第530話 北へ
騒動のあった夜が明け、翌朝はいい天気だ。現在、ラポントの港に停泊しているリムテコレーア号の中にある邸で、朝食の真っ最中。
そう、今回はちゃんとリムテコレーア号の姿を見せている。一応、リューバギーズの国王から紹介状を書いてもらった手前もあるしね。
港に入るのに、許可も得た。特使一行も、ラポントの港から上陸し、王都へ向けて移動している。
朝食の席での話題は、これからどうするか。
ラポントをもうちょっと見て回りたい気もするけれど、下手に街中歩いていて、偶然海洋伯と顔を合わせたりしたら大変。
まあ、領主がふらふら港街を歩いているかっていうと、それはないんじゃないとは思うけどさ。万が一という事もある。
「領主が領都をふらふら歩く事なんて、デュバルではよくある事だものねえ?」
ぐふう。リラがまだ不機嫌。ちょーっと昔染めてた髪色を使っただけなのにー。
ヴィル様も、あの後の事は気になっているらしい。証拠を探してもらった後は、船に戻ってもらったもんなあ。
「結局、金貸し達はどうしたんだ?」
「金貸しの邸の門に、証拠と一緒にくくりつけておきました。全裸で」
言い切ったら、イエル卿が吹いた。汚いなあ。とはいえ、男性陣は皆微妙な表情なんだけど。
ヴィル様が、咳払いを一つしてから質問してきた。
「……何故、全裸にする必要が?」
「その辺りは、カストルに聞いてください」
ヴィル様の視線を受けて、カストルが口を開く。
「ダックは表向き、街の名士気取りでいました。なので、わかりやすく社会的地位を落とそうと思いました」
「奴に迷惑を掛けられている者は、多いのだろう? 名士気取りでいても、周囲からの評判は違うのではないか?」
「それはそれ。旨味を得られる者達にとっては、名士扱いする価値がある者だったようです。ですが、今回の件で大恥をかきましたから、その扱いも変わるでしょう」
アヒルのようにわかりやすい悪党だけでなく、悪党の上前をはねるろくでなしもいるって訳か。
まあ、世の中白黒はっきりしない事の方が多いからね。うちだって、見方を変えれば黒に近いグレーだ。
そういった連中をうまくあしらうのも、海洋伯の腕の見せ所なのかも。
昼過ぎ、サンド様から連絡が入った。
『こちらはもうじき王都に到着するよ。そちらはどうだい? 何か、騒動を起こしたりはしていないだろうね?』
サンド様、どこかから見ていた訳じゃないですよね?
通信の画面に入っているのは、サンド様の方はひとりだけ。こちらはヴィル様と私とコーニーが参加だ。ペイロン組だね。
『何故、誰も「そんな事はない」と言わないのかねえ?』
「父上に嘘は通用しないと、心得ておりますので」
『ほう? で? 何があったのかな?』
一応、代表としてヴィル様が昨晩あった事を説明した。
『ふむ……海洋伯が、子息の手引きにより呪われていた……と。リューバギーズの王家のような話だね』
そういや、あそこも息子に呪いの手引きをされたんだっけか。こちらは、息子と手を組んだのが祖父ではなく、悪徳金貸しだったけど。
『それで、その金貸しと息子は、今はどうしているのかな?』
「夕べ、邸の門に犯罪の証拠となる書類と共にくくりつけておいたそうです。全裸で」
『は?』
あ、サンド様の目が丸くなった。まあ、驚くかもね。でも、その文句はカストルにどうぞ。私は命令していないし。
固まるサンド様に構わず、ヴィル様は続ける。
「全裸で、くくりつけているそうです。今頃、街の者に見られて騒動になっているのではないでしょうか」
『……その、金貸しは衛兵に鼻薬を嗅がせているのではないかな?』
「レラ、その辺りはどうなっている?」
「鼻薬を使われている連中は、まとめて名簿にして海洋伯の枕元に置いておいたそうです。うちの執事が」
『なるほど。まあ、海洋伯の地位にいる者が、それを元にうまく采配出来ないようでは、この国も問題だねえ』
あらー。デーヒル海洋伯の今後の動きは、この国の試金石になるのか。
サンド様からは、このままラポントに留まっても、別の街に行ってもいいと許可を得た。
