第525話 言う前に終わった

 王家の離宮というだけあって、荒れ果てていてもここはとても手が込んだ造りになっていた。そして、広い。


 まあ、くれるというのだから、もらうけどさ。既にカストルに改修を頼んじゃったし。


 あ、タイルとかは、なるべくオリジナルを残してね。欠けた部分は、元と同じになるよう修復してほしいな。


『心得ました』


 よし、これで後は出来上がりを待つだけだね。




 一通り見て回ったので、王城へ戻る事に。


「てか、このまま王都郊外の野営地に行っても、いい気がする」

「アスプザット侯爵に、連絡しなくていいのか?」

「……駄目ですねー」


 サンド様の許可はもらわなきゃ。西行きの責任者はサンド様なんだから。


 でも、もう全部終わったし、許可くらいもらえると思うんだけどなー。


「まだ、シアズシアの種と育成方法をもらってないぞ?」

「あ! しまった。それがあった」


 あれ大事。大抵の果実でジャムは作れるけれど、あの果実ほど加工に向いた実もないと思う。


 うまくすれば、ケーキにも応用出来るかもー。帰ったらシャーティに相談だ。


 あれこれをユーインとおしゃべりしながら馬に揺られていたら、あっという間に王城についた。まあ、王都内の移動だしね。


 馬は王城に返し、第三王子と一緒に王城内を行く。道順、覚えてないからね。


『こちらでナビゲート出来ますが、行いますか?』


 いよいよ迷ったらね。今はいいや。道案内がいるから。


『……承知いたしました』


 何だろう、うちの有能執事が笑った気配がした。




 王の私室に到着すると、国王、王太子、ホエバル海洋伯、サンド様とシーラ様が待っていた。


 何だか、リューバギーズ側の人達の顔色が悪い。


『サンド様、何か、ありましたか?』


 一応、オーゼリアの言葉で聞いてみる。いや、顔色悪い人達の前で、何かあった? とは聞けないって。


 でも、サンド様はにっこり笑うだけ。


『特に何もないよ。それより、もらった「邸」はどうだった?』

『広かったです。それと、大分荒れてますね。手は入れますが、元の姿を意識して改修しようと思います』

『ほう。それは、出来上がりが楽しみだ』

『ぜひ、いらしてください』


 といっても、まだもらう手続きとかあるんだろうけどなー。改修工事は、それからだね。


 さて、サンド様ににっこり笑って座るよう言われたので、腰を下ろす。室内の空気がどんよりしているんだけど、本当、何があった?


『詳しくは、アスプザット侯爵様に伺うのが一番かと』


 そうなの? でも、何もないって言われたんだけど。


『全てが終わったら、笑い話として教えてくださると思います』


 笑い話!? 笑い話でこんなどんよりするものなの!?


『彼等にとっては落ち込む話ですが、オーゼリア側にとっては単なる笑い話ですよ』


 いや、本当に何があったってのよ?


「二人共、邸の見学は楽しかったようだね」


 サンド様が、今度はリューバギーズの言葉で聞いてくる。


「ええ、広すぎて、本当にいただいていいのかどうか、ちょっと悩みました」


 嘘でーす。オーゼリアや周辺国では見ない建築様式なので、改修後を見るのが楽しみ。


 あの場所、高低差があるらしく、邸の奥側が高いんだよね。なので、建物自体が段々状態になっている。


 そして、一番奥には空中庭園のようになっている、小さな庭があったんだ。今は荒れて見る影もないけれど、花を育てれば綺麗な庭になると思う。


 中央に小さな噴水があるのも、ポイント高し。そこから十字に小さな水路が走っているのも、またいい。今は水、流れていないけれどね。


「君が気に入ったのなら、よかったよ。そうは思われませんか? リューバギーズ国王陛下」

「そ、そうだな……いや、気に入ってもらえて、本当によかった」


 まあ、王家が出す褒美を「気に入りませんでした」って突っ返されたりしたら、面目が立たないだろうし。


 偉い人からもらったものは、どんなに気に入らなくても「気に入りました」っていうのが礼儀だと思う。


 まあ、実際に気に入ったからいいんですが。




 手続きは既に調っていて、後は私がサインすればいいだけになっていた。楽ちん楽ちん。


 国王の前で、複数枚の書類にサインする。これで、あの邸……というか、元離宮は私のもの、らしい。


 あ、固定資産税みたいなの、取られるのかな? その時はその時か。


 さて、これで全部おしまい。後はカストルに頼んで……あ。


「サンド様、これから野営地に戻っていいですか?」

「そうだね。……その方がいいだろう」


 何か、含みがある言い方じゃないかね?


