第520話 あと一歩

 思いついた事をシーラ様に提案したら、にやりと笑った。


「いいわね。やっておしまいなさいな」


 シーラ様、何だか悪役のようですよ? でも、許可が下りたからやっちゃえー。カストルー受け取りよろしく。


『お任せ下さい。場所の誘導も、こちらで行います。主様は、術式のみ展開してください』


 了解ー。いやあ、有能執事達がいると楽だねえ。




 あれ以来、山道に盗賊は出てこない。その前に、全部眠らせてカストルに送ってるからねー。


 それにしても、随分山賊の数が多いなあ。


『おそらく、治安維持の手が回っていないのでしょう』


 まあ、街道や山道も酷いもんだもんね。国力自体が落ちてるのかな?


『トップが呪われるくらいですからね』


 いやあ、あれは知らなければ手の打ちようがないんじゃないかなー。ちょっとそこには同情する。


 山道は、片方が斜面、片方が崖という、なかなかスリリングな道だ。落ちたら終わり。


 なので、結界の形状をトンネルの形状に変えておく。これなら落ちる心配もないでしょう。


 山道に入って日が暮れる頃、やっと目的地に着いたらしい。


「おお、やっと到着かー」

「随分と掛かったわねえ」

「さすがに、ずっと座りっぱなしで足が浮腫みそう」


 コーニーもリラも、荷馬車から降りて体を伸ばしている。


 到着したのは、山間の小さな村だ。ここに、解呪が必要な人がいるの?


「レラ」


 声が掛かる。シーラ様だ。


「解呪が必要なハイド山岳伯の邸へ行くわよ」

「はーい」


 なるほど。ここの領主はハイド山岳伯というのか。


「気を付けてね」

「解呪以上の事はするんじゃないわよ?」


 コーニーはまだしも、リラ、君は私の事を何だと思っているのかね? ちょっと小一時間ほど問い詰めてもいいかなあ?




 ハイド山岳伯の邸は、山間の村からさらに奥、山頂にある城がそうだった。


「これ、戦争の為ですかねえ?」

「でしょうね」


 同行してくれたシーラ様に小声で尋ねると、同意の言葉が返ってくる。


 高いところに城を築けば、周囲がよく見えるもんね。敵が来たって、すぐわかるよ。


 後、単純に高いところの城は落としづらい。山の向こうは、内陸の国だったっけ。そこから、攻め入られた事があるのかも。


 ハイド山岳伯の邸……城までは、小型の馬車に乗っていた。馬車っていうか、荷馬車?


 これがまた、揺れるんだ。簡易舗装程度じゃどうにも出来ないほど。こんな事なら、サンド様やユーインのように馬に乗るんだった。


 ちょっと乗っただけで辟易したので、馬車の中に結界を張って、馬車と物理的に切り離す。はー、これで振動がお尻に響かない。


「あら、いいわね、これ」

「結界の応用なんで、簡単に出来ますよ。ついでに、柔らかい結界を作ってお尻の下に敷くと……」

「これはいいわ!」


 シーラ様にも好評の様子。荷馬車の床に直に座ると、色々と響いて嫌ですよねえ。空気を間に挟むと、温度も遮断出来て振動も抑えられますよ。


 女性に冷えは大敵。




 到着した城は、山の岩城って感じ。土台が岩盤で、その上に石材で城を建てている。厳めしい外観だね。


 ホエバル海洋伯の先導で中に入る。既に話は通っているのか、すんなり入れた。


 白い髪と髭の執事らしき人物が、城の中を案内してくれるようだ。


「まずはハイド山岳伯の元へ」

「その事なのですが……旦那様は昨日、お亡くなりになりました」

「何だと!?」


 え……まさか、呪いが原因で? 同行しているサンド様達と、顔を見合わせる。


「間に合わなかったのか……」

「ですが、若君も旦那様と同じ症状に見舞われておりまして。出来ましたら、若君の治療をお願い出来ませんでしょうか?」


 海洋伯が、こちらを振り返る。


「解呪対象が変わっただけだ。構わないな?」


 軽く頷いた。いいですとも。もらった報酬分は仕事をするよ。




 案内された先は、城の二階奥。ここが、山岳伯の跡継ぎがいる部屋?


