第526話 何かを間違えているような……
一夜明けて翌日、野営地にサンド様達が戻ってきた。野営地でも一番大きな宿泊施設を使って、これからの事を話すらしい。
「この国でやるべき事は全て終わったから、次へ行こうか」
後始末は、やるべきところは全てやって、残りはリューバギーズ側の問題だからと押しつ……丸投……向こうに任せてきたってさ。
「アスプザット侯爵、次と言いましても、どこに向かわれる予定で?」
突っ込んだのは、ルーンバム伯爵。彼は西に来てから、随分とおとなしいそうな。
そういや、浄化アンド解呪ツアーの最中も、何も言ってこなかったね。
ルーンバム伯爵からの質問に、サンド様は即答した。
「順番でいけばゼマスアンドだろうが、一足飛びにゲンエッダに行こうと思う」
この言葉には、室内から色々な反応が上がった。戸惑いを隠せない者、期待を膨らませる者、そして、不安を感じた者。
私は期待値が高いかな。何せ、おいしい小麦と茶葉があるし。デュバルでも茶葉は栽培しているけれど、土地や気候が違うと味が変わるからね。
実際、うちで作ったお茶より、こちらで飲んだものの方が香りが高い。その分、うちのは渋みが少なくほのかな甘さが特徴だ。
一度王都からホエバル海洋伯の領地を経由して、もらった島で少し休養。その後、船でゲンエッダへ入る予定だ。
行くならとっとと移動しよう、という事になり、翌日には出立するというスピード感。
「一応、リューバギーズ国王からゲンエッダへの紹介状を書いてもらったよ。どこまで効果があるかは、謎だけどね」
サンド様が黒い笑みを浮かべております。まあ、三国同盟を組んで、ゲンエッダに戦争をふっかけようとした国だもんね。
それらはホエムロス中央公と、祖父である彼に唆された第二王子が勝手にやった事だって話だけど。それをゲンエッダ側が信じるかは謎だ。
サンド様が既に王城側への挨拶も済ませているので、そのまま野営地を綺麗にして出立する。
相変わらず最後尾の荷馬車の荷台に、進行方向に対して後ろ向きに座る。列は結構な速度で進んでいるけれど、さすがに内陸の王都から東の端のホエバル海洋伯領までは、かなりの距離がある。
座ってるだけだと退屈なので、リラ、コーニーとおしゃべりに興じていた。
で、出てきた話題が黒幕に関する事。
今回の件、ホエムロス中央公も、誰かに唆されてたらしいよ。呪いの事もあるし、確実に黒幕はどこかにいるよなー。
「いるとしたら、どこだろうね?」
「私はブラテラダだと思うわ。最初の感じの悪い海洋伯の事は、忘れないわよ」
コーニーは私的な恨み込みで、ブラテラダ説を推すらしい。
「リラは?」
「パス。判断材料が乏しすぎるわ」
現実的だなあ。こういうのは、お遊びみたいなものなんだから、適当に言っておけばいいんだよ。
「そういうあんたは、どこ説を推すのよ?」
「うーん……ゼマスアンドと言いたいところだけれど、大穴でゲンエッダにしておく」
「はあ?」
リラもコーニーも、理解しがたいという顔だ。ふっふっふ、狙い通り。
「あんた、私達を驚かせる為だけにその説を取ったんじゃないでしょうね?」
「そ! ソンナコトナイヨ!?」
「声が裏返ってるわよ?」
冷静なツッコミだなあもう。本当だって。
「三国同盟って、一応どこか主導した国があるはずだよね?」
「少なくとも、リューバギーズ以外の国でしょうね」
リラの言う通り。ホエムロス中央公を唆した人が、国外にいるはず。
「そう考えると、ブラテラダかゼマスアンド……と思いたいけれど、ゲンエッダって大きな国だよね?」
「近隣では最大国じゃないかしら。でも、それがどうかしたの? レラ」
「大きい国であればあるほど、内情って一枚岩じゃないじゃない?」
オーゼリアもそうだったし。色々いたよね、面倒な連中。
「今のゲンエッダを変えたい、もしくは現政権を打倒したい。そんな勢力が国内にあったら?」
「そいつらが、周辺三国を巻き込んで、騒動を起こさせようとしたって事?」
「もしくは、騒動まで発展しなくても、それなりの動きになればよかった。その隙をついて、自分達の目的を達成出来るから」
「目的は、政権打倒?」
「ってのも、ありじゃないかなーって」
何故かリラとコーニーから、呆れたような視線が飛んで来る。
「そういうのには頭が回るのに、どうして第三王子の想いに気付かないのかしら?」
「そういえば、ユーイン様との間も、あちらが押せ押せできたからうまくいったって、聞きました」
「そうなのよ。あれはあれでどうかと思うけれど、それだけレラの事を想ってたんでしょうよ。なのに、レラったら……」
「今でも時折塩対応な時がありますからねえ」
「今もなの? もう、レラったら、いい加減にしないと、ユーイン様に愛想を尽かされるわよ?」
えー? 何でいきなりそんな方向に話が行くのー?
