第519話 出来ないのもそれなりに辛い

 浄化アンド解呪ツアーご一行様は、山道に入った。いやあ、出てくる出てくる山賊達。


「キリがないわね」


 さすがのシーラ様も、うんざり気味だ。


 現在、馬の休憩の為山道で小休止中。少し体を動かすという名目で、シーラ様が最後尾の荷馬車まで来てくれたのだ。


 本来、サンド様とシーラ様は列の前の方の馬車に乗ってるからね。


「デュバル製の馬車を回してもらったから、乗り心地はいいのだけれど、ずっと座りっぱなしだと体がなまるわ」


 さすがペイロン出身のシーラ様。そしてそんなシーラ様の言葉にうんうんと頷いているのは、彼女の娘のコーニー。


「まあ、いい運動の為と思いましょうよ」

「そうね。ところで、イエル卿はこちらには来ていないの?」


 コーニーの旦那であるネドン伯爵イエル卿は、やっぱり列の前の方の馬に乗っている。


 剣はからきしらしいけれど、魔法の腕はいいからね。今は列全体の結界を私に変わって張ってくれている。


 これも、ホエバル海洋伯対策だってさ。


 そのホエバル海洋伯は、今も元気に列の先頭を陣取っているらしい。


「彼は海戦上手なんだそうよ」

「そうなんですね」


 まあ、「海洋伯」なんて身分を持っている事からもわかるように、ホエバル海洋伯は海からの侵入者を防ぐ立場なんだって。


 船で襲いかかってきた海賊や他国の軍を退け、負け知らずなんだとか。


「その分、政治手腕はちょっと……ね」


 あー。何かとは言わないけれど、色々と……ね。


 海の上の戦が得意なら、陸の戦は下手なんじゃね? とも思うけれど、局地戦なら問題ないんだってさ。


 こっちの海戦って、船同士をぶつけ合ってからの白兵戦が主らしい。肉弾戦かー。


 揺れる船の上でも確かな剣の腕ならば、揺れない陸上ではさらに強いのでは?


 本来なら、四十路らしいホエバル海洋伯の体力はそろそろ衰えを見せる頃なんだろうけれど、そんな素振りは一切見えないそうだ。


 例外って、どこにでもいるよね。ペイロンとかペイロンとかペイロンとか。


「それよりも、こんな山奥で山賊を捕まえても、街まで連れて行くのも一苦労じゃない?」

「とはいえ、ここで始末する訳にもいかないでしょう? その辺りは、イエル卿と協議しているわ」

「あら」


 って事は、魔法でどうにかしようって訳か。


『こちらの島に送ってくだされば、如何様にも使いこなしてみせますが』


 いや、山賊退治に私はほとんど関わってないから。横から「ちょーだい」っていうのも嫌だしさ。


『ですが、扱いに困るのですよね? ネドン伯爵様に、お話を通してはもらえませんか?』


 うーん。イエル卿なら、コーニーに頼むのが一番なんだよなあ。でも、その前に。


「シーラ様、ちょっといいですか?」

「何かしら?」


 何故、そこでにやりと笑うのですかね? シーラ様。内心首を傾げていたら、隣からコーニーが声を掛けてきた。


「レラ、悪巧みが顔に出ているわよ?」


 え? マジで?