「失礼いたします。若君、ホエバル海洋伯がお見えです」


 部屋の中からの返事はない。執事さんによると、数日前から高熱を出し、意識ももうろうとしているんだとか。


 なので、執事さんがそっと扉を開けて、私達を中に入れてくれた。おおう、瘴気で部屋が真っ黒。


「……先に、瘴気を浄化しますか?」

「レラに任せるよ」


 ホエバル海洋伯は、若君とやらが横たわる寝台に駆け寄っていて、こちらに意識が向いていない。


 なので、サンド様とこそこそとやり取りし、先に室内の瘴気を払う事にした。でも、これだけ濃いと結構光りそうだなあ。


 ちょっと考えて、室内の人間だけに外側の光が入らないようにする逆遮光結界を張る。これで眩しくはならないはず。


 それと、部屋全体に、外へ光が漏れないよう、遮光結界を張る事も忘れない。さて、これで遠慮なくやれるな。


 では、浄化!


 いやあ、ビカーっといきましたわー。


「レラ、魔力の動きは感じたのだけれど、瘴気はもうないの?」


 シーラ様が小声で聞いてくる。


「ええ。あれだけ室内が瘴気だらけだと、浄化の光が凄い事になるので、あらかじめ目を潰さないよう遮光結界を張りまくりました」

「ありがとう」


 わーい、シーラ様にお礼を言われちゃったー。


 さて、寝台に横たわるハイド山岳伯の坊ちゃんは、どんなかな?


 ホエバル海洋伯の後ろから覗き込んだ坊ちゃんは、年の頃二十五、六。ユーイン達に近い年齢かな。


 苦しそうに眉根を寄せているけれど、それがなかったらなかなかのイケメンじゃないかね。


 で、彼の周囲にも、黒い瘴気の靄。室内に蔓延っていた瘴気は、彼にかけられた呪いが原因だね。


「ホエバル海洋伯、場所を彼女と変わってもらっていいかな?」

「あ、ああ、はい」


 何だろう、海洋伯が何だか随分落ち込んでいる。ハイド山岳伯とは、親しかったのかな?


 当人の解呪が間に合わなかったのが、辛いのかも。せめて、坊ちゃんの呪いはしっかり解呪してやろうじゃないの。


 さっき張った遮光結界はまだ効いている。なら、遠慮なく行っちゃいましょう! 解呪!


 やっぱりすっごくビカーっと光りましたとも。ただ、遮光結界が効いているから、室内の誰にもわからないんだよねー。いや、わからなくていいんですが。


 解呪の効果が出たのか、坊ちゃんの顔色は大分いい。苦しそうな表情ももう見えず、穏やかな寝息を立てているよ。


「ああ! 若君!! ありがとうございます! ありがとうございます」


 執事さんに、涙ながらにお礼を言われちゃった。


 本当なら、ハイド山岳伯本人も救いたかったんだけどね。間に合わなかったのは仕方ない。


 ……って訳でもないかも? 王城でのんびりしていなければ、間に合ったんじゃね?


 そっとサンド様を見ると、ちらりとこちらを見て、唇に人差し指を当てた。何も言うなって事ですね。


 王城の浄化や解呪を休み休みやったのは、決して出し惜しみした訳じゃないのだよ。普通の人なら、あれだけの規模の浄化と解呪をやったら、ひっくり返るんだって。


 ただ、私は魔力量が尋常じゃないから、連発して出来るんだけど。多分、それをホエバル海洋伯に知られるのは、得策じゃないってサンド様は考えているんだろうなあ。


 やっぱり、リューバギーズとのお付き合いは、短いかも。




 てっきり坊ちゃんが目を覚ますまで城で待つのかと思ったけれど、ホエバル海洋伯が急いで出立すると言い出した。


「ハイド山岳伯が間に合わなかったという事は、他でも間に合わず命を落とす者がいるかもしれない。どうか、急いでほしい」


 ホエバル海洋伯の態度に、思わずサンド様と顔を見合わせる。


「ホエバル海洋伯、失礼だが、ハイド山岳伯とは親しかったのかね?」

「ええ……幼い頃、同じ剣の師匠に学んだ仲です」


 幼馴染みかあ。その後、それぞれの領地に戻っても、手紙のやり取りをずっと続けていたくらいの仲だそうな。


 そんな相手が、一歩間に合わず亡くなったと知って、かなりショックみたいだ。


 それでも、王城でのんびりしていたからだ、とこちらを責めないのは評価したい。


 もっとも、そんな事をしたらこの場でぶっ飛ばしてリューバギーズから出て行くけど。

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