第522話 チョロい

 移動速度が上がったおかげで、次の目的地へ到着するのが早まった。


 その結果、何が起こるかというと……


「おお! 旦那様が!!」

「間に合った……」


 という事が起こる。うれし涙を流す家令と、ほっと安心して力が抜けてるホエバル海洋伯。何ともシュールな絵面だ。


 ちなみに、現在いるのはハイド山岳伯の領地の隣にある別の山岳伯の城。


 ここでも、当主と坊ちゃんが呪われていたよ。あれか? 国境線を崩壊させたくて呪っているのか?


 城の中もきちんと浄化。呪いの影響か、ハイド山岳伯の城も瘴気だらけだったもんなあ。特に、呪われた人の周囲は真っ黒に見えるよ。


 濃い瘴気だと、普通の人にも何だか薄暗く感じるんだよね。王城とか、ハイド山岳伯の城とか、ここの城とかがそう。


 そういや、ホエバル海洋伯の領地は綺麗なもんだったね。掃除、きちんとしているのかな?


『それもあるかもしれませんが、地形的な部分が大きいでしょう』


 何それ。詳しく。


『ホエバル海洋伯の領地は、当然海に面していて、海風が入ります。瘴気は、塩分を含む海風を嫌うんです』


 あー。そういや、お清めの塩とか、あるよね。え……まさか、それと一緒?


『厳密には違いますが、似たようなものだと思ってもらって構いません。ホエバル海洋伯にも呪いの残り香のようなものがありましたから、おそらく呪われはしたのでしょう。ですが、常日頃から船に乗って海に出る彼に、呪いは効きづらかったのかと思います』


 海の塩気のせいで。何という、理由。


『比べて、山岳地帯は空気が籠もりやすく、瘴気が溜まりやすい地形です。それでも日々の生活でそこまで溜まる事はないのですが、やはり呪いやすい土地柄なのでしょう』


 意外だわー。




 山岳地帯を進むのは、うちの馬車と人形馬、それに結界を使った簡易舗装の技術をもってしても、それなりの時間がかかった。


 もちろん、途中途中で盗賊が隠れている時は、前もって催眠光線で無力化し、ヘレネに頼んでカストルの元へ送りつけていたけれど。


 それでも、ツアーご一行様……特にご婦人方に疲れが見え始めたのは、大体全ての山岳伯の半分くらいを浄化アンド解呪し終わった頃。


 一番最初に気付いたのは、リラの不調だった。


「おはよー……って、どうしたの? リラ! 顔が青いよ!」

「え?」


 返ってきた声もか細く、今にも倒れそう。私達が使っている宿泊施設は大型のもので、八家族が暮らせる造りになっている。


 当然、三組の夫婦で使っていて、リラの顔色の悪さはヴィル様も指摘していた。


「ここしばらく元気がないとは思っていたんだが……今朝になって、この調子だ」

「リラ……疲れが溜まってるんじゃない?」

「……そうかも」


 しんどそう。いくら振動が少ないとはいえ、移動距離に比例して疲労は溜まっていくものだ。


 宿泊施設を使っても、こう連日移動に次ぐ移動では、疲労が回復しきらないのだろう。


「待って。リラでこれなら、他の奥方達も?」

「私より酷いんじゃないかしら」


 リラ……こんな時くらい、人の心配する前に、自分の心配しようよ。




 これはまずいとシーラ様にご相談したら、奥方達は一度オーゼリアとの間にある島に避難してもらう事になった。


 それを私達が使っている宿泊施設でこっそり伝えてもらったところ、意外にも反発がきている。


「アスプザット侯爵夫人、失礼ですが、私は島へ行く事には反対いたします」

「理由を聞いてもいいかしら?」

「夫が苦労をしている最中に、妻の私だけが島でのうのうと過ごす事は出来ません。側にいて、具体的に何が出来るという訳でもありませんが、心の支えにはなれると自負しております」


 自分だけ、楽をするのは忍びない。それはわかるんだけど、この奥様も、化粧で誤魔化しているだけで、相当危険な状態だ。


 シーラ様は、話を聞き終わった後、笑みを浮かべた。


「バデアッツ伯爵夫人。島には、お子さんを預けてらっしゃったわね」

「え? ええ、そうですが……」

「お子さんは、まだ四歳だったかしら?」

「……ええ」

「母君が側にいなくて、今頃寂しがってはいないかしら?」


 うわー。シーラ様ったら、母が子を想う気持ちを利用するんだー。怖い。


 先程まで強気でいたバデアッツ伯爵夫人も、我が子の事を出されては弱いようだ。しかも、自分の体調不良もある。


「ねえ、バデアッツ伯爵夫人。ほんの少しだけ、お子さんに会いにいきませんこと?」

「アスプザット侯爵夫人……」

「何も、ずっと島に閉じ込めるとは言っていないのよ? ほんの少しだけ、お子さんと会ってらっしゃいな。旦那さんの事が心配なのは理解出来ます。でも、お子さんの事も心配でしょう?」

