第521話 スピードアップ

 坊ちゃんが目を覚ますどころか、ハイド山岳伯の葬儀にも出席せず、ホエバル海洋伯は城を後にした。もちろん、私達も。


 ハイド山岳伯の城に到着した時点で日が暮れ始めていたけれど、今はもう真っ暗。慌てて明かりを出したよ。


 先を行くホエバル海洋伯の後ろ姿は、心なしかうなだれているように見えた。おかげで進む足も遅い。


 何とか夕食前にはふもとの村に到着した。


「お帰りなさい」

「無事でよかったわ」


 リラとコーニーが出迎えてくれた。既に村から少し外れたところに野営地が作られていて、ツアー一行はくつろいでいるようだ。


 村に泊まらないのは、宿がないから。この村に来るのは行商人か、ハイド山岳伯の客なので、顔見知りの人の家に泊めてもらうか、城に行くんだって。


 まあ、民家に泊まるよりは宿泊施設の方が過ごしやすいよなー。




 いつも通り大きめの宿泊施設で夕食を食べようと用意していたら、サンド様とシーラ様がやってきた。


「やあ、こちらに混ぜてもらおうと思ってね」


 どうぞどうぞ。お二人を拒む人間は、ここにはいませんから。


 八人に増えた食卓は、賑やかだった。話題の中心は、ここまでの旅程が主なもの。


「それにしても、こんなに盗賊が多くて大丈夫なのかしら? この国」


 コーニーが言いたくなるのもわかるんだけど、盗賊の数と規模でいえば、ちょっと前のオーゼリアも似たようなものだったんだよ?


 私が言う前に、シーラ様がコーニーを窘めた。


「コーニー、オーゼリアだって余所の事を言えないわよ。我が国の盗賊の数が激減したのは、レラが動いたからだもの」


 え? そうなの? 私以外にも、国が動いたとか、ないんですか?


「何を驚いているの? レラ。あなたの領地に、たくさんの元盗賊が送られてたでしょうに」

「いえ、それはわかっているんですが……てか、盗賊討伐をしたのも自分なので。あれで、本当に数が減ったんですか? 国が何かやったとかでなく?」

「ええ。王宮としても、黒耀騎士団を派遣する話は出ていたの。でも、そうすると王都警備の手が薄くなるでしょう? それを嫌った一部の者達が猛反対してねえ」


 シーラ様がうんざりした顔をする。そんなに反対したのか……


「まあ、中には盗賊と繋がっていた者達もいたからこその、反対だったのだけれど」


 そっちかー。どうも、王宮の情報を流す代わりに、盗賊の上がりの一部を受け取っていたらしいんだ。


 また、盗賊が出没する情報を先に得たり、自分とこの荷馬車なんかは襲わないよう交渉していたんだって。腐ってんなあ。


「……じゃあ、この国の盗賊も、貴族達と繋がっているの?」

「その辺りは、私達が調べる事ではないわ。でも、レラが連れていった者達からなら、話は聞けるかもねえ?」


 えー、それは自白魔法で聞き出せって事ですよねえ。リューバギーズの貴族の弱みを握るのも、この先の為かもね。


「アスプザット侯爵夫人、盗賊の裏にホエバル海洋伯がいる可能性は、ありますか?」


 珍しくも、ユーインがシーラ様に尋ねている。それに対し、シーラ様の返答はシンプルだ。


「ないでしょうね」

「何故、そう思われるのです?」

「海洋伯は、レラへの態度は褒められたものではないけれど、王家への忠誠心は確かなものだと思います。それに、今回のハイド山岳伯との友誼は嘘ではないわ。もし盗賊と繋がっていたら、ハイド山岳伯へ至る道筋だけでも、襲撃させなかったんじゃないかしら」


 今回、ハイド山岳伯は救えなかった。ただ、到着が一日早かったら、間に合ったという。


 盗賊を蹴散らすのは、それなり時間がかかるし、いちいち隊列を止めないとならないから、タイムロスが発生するんだよね。


 海洋伯が人形馬を使わずとも、盗賊に襲われなければ間に合ったかもしれない。もちろん、間に合わなかった可能性も高いけれど。


「その海洋伯は、どうしてますか?」


 ヴィル様の質問に、サンド様とシーラ様が顔を見合わせた。


「ハイド山岳伯は、ホエバル海洋伯の幼馴染みだったそうでね。山岳伯を救えなかった事は、相当打撃になっているようだ」

「では、ここに海洋伯を置いていきますか?」


 ヴィル様、手厳しい。でも、悲しみに暮れるばかりの人だったら、道案内もままならないだろうし、何よりもう案内は必要ない。


 オーゼリア組だけの方が、速度を出せるしなあ。あれ? ヴィル様の提案、いい事ずくめ?


