第518話 出番なし

 浄化アンド解呪ツアーご一行様は、王都から伸びる街道をのんびり進んでいる。


 ただいま、土砂降りの中街道を逸れて午前中の休憩時間。道案内役のホエバル海洋伯が空を見上げて呆然としている。


 何やってるんだろうね?




「雨が降っているのに、自分達が濡れていない事が不思議だったそうだよ」


 午前中の休憩の次、お昼休憩の際にぽつりとこぼしたら、サンド様が教えてくれた。


 お昼は大きめ移動宿泊施設の食堂で、変装中の六人に加えてサンド様、シーラ様の八人で食べている。


 サンド様と私に関しては、ホエバル海洋伯が近場の領主のところで一緒にと誘ってきたそうな。


 でも、サンド様がしっかり断ってくれた。


 だって、この雨の中ずぶ濡れになりながら余所の家でご飯とか、何の罰ゲームですか。


 海洋伯に食い下がられたそうだけど、一行から外れたらずぶ濡れになるよ? ってサンド様に言われて、諦めたらしい。


 海洋伯一行も、今は自前のテントで昼食中だ。万一の為に持ってきた保存食を食べているらしい。調理人くらい、連れてこなかったんだ……


 ちなみに、私達が食べている昼食は、デュバル領主館であるヌオーヴォ館の料理長が作ったもの。


 しかも、リューバギーズに用意してもらった食材を使って。


「うん、中々の味だねえ」

「やはり、小麦はいい味ね」


 リューバギーズで用意してもらった小麦を使い焼いたパンは、香りも味も凄くいい。これは、焼き菓子にも期待が出来る。


 ちなみに、ヌオーヴォ館のパティシエは、シャーティの店で修業をした人だ。なので、うちのスイーツはかなりのクオリティである。


 今日はデザートでなく、三時のお茶のお茶請けに、こちらの小麦を使った焼き菓子を用意してくれたそうな。


「皆様、お口に合いましたでしょうか?」


 にこやかに問うてくるのは、ヘレネ。ええ、ヘレネです。ネスティではなく。


 こちらの食材をデュバルに運び、料理長が作った料理をすぐにこちらに持ってきたのは、彼女。


 ヘレネ曰く、「カストルは新しい島の整備に夢中で、ネスティはブルカーノ島の増築に着手しているので手が空かないのです」だって。


 ポルックスの存在は? 聞いた私に、ヘレネはにこやかに笑うばかり。これは、聞くなという事ですね、わかります……


 ちなみに、運ぶ際に検疫も全て済ませたってさ。結果、オールクリアだそうな。よかったよかった。


 うちの料理長が作った料理は、どれも素晴らしい味。いやあ、さすがだわ。送った食材の中には、見た事もないようなものも混ざってたのにね。


 素材の味を生かしつつ、最高の味付けにする。プロの技ですわー。


 おいしい昼食を食べ終わり、移動宿泊施設の外に出ると、ザーザー降りだった雨が上がっている。


 まだすぐ上の雲は重いけれど、これから向かう方角の空は明るいね。これなら、この先の天候は心配いらないでしょう。


 もっとも、嵐が吹こうが槍が降ろうが結界張って進むけどな。




 生きてる馬には定期的な休憩が必要だし、水も飼い葉も必要だ。何が言いたいかというと、ツアーご一行様が度々止まって進みが遅いのは、ホエバル海洋伯が乗っている馬車に繋がれた馬を休ませる為。


 いえ、それが普通ですからあ? 誰も「あなたのせいですよ」とは言いませんけどお?


