!」

「レラ、エヴリラも、言い合いをしていないで、もっとお祭りを楽しみなさいな」

「はーい」


 私もリラも、コーニーには勝てない。そのコーニーは、イエル卿と一緒に子羊を見に行くという。


「おいしそうな子がいたら、買っていこうかと思って」


 食料として見てるんか。いや、子羊は臭みがなくておいしいというけれど。


 でも、あそこの子羊は可愛がられる為にいるんじゃないかな。




 新鮮ミルクを飲んだり、ヨーグルトとはまた違う発酵食品を食べたり、ソーセージや串焼き肉を食べたり。中々楽しんでおります。


 これはいいお祭りだ。と思ってたのに。遠くの方で、何やら騒動が。


「……リラ、そんな目でこっちを見ないように。私は何もしてません」

「いや、これから首を突っ込みに行くんじゃないかと思って」

「いやあ、それは――」


 見に行くくらいなら、と言いかけた私の言葉をひったくるように、ヴィル様が告げる。


「レラ、行くぞ。絡まれているのは、コーニー達だ」


 何だってー!?




 騒動の元に行ったら、人垣が出来ている。その向こうに、コーニー達がいるらしい。イエル卿から、携帯通信機でヴィル様に救援要請が来たんだってさ。


 場所は子羊コーナーだ。あれから、コーニー達はずっとここにいたらしい。


 ちょっとカメラの術式を使って、上空から現場を見てみる。腰を手に仁王立ちするコーニーと、対峙するのはスキンヘッドを筆頭にどう見てもならず者という男達四人。


 コーニーの背後には、イエル卿が庇う男女がいる。小声で隣にいるリラを批難した。


「ほら、今回は私が厄介事に絡まれたんじゃないじゃない」

「いや、この場面でそれ言う?」


 だって、大事な事だし。


 とりあえず、この人垣を抜けないと。身動き取れないよ。いっそ、全員眠らせるか?


「何か悪い事考えてるわね? 自重!」


 う……はい。


 仕方ないので、何とか人をかき分けて進む。段々、向こうの会話が聞こえてきて、事情が見えてきた。


「だから、あんたらの命令なんて聞く筋ないって言ってるでしょう?」

「うるせえ!! いいから、とっととその女をこっちに寄越しやがれ!!」

「まったく、頭の悪い人の相手は疲れるわ」

「何だとう!? 俺達にゃあな、ここの領主様がついてんだ。わかったら、おとなしく――」

「へえ? その話、詳しく聞かせてもらいたいなあ」


 あれ? 何か、聞き覚えのない声が割り込んだぞ?


『平民を装った王族です』


 カストルううううう! 答えを先に出しちゃ駄目えええええ!


『申し訳ございません』


 ともかく、今現場に割り込んだのは、この国ゲンエッダの王族らしい。よもや、王子様とか言わないよね?


『……』


 返事がない。まあいいや。そのうちわかるでしょう。


 やっとの思いで人垣を抜けると、開けた場所で四人の男と対峙しているのは、先ほどの声の持ち主らしい。


「それで? ここの領主様といえば、ダコズチード北方伯だ。曲がった事が大嫌いという御仁が、お前達についている? にわかには信じられないな」

「何だとう!?」


 王族、ならず者を煽る煽る。


「へ! 俺達の言葉が正しいって事、証明してやるぜ! おい! 衛兵! こいつらは領主様に楯突く奴らだ! ふん捕まえて、牢屋に放り込んじまえ!!」


 あ、本当に武装した衛兵がいる。でも、衛兵達は困ったようにお互いに顔を見合わせているだけだ。


 まあ、本当に領主がバックについていたとしても、衛兵はならず者達に雇われている訳じゃないから、命令を聞かなきゃいけない義理はない。


 ならず者達は、それをわかっているのかな。


 それと、すっかり出て行くタイミングを逃してしまい、私達まで人垣の縁で傍観者になっちゃってる。


 あ、コーニーと目が合った。あれー? 手で来るなってやられちゃったよー?


「ヴィル様、コーニーが来るなって」

「だな。人を呼んでおいて手を出すなとは……それにしてもあの男、何者だ?」


 通りすがりの平民を装った王族だそうですよ。でもこれ、ここで言っていいものかね?


 私がヴィル様と小声でやり取りしている間にも、ならず者達は衛兵にコーニー達を捕まえさせようと必死だ。


「おい! 何ぼーっと突っ立ってんだよ! あいつらを捕まえろって言ってんじゃねえか!」

「いや……だって」

「なあ」

「使えねえ連中だな! もういい。なら俺が――」

「俺が、何だって?」


 すらりと、王族が腰に佩いていた剣を抜く。その切っ先を、騒いでいたならず者の首に当てた。


「ひ……」

「おいおい、兄さん、そんなもん出されちゃ、俺達としても引き下がれなくなるぜ?」

「おや? 最初から引き下がる気はないんだろう? ところで、後ろの衛兵君達。君達は、誰の命令で彼等に付き従っているのかな?」

「え……その、家令のゾハゲフさんから言われて」

「何だとう!?」


 ん? 今、誰もいないところから、いきなり声が聞こえたよ? 子羊のエリアの脇に積まれた、藁束の辺りから……って、いきなり空間を裂くように、人が出てきた!


『布を使った光学迷彩ですね』


 そんなものがあるの!? ああ、でも藁束から出てきた男性は、確かに布のようなものを手に持っている。あれが、光学迷彩の布?


 やだ、ちょっと欲しい。


「だ、誰だお前は!?」


 聞きたい事を聞いてくれてありがとう、ならず者。その言葉に、男性は額に青筋を浮かべる。


「誰だ……だと? おい! 衛兵! 儂が誰か、この愚か者共に教えてやれ!」

「何いい!?」

「ご、ご当主様!」

「え?」


 え? ならず者達同様、私も驚いた。


 じゃあ、あの男性が、ダコズチード北方伯なの?


 いきなり出てきたダコズチード北方伯は、大層お怒りだった。そりゃそうだろう。自分の名前を騙る連中が、領民……か領外から来た客を困らせていたんだから。


 困らせていたというか、確実犯罪に巻き込もうとしていたんだろうなー。


「お前等、先ほどから散々儂がお前等についているのなんのとほざいておったな。儂は、お前達など見た事も会った事もないぞ!」

「姿を表した伯を見てもわからなかったのだから、北方伯が後ろについているという事自体、嘘だったと言っているようなものだな」


 怒りで顔を真っ赤にするダコズチード北方伯の隣で、通りすがりの王族がのほほんと告げる。


 ならず者達の方は、これまた怒りで顔が真っ赤だ。


「てめえ! 俺達を嵌めやがったな!?」

「いや、君らが語るに落ちただけだよ」


 確かに。この状況で通りすがりの王族に怒りを向けるのは筋違いだ。


「もうよい。衛兵! この馬鹿四人をとっとと捕まえろ! 儂はこれから家令をひっ捕まえねばならん! お嬢さん方、迷惑を掛けたね。この償いは、きっとしよう。ではまた!」


 言うが早いか、ならず者達をあっという間に捕縛した衛兵達を従えて、北方伯はその場を後にした。


 いやあ、何だか嵐みたいな人だったね。

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