そんな他愛もない事を話しつつ、途中で野営を一回挟んでホエバル海洋伯領に到着した。港街エギケが懐かしく感じる。
船はもらった島に停泊しているそうなので、そこまではボートで移動。エギケの郊外にこっそり作った小さい船着き場から、順に乗ってもらう。
ここも、元に戻しておかないとなー。
ボートは数を用意しておいたので、往復する必要はない。乗り込んだ順に出発している。私が乗ったのは、最後のボート。
リラやコーニー、ユーイン、ヴィル様とイエル卿、そしてサンド様とシーラ様も一緒。身内ばっかだね。
おかげでリラックス出来た。やっぱり同じオーゼリアの人ばかりとはいえ、他家の人の目があるとそれなり緊張するからさー。
「さらばリューバギーズ。次来るのは、邸の改修が終わった頃……かな?」
「表立って来るの?」
「ううん、こっそり」
聞いてきたコーニーににっこり答える。そんな、正々堂々とは来ませんよ。こっそり来て、こっそり帰るさー。
「邸内に移動陣を敷いておくし、行き来はそれを使うだろうね」
「デュバルは相変わらず無茶苦茶ね」
どうしてそうなるかなあ。使えるものは便利に使い倒しているだけなのに。
ボートはほどなく、無事島に到着した。島……島、だよね?
「あれ、本当に島?」
「言わないでコーニー。私も自信ない」
目の前にあるのは、海に浮かぶ城……そんな感じの何か。
砂浜や岸壁などはなく、ぐるりと石壁が囲っている。この壁、海の中に建っているね。
ボートが進んでいくと、やがて壁に挟まれた水路へ入っていく。これ、多分レーネルルナ号がギリギリ入れる幅じゃないかな……
進んだ先に、やっと港。そこも石壁に囲まれていて、情緒もへったくれもあったもんじゃない。いつの間に、海の要塞なんか造ったんだ? カストルは。
港でボートを下りて、いつの間にか来ていたネレイデスの案内に従い、壁の門を潜る。
そこには、冷たい印象の石壁からは想像も出来ない「街」が広がっていた。
南国風の、開放感溢れる建物。道に植えられた街路樹は椰子の木だろうか。大通りの中央には花壇が設置され、色とりどりの花が咲き誇る。
いや、綺麗なのはいいんだけど、ここにこんなに力入れる必要、あった?
「お待ちいたしておりました、主様」
にこやかなカストルが、街の中央を走る大通りで待ち構えていた。
「皆様も、長旅でお疲れでしょう。ささやかではございますが、当家が皆様の為に用意した邸がございます。旅の垢を落とし、ゆっくりとおくつろぎください。ご案内は、担当の者が行います」
カストルの言葉通り、これまたいつの間にか増員されていたオケアニス達が、西行きに参加している人達を案内していく。移動には、小型の馬車を使っているようだ。
「主様と、アスプザット侯爵家の方々、およびネドン伯爵家の方はこちらへどうぞ」
カストルに案内されるまま、小型の馬車にそれぞれで乗り込む。まだ日が高い大通りをゆっくり進むのは、中々気分がいい。
甘い香りがする。花の香りかな? 区画は随分と余裕を持たせていて、その分ゆったりとした感じ。
これ、本当四つの島だったの? 大分広いんですが。
大通りの突き当たりにある大きな邸。それがデュバルの邸だった。これ、王都の離宮並か、それ以上じゃね?
「大きさはございますが、内装や外装が間に合いませんでした。申し訳ございません」
「いやいやいや、これ以上にする必要ないんじゃない?」
「いいえ。王都の離宮があれなのですから、もっと壮麗にしなくては! タイルは思いつきませんでした……いっそ、モザイク職人を養成するところから――」
「わかった。手を入れるのはいいから。それは後にして。まずは機能最優先!」
「承知いたしました」
何でそう不満そうな顔をするかなあ。今でも十分綺麗だと思うんだけど。
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