「……」

「ほんの数日ですよ。何なら、旦那さんも一緒に」

「え?」

「これは、西行きから脱落するという話ではないの。この国の辺境を回るのは、オーゼリア特使の仕事ではないのだもの。あなた方は、レラに振り回されているだけ」


 えー? シーラ様酷いー。いや、確かにホエバル海洋伯と少数人数で回るのは嫌だって思ってましたけどー。


 でも、皆で行こうって言い出したの、サンド様なのにー。


 後でシーラ様にこっそり謝られたけれど。それですぐ許しちゃう私はチョロいんだと思う。




 結局、ツアー参加のご夫婦の殆どが、一度島で静養する事になった。お子さんを預けているご家庭は、最優先で静養するようにシーラ様だけでなく、サンド様からも話がいったって。


 ホエバル海洋伯にバレないかねえ?


「大丈夫でしょう。あの人、ハイド山岳伯の一件から、浄化と解呪の事だけに集中しているもの」


 ああ、幼馴染みが後一歩間に合わず亡くなったからか。しかも、自分が意地を張ったせいで。


 たらればになるけれど、ホエバル海洋伯の馬車に繋ぐ馬を、人形馬にしておけば、多分間に合ったんだと思う。


 後は、次から次へと湧いて出てきた盗賊達に文句を言っていただきたい。


 ちなみに、本当にホエバル海洋伯にはバレなかった。一応、誤魔化しの為に幻影を使って人が大勢いるように見せかけてはいたけれど。


 あれだって、疑って話し掛けちゃえば、一発でバレるからね。それをしなかったって事は、疑っていないという訳じゃなく、疑うだけの精神的余裕がなかったんだろうな。


「結局残ったのは、いつもの顔ぶれね」

「だね」


 荷馬車の荷台に腰を下ろしたコーニーと二人で笑う。まあ、アスプザット家の人達は、鍛え方が違うし。私も一応ね。


 ユーインは元々黒耀騎士団という、王都の騎士団の中では一番過酷と言われている団出身だし、イエル卿もそれなりに鍛えているらしいんだ。ちょっと意外。


「イエルって、白嶺にいたでしょう? あそこ、他の騎士団に貸し出される団だから、それこそ黒耀に派遣されたら体力勝負になるんですって」

「その為に、鍛えてたのかあ」

「ちなみに、そうするよう進言したのは先々代の団長で、先代団長はそれを嫌ってまったく鍛えてなかったそうよ」


 先代の白嶺騎士団団長……ああ、母方の伯父ですね。元ユルヴィル伯爵。あの人、今はばあちゃんの実家の領地の隅に軟禁されてるんだっけ。


 ともかく、残ったのは体力にそれなり自信がある人達だけでしたー。




 やっと山沿い領地の瘴気浄化が終わったのは、ハイド山岳伯のところから十四日後の事。


 大小合わせて十四箇所。大体、一日に一件浄化アンド解呪していた計算だなあ。


「ホエバル海洋伯、これで全て終わりかな?」

「ええ。妙な報告が来ていた地方は、終わりです」


 カストルからも、国内に呪いが残っている箇所はないって報告が来ている。島の改造に夢中なんじゃなかったのかね?


『これも島の運営テストの一環です』


 そうなの? 何だかはぐらかされた気分なんですけどー。


 ともかく、これでやっと王都へ戻れるね。島に行ってる人達は、王都に到着してから戻せばいいか。それは、ヘレネにお任せしておこう。


 ただいま、最後の浄化地から王都への街道に入ったところ。心なしか、一行の速度が上がってる。海洋伯が、急いでいるのかもね。


「結局、この国との交易はどうするのかなあ」

「あら、レラは何とかいう果実を輸入するんじゃなかったの?」

「果実そのものを輸入するんじゃなく、種か苗を手に入れたいんだよねえ。後、育成方法も」


 うちで栽培する事にしたから、個人的にここと長く付き合うメリットを感じない。


 小麦と茶葉は欲しいけれど、あれはゲンエッダからの輸入品らしいし。


 それも、三国同盟で戦争を仕掛けちゃったら、輸入出来なくなるのになあ。どうするんだろう? この国。

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