 捕まえた山賊を、イエル卿に頼んで移動陣を使い、私がもらった島まで運んでもらえないか。


 そんな提案をしたら、シーラ様の笑みがますます深くなったのだけれど。


「いいわね。山賊の身柄に関しては、私達に権利があるそうだから」


 どこも、賊なんてのは捕まえた人の「物」だってさ。普通なら、街の衛兵に引き渡して報酬をもらう程度。


 でも、デュバルだといい労働力になるんだよなー。


「それをイエルに伝えるのね? なら、呼んでくるわ」


 コーニーはその場をパッと走り去り、列の前の方へ行ってしまった。足速いなあ。


「でも、移動陣で運ぶと言っても、対応する簡易移動陣はどうするの?」

「それについては――」

「お話中、失礼いたします」


 シーラ様の疑問に答えようと思ったら、ヘレネから声が掛かった。


「カストルより、こちらが届きました」

「……用意がいいなあ」


 ヘレネの手にあるのは、簡易式の移動陣。対応するのは、今カストルがいる、今回の諸々の件の報酬として私がもらった島に設置済みのはずだ。


 オーゼリアの人達は、移動陣がどういうものか、知っている。でも、リューバギーズの人達は知らないんだよね。


 これを見たホエバル海洋伯がどう思うか。




 コーニーはすぐにイエル卿を伴って戻ってきた。


「お待たせー。何か、策があるんだって?」

「ええ。これです」

「これ? って、簡易移動陣? え……まさか、あの山賊共、ペイロンに送るつもり? てか、こんな長距離もいけるんだ……」


 あら、そっちに解釈したのか。


「まあ、移動先は考えなくていいですよ。申し訳ありませんが、この移動陣を起動してもらえます? あ、起動用の魔力はこちらを使えば問題ないと思います」

「魔力結晶まで用意しているの? 手回しいいねえ」


 ええ、うちの執事がやった事ですが。


 移動陣って、起動にもの凄く魔力を使うからね。オーゼリアでもほいほい使うのはうちくらいじゃないかなあ。


 私、魔力量には自信がありますので。


 他の人の場合、起動するだけでお高い魔力結晶をいくつも使用する事になるしねー。しかも、移動陣設置にもお金が掛かるから。


 貴族ですら簡単には手が出せない金額ですよー。


 今回はイエル卿に起動してもらうので、こちらで魔力結晶は用意した。しかも、高圧縮型魔力結晶の最新版。


 これに関しては、分室の一部が今でも研究を続けているそうで。仕事熱心なのはいい事だ。




 後はホエバル海洋伯を言いくるめて、賊達を移動陣で島まで送ってもらうだけ。後はカストルが何とでもするでしょう。


 頼んだよー。


『お任せ下さい』


 律儀な執事だ。




 イエル卿が移動陣で賊達を送ったら、ホエバル海洋伯が目を剥いたそうな。


「これまでにも、色々と見ているというのにねえ」


 のんびり言うのはサンド様。現在、一行は昼食の為の休憩中。


 山道の中には、いくつか見晴台のような場所があり、馬を休めたり出来るんだって。


 で、ついでに人間も休みましょうって訳。


 今日の昼食も、デュバル直送の料理達です。いやあ、おいしいなあ。


「デュバルにはいい料理人がいるのねえ」


 食事が一通り終わり、食後のお茶の時間にシーラ様がぽつりと呟く。


「ええ。彼も何やらゴタゴタに巻き込まれて住んでいたところを追い出されたそうですよ。これだけの腕前の料理人を解雇するなんて、もったいないですよねえ」

「ああ、それ、貴族派の家じゃなかったかしら?」

「そうなんですか?」


 追い出した家の名前までは、聞いてなかったなあ。


「あの家、今ではビルブローザ侯爵家に睨まれていて、見る影もないそうよ」

「ほほう」


 やっぱりおかしな事をするような家は、派閥のトップからも嫌われるんでしょう。


 前の爺さんの代なら、違ったのかもねー。




 食事の後、サンド様とシーラ様、それにユーイン、ヴィル様、イエル卿はそれぞれ列の前の方へと帰って行く。


「今、どの辺りなんだろうね?」

「聞いておけばよかったわね」


 コーニーと何げない会話をしていたら、ヘレネがにこりと微笑んだ。


「もうじき、最初の目的地が見えてきますよ」

「そうなの?」

「はい。カストルが3Dマップを作成しましたから」


 いつの間に……


「すりーでぃーまっぷ……って、何?」

「立体的に見える地図の事。この山で言うと、どのくらいの高さに街があって、どのくらいの高さに私達がいるか、わかるってやつ」

「見てみたいわ!」


 まあ、そうなるよねー。


 ヘレネに頼んで、簡易表示モードで表示してもらう。彼女の手のひらの上に描き出された山の地図は、何だかシュールだ。


「青い点が現在の一行の位置です。黄色が目的地になります」

「この、赤い点は?」

「敵の位置です。性懲りもなく、山賊が襲ってくるつもりのようですよ」


 いやヘレネ。そんな事をさらっと言わないで。てかコーニー、目をらんらんとさせないで。置いて行かれる私の身にもなってよー。


 あー、いっそ遠隔で催眠光線で眠らせて、そのまま島に送りつけちゃいたい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る