 食堂内の視線が集まる中、サンド様が口を開いた。


「それは、今判断するのはやめておこう。明日の海洋伯を見てからでもいいんじゃないかな?」

「そうですね。どのみち、今夜はここで野営する以外にありません」

「それなり長旅になっている。皆もゆっくり休んでほしい」


 確かに、ここまで王都から考えても、結構な距離だよなあ。


「サンド様、特使の他の人達、一度島に帰しますか?」

「そうしたいんだけどねえ。一応海洋伯の手前があるから、移動陣はこれ以上使わない方がいいんじゃないかと思うんだよ」


 ああ、そうか。仕方ないから、一行で具合が悪くなった人が出たら、回復魔法を使うようにしよう。


 もし体調を崩した人が出たら、遠慮なく申し出てほしい事を、サンド様に伝えてその日は終わった。




 翌日、身支度を調えて皆で朝食を食べてから外に出ると、すぐにシーラ様から呼び出しがあった。何だろう?


 シーラ様達のテント……に見える移動宿泊施設へ向かうと、サンド様と一緒にホエバル海洋伯がいる。


 夕べのしおれた様子は見えないけれど、一晩でやつれたなあ。


「おはようございます」

「おはようレラ。早速で悪いのだけれど、海洋伯の馬車用の『デュバルの馬』を用意出来るかしら?」


 デュバルの馬? ……あ! 人形馬の事か。あれ、予備を持ってきてたっけ?


『ただいま、ヘレネの収納魔法に移送しました。彼女から受け取るよう、アスプザット侯爵夫人にお伝えください』


 さすが有能執事。


「その事でしたら、ヘレネにお申し付けください」

「そう? わかったわ」


 今の私の立場は、アスプザット縁の下働きの女。雑用係のようなもの。いつものように、気安くシーラ様に答えてはいけないのだ!




 ホエバル海洋伯の馬車に繋がれていた馬は、ここに置いて行くそうだ。手紙で領地へ迎えを寄越すよう連絡するらしい。


「これで少しは速度が上がるだろう」


 ヴィル様がうんざり気味に呟く。「デュバルの馬」は、頻繁な休憩も、餌やりも必要ありませんからね。


 しかも、一定の速度を保ってずっと走っていられる。まあ、人間は休憩を入れないともたないけど。


 私とリラ、コーニーは定位置の荷馬車の後ろに乗り、出発を待つだけ。


「そういえば、この馬車はあまり揺れないけれど、柔らかい結界を作ってお尻の下に置くとね」

「……あら! これ、ふわふわだわ!」

「でしょ?」


 コーニーもお気に召した様子。リラにも作ってあげると、何やら眉間に皺が寄った。何で?


「これ、エアクッションじゃない……」


 ああ、そういえばそうだね。


「だからって、顔をしかめる事ないでしょうよ」

「ちょっと嫌な思い出があるのよ……」


 エアクッションに嫌な思い出って。どんなだよ。




 王都からハイド山岳伯の領地まで、頻繁に入れていた休憩が午前中、昼、午後、夜間と変更になった。


 で、今は山道を下りてきた辺りの街道沿いで、午前中の休憩中。


「休憩が少なくなると、何だか疲れが溜まりやすくなりますわねえ」

「本当に。ですが、急いでらっしゃるって話でしたわね」

「あら、でしたら最初から……まあ、私とした事が。いけないわ」

「ほほほ。まあ、それも改善されましたものね」


 奥様方の、そんな他愛もない会話が耳に入る。ツアーご一行様のオーゼリア組には、全員リューバギーズの言語情報を強制インストール……のようなもので覚えてもらっている。


 でも、今彼女達が使ったのはオーゼリアの言葉。当然、リューバギーズ側……というか、ホエバル海洋伯側には理解出来ない。


 でも、何か言われているとわかっているのか、何だか海洋伯の肩身が狭いように見えるよ。


 こればっかりは、何も出来ないからねえ。頑張ってくれたまえ。

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