 でも、せめて馬だけでもこちらが用意したものを使わない? って言ったのにねー。拒否したのは向こうだ。


 その結果、予定よりも進みが大分遅れてますけどお。


「まあ、我々は急ぐ旅でもないからね。ゆっくり行こうか」

「そうですねー」


 三時のお茶の時間。またしても街道から離れて移動宿泊施設でのんびり過ごす。


 ちなみに、この移動宿泊施設って外から見ると四角いコンテナのような見た目なんだけど、今はホエバル海洋伯の手前、普通のテントに見えるように偽装している。


 どうやっているのかは、ヘレネのみぞ知る。いや、幻影を上から被せている程度だと思うけどね。


 おかげで、ホエバル海洋伯に何か言われる事はない。


 本日のお茶請けは、スコーン。これがまたさっくりふわっとでおいしいんだ。つい乗せるジャムの量が増えるというもの。


 ちなみにこのジャム、リューバギーズから持ち込んだ食材にあったフルーツを使ってるってさ。赤い実なのは苺っぽいけど、甘さより酸味が強いみたい。


 それが甘いジャムのアクセントになっていて、大変美味。この果実、リューバギーズの固有種なら、種か苗を手に入れたいな。


 うちで栽培したい。


 ちょっとそんな事を考えていたら、隣のリラが顔を覗き込んできた。


「また何かよからぬ事を考えているわね?」

「え!? そ、そんな事ないよ!?」

「あんた、嘘は下手なんだから、諦めなさい。で? 何を考えていたの?」

「……このジャムに使ってる果実を、うちで栽培したいなあって」

「……そこは交易品に入れるって訳じゃないのね」

「うん」


 だって、リューバギーズとはどこまで付き合うか、未知数なんだもん。


「それで? 栽培だけで終わらせるの?」

「ジャムを作ってホテルやリゾート地で出す! ついでにそこ限定で売る!」


 やあ、やっぱり作物を作ったら、売る方法まで考えたいよね。


 リラは、私の言葉を聞いて少し考えている。


「売る場所は、王都のアンテナショップと、ネオヴェネチアも加えて。何となく、そうしないと問題が起きそう」

「お、おう」

「ジャム作りなら、領民でも参加出来る仕事になるし、工場も作りやすいわ。飛び地が増えて、仕事にあぶれる領民の数も増えたから、その対策にもなるし」

「そうなんだ?」

「報告書、出してあるはずだけど?」


 リラに睨まれた。ええと、まだ目を通してないんじゃないかなあ?


 領地に帰ったら、執務室の机の上に書類が山積みになってそう……




 ツアーそのものは順調だ。トラブルもなく、平野を進んでいる。


 もう少しすると山間部に入るそうで、そろそろ森とかが多くなるって聞いた。山に入ったら、道が狭くなるかもね。


 その為にも、結界をもうちょっと補強しておこうかなあ。転落事故とかあったら、洒落にならない。


 荷馬車の荷台の最後部、進行方向とは後ろ向きになるよう座って、通り過ぎていく景色を眺めるのもいいもんだ。


 リラやコーニーと他愛ないおしゃべりをしつつ、過ごす時間。いいねえ。オーゼリアにいると、仕事に追われまくるから。


 たまにはこんなゆっくりと流れる時間を堪能するのも、いいんじゃない?


 ふと、先頭から馬が駆けてきた。ユーインだ。


「アスプザットから伝言だ。この先の森で待ち伏せている一団がいるらしい」

「盗賊かな? それとも、私達を邪魔しようとする集団?」

「正体はまだわからない。一応、気を付けておいてくれ」

「了解ー」


 盗賊か。盗賊だといいな。島の労働力に使えるんじゃないかな?


『ぜひ、無傷で捕まえていただきたく』


 カストルからもゴーサインが出た。よし、じゃあ浄化のついでに地域の「お掃除」もしておこうか。


「レラ、悪い顔になってるわよ?」

「そういうコーニーこそ。楽しそうなんだけど?」

「ここ最近、運動不足だったと思わない?」

「そうだね。たまには、思い切り体を動かしたいよね。じゃあ、催眠光線は封印しておこうか」

「そうしてちょうだい。さて、私の剣はどこに置いたかしら……」


 楽しそうなコーニーとは対照的に、リラは顔が引きつっている。


「大丈夫だよ、リラ。ちゃんと護るから。というか、そのブレスレットを付けている以上、危険な事なんてないない」

「いや、これの性能はしってるけれど……それでも、目の前で人が殺されたりするのはちょっと勘弁……」

「大丈夫、殺さないから。生け捕りにしてほしいって、カストルにも言われたし」

「あいつ! 何考えて……って、労働力確保か……まったく」


 はっはっは、そういう事です。理解が早くて助かるわー。


 カストルからは無傷でってリクエストだったけど、それはちょっと無理かもね。


 でもまあ、怪我を負ってもすぐに回復させるから、何とかなるでしょ。




 正直、盗賊達は出落ち状態だった。森から出て来たところを、まずユーインとヴィル様が剣でなぎ倒し、後から出てきた連中はサンド様とシーラ様が同じく剣で振り払う。


 取りこぼしはコーニーがしっかり手足の腱を切って行動不能にする。あれ? 私の出番ないや。カストルごめん。労働力ゲットならずだわ。


『皆様にお怪我などがない事が、一番かと存じます』


 ありがとー。


 今回捕まえた盗賊達は、近くの街に突き出す事になった。


「いらないのか?」


 聞いてきたのはヴィル様。


「いやだって、今回私何もしてませんし」


 こっそり、後ろから剣を持つ皆の周囲に保護用の結界を張っておいたくらいかな?


 その程度で、「あれ全部ちょうだい」は言えませんて。


 私の意見に、ヴィル様も頷く。


「まあ、今回の道中は私達に任せておけ。お前は浄化と解呪に専念するといい」


 ああ、やっぱりそうですよねー。納得していたら、ヴィル様が声を潜めた。


「間違っても、向こうの連中の前で派手な事はしないようにな」


 目を付けられるって事ですね。了解しました。

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