ゲンエッダは広い国だから、何か面白いものが見つかるかもしれない。交易品になれば、オーゼリアの利益にもなるしね。
「という訳で、ラポントの次の街へ行きたいんだけど、どうでしょう?」
夕飯の後のくつろぎタイムに、お茶と一緒に提案してみた。
すかさず、ヴィル様からの質問が。
「海洋伯の一件は、これ以上手を出さないのか?」
「サンド様も仰ってたから、後は回復した海洋伯に任せてもいいんじゃないかと」
こっそり様子を窺っていたカストルからの情報だと、息子を廃嫡まではよくあるパターンなんだけど、その後実の子である息子に拷問を加え、余罪を洗い出しているんだとか。凄いな。
この分なら、ゲンエッダとはお付き合い出来るかもー。
金貸しアヒルの方はもっと大変で、ヴィル様達が見つけてくれた証拠書類が決め手になり、数々の罪を問われる事になったんだって。多分、極刑だろうってさ。
ちなみにあのアヒル、妻も子もいたそうだよ。意外にも妻子の事は大事にしていたようで、捕縛やら何やらに奥さんがショックを受けて寝込んでいるそうな。
家族はアヒルが何をしていたか知らなかったそうだから、可哀想ではあるけれど、本当に可哀想なのはアヒルの犠牲になった人達だからね。
あれやそれやを考えると、ラポントはもう大丈夫じゃないかなあ。どうせなら、国内で呪いを使っている元凶を探した方がいいかも。
私の意見に、全員が賛成してくれた。
「リューバギーズの件を考えても、瘴気を操る連中がこの一帯で戦争を起こさせたいのは確実だろう」
「人を呪うなんて、卑怯よ。どうせやるなら、正々堂々とでなきゃ」
「コーニー、それ、ちょっとずれてないかなあ?」
「あら、イエルは反対なの?」
「いや、そうじゃないけれど」
イエル卿、相変わらずコーニーの尻に敷かれている様子。まあ、それが夫婦円満の秘訣なら、いいんじゃないかな。
翌早朝、船から下船するのではなく、一度グラナダ島へ行ってから、カストルにラポント郊外の森の近くに馬車ごと移動してもらった。
このまま、街道に出て一路北へと向かう。ラポントはゲンエッダの港街の中でも、中央に位置していて、北と南にも港街があり、別の海洋伯家が治めているんだって。
「じゃあ、このまま北の港町へ行くの?」
「ううん、内陸に行こうと思う。ゼマスアンドとの国境付近って、酪農が盛んなんだって。いい食材がないかなーと思って」
ソーセージとかハムとかチーズとかバターとか生クリームとか。ヨーグルトもあったりするかなあ。
ヨーグルトに関しては、オーゼリアでも手に入る。山岳地域では酪農を営んでいるところも多く、バターや生クリーム、チーズも手に入るからね。
でも、乳を出す動物の差、餌の差、気候の差によって、味って変わるからさあ。その辺りに期待したい。
「レラは、食べ物の事ばかりね」
「美味しいは正義だもん!」
後、工芸品とかも探したいけれど、やっぱり美味しい物だよね!
ゲンエッダの地図は、既にカストルが制作済みだ。これによると、街道沿いに進んで北の酪農地域へは、うちの人形馬と馬車と簡易舗装を使っても三日かかるらしい。遠いな。
人間の為の午前中休憩で、街道から少し離れた場所に宿泊施設とタープとテーブルと椅子を出している。
テーブルの上の地図を見て、リラがぽつりとこぼした。
「ゲンエッダって、広いのね……」
「まるで北海道――」
「言うな」
速攻言われちゃった。でも、リューバギーズと比べても、確かにゲンエッダは広い。
この広い国土の殆どが平地で、川も多く水にも困らない。そりゃ大国になる訳だ。
「北に行ったら、少しは行動を慎んでよ?」
「失礼な言い方だな」
「あんたには前科がありすぎるから。ラポントでも、そうだったでしょ?」
うぐ。言い返せない。
「またあのとんちきなメイドスタイルをやったら、説教倍増しだからね」
「よし! 今度はリラも一緒にやろう!」
「やるなって言ってんのよ!」
声が大きくなったからか、離れたところにいたユーイン達に何事かと驚かれたらしい。
ごめん、ただのじゃれ合いです。
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