 首を傾げたいところだけど、突っ込むとよくない事が起こりそうだ。なので、このまま逃げる。


 あ、ユーインも一緒でいいのかな? ブレスレットを持ってるから、大丈夫だとは思うけれど。


『サンド様、護衛の方は……』

『ヴィルに来るよう伝えたから、問題ないよ。あの子と入れ替えで野営地に行くといい』


 あ、ヴィル様が来るんだ。ならいっか。


 今度は侍従が王城の玄関まで送ってくれる。カストルナビは、出番なさそうだね。


『残念です』


 また、何かの機会があるよ、多分。


 王城を出るという頃になって、何やら後ろから追いかけてくる足音。


「待ってくれ!」


 第三王子だ。案内役の侍従が驚いているから、ここに第三王子が来る事は、想定外だったようだ。


 でも、今更何の用だろう?


「は、話があるんだ!」

「はあ。何でしょう?」

「いや、ここでは……」


 ここで言えないような事なら、聞く気はないよ? 侍従の人をちらりと見ると、彼は視線だけで近場の兵士に何やら指示を出している。


 兵士は、奥へ走って消えた。凄いな、リューバギーズの王城勤務。視線だけで会話や指示が出来るとは。


 第三王子は、まだ目の前でもごもごと言っている。


「ここで聞けないようなお話なら、聞かなかった事に――」

「いや! それは駄目だ!」


 えー? もう、何なんだよ。だったら、とっとと話せっての。


 さすがにそれをここで口にする事は不敬に当たるだろうから、おとなしく待ってみる。


 何だか、グズグズくねくねしていて気持ち悪い。あ、これも不敬か。


 でもさあ、脳筋の里で育った身としては、男はばしっと言うべき時は言うものって思ってるから。


 何か、この第三王子を見ていると、グズグズ言ってたロイド兄ちゃんを思い出す。


 まあ、あの人の場合無理目な女子に片思いしたのが原因だけど。恋は人を変えるよねえ。


 で? 第三王子はまだ言いたい事を言えないんですか?


 いい加減帰ろうかと思ったところ、またしても奥から誰かが走ってくる。あ、ホエバル海洋伯だ。


「トイド殿下!!」

「か、海洋伯!? どうしてここに――」

「なりません、殿下! 彼女は既婚者です!」

「え?」


 え? 彼女って、既婚者って、もしかしなくても私の事? いや、確かにそうですが。


 それが何か?


「そんな……」


 あれ? 第三王子の様子が変だぞ? 何というかこう、ショック受けましたーって顔をしている。


 待って。私が既婚で何でそんなショックを受けるのさ。


『想う相手が、既に人妻だったと知れば、大抵の男性はショックを受けるものかと』


 何ですとー!?




「つまり、第三王子は私に惚れていて、今回の邸の件云々は父親であるリューバギーズ国王の援護射撃である……と」

「そうなりますね」


 あの後、ショックを受ける第三王子を放置して、ユーインと野営地に来た。


 で、宿泊施設でリラと一緒に、カストルから話を聞いている。


「……第三王子の気持ちも、わからないではないけれど。でも、年齢を考えたらそういう可能性に思い至らないってのがね。さすが箱入り王子様」


 リラの言う事ももっともだ。とはいえ、ここはリューバギーズ。オーゼリアとは事情が違う可能性も……


「主様、結婚適齢期はリューバギーズの方が低いですよ」

「そうなの!? じゃあ、何で」


 第三王子は、私が独身だと思ったんだろう。売れ残ってるように見えたとか?


「箱入り王子様の場合、自分の都合がいいよう妄想したってだけだと思うわよ。日本にもいたでしょ? そういう人達」

「あー……確かに……」


 あからさまに指輪をしているのに、独身だと思って妙なアプローチをしていた人、職場にいたな、そういえば。


 アプローチをした側が男性で、された側が女性。結局会社を巻き込む大騒動になって、男性が辞めていったっけ。


 ただ、女性の側も精神的ショックがあったらしく、しばらく後に退職してたけど。


 好きな相手と添い遂げたいと思うのはいいけれど、相手もそうだとは限らない。かえって想いが迷惑な時もある。


 だからといって、出会う人出会う人に「私は既婚です」って言いまくるのもなあ。


 あ。


「ユーインを『私の夫です』って紹介しまくればいいのか」

「まあ、確かにそれが一番無難かもね」


 男女問わず牽制になるし、ナイスアイデア! 自分。

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