第513話 お強請りしちゃえ
本人はぴんしゃんしてるんだが、倒れたという事で、目覚めてから二日間、寝台から出る許可が出なかった。
「何ともないのにー」
「念には念を……ですよ」
ちぇー。
ユーインは、あれ以来少ない口数がさらに少なくなっている。それでも、私の側から離れるのは嫌なのか、常に寄り添ってくれた。
ぶっちゃけて言っちゃえば、私って誰に護ってもらう必要もないんだよね。魔法には自信があるし。
ただ、今回の件はユーインも言うように、心の傷になりかねない。まあ、それもカストルがちゃちゃっと魔法治療を施したらしいんだけど。
「主様の言う魔法治療とは少し違いますが、記憶を消去する事なく、現実感を薄めさせるという事は出来るんです」
さらっと怖い事を言う。
でもその技術、トラウマ解消にもってこいなのでは?
「そうでしょうね。ですが、この程度でしたらそのうちニエール様が自力で開発しそうですよ」
「うーん」
必要に迫られれば、研究するかもなあ。ただ、既に魔法治療という技術が確立されているから、ニエールの食指が動くかどうか。
いざとなったら、研究するよう誘導してみよっかな。
寝台から出られなくても、相談は出来る。
「という訳で、あの二人からこんな依頼が舞い込んできましたー」
「まったく、あの二人は……」
見舞いにかこつけて部屋に来てもらったサンド様に、第三王子とホエバル海洋伯からの依頼を伝える。
そういやあの二人、報酬の事、何も言わなかったね。よもや、無報酬でやれとか言うのかな?
「第三王子の方は、報酬という考えそのものが薄いんじゃないかな。育ちが育ちなのだし」
「ああ、お坊ちゃんですもんね。しかも一番の」
「レラ、そういう事は思っても口にはしないように」
「はあい」
「ただ、ホエバル海洋伯はわかっていて煙に巻こうとしているね。彼は利に敏い人物だ。君を利用出来ると踏んだんだろう」
「えー」
そんなに安くないんだぞ? 私は。遺憾の意を示すと、サンド様が笑った。
「まあ、今の君は私縁の庶民の娘という事になっているからね。実際の身分を出せば、さすがの海洋伯も君を便利に使おうとは思わないさ」
「身分による差別って、どこの国でもあるんですね」
「それは仕方ない。まあ、しない方がいい事ではあるけれどね」
ある程度の線引きは必要とは、ペイロンでも習った。いざとなった時、責任を取るのは貴族の側であって、平民ではない。
そして、その「いざという時」があるからこそ、貴族は貴族として成り立つのだとも。
この場合の「いざ」ってのは、戦争だったり何だったりで、戦わなくてはならない時。平民に戦闘訓練をさせる領地なんて、まずないからね。
「ともかく、そういう事ならあの二人との交渉は私がやるが……瘴気と呪いの解呪、やるのかい?」
「……やった方がいいですか?」
「まだ、何とも言えないね」
うーん。交易相手になるなら、やるべきだ。国が潰れたら、交易どころではないもの。
でも、交易相手にならなかったら? 報酬を出し渋るような国とは、ちょっとお付き合いしたくないんですけどー。
うんうん唸っていたら、部屋の隅にいたカストルから声が掛かった。
「差し出口とは存じますが、意見を申し上げてもよろしいでしょうか?」
「何?」
「主様、報酬に海洋伯に島を強請ってください」
「島?」
また、何で?
「こちらに、リューバギーズとその周辺の地図をご用意いたしました」
そう言うと、カストルはどこからともなく一枚の大きな紙を取り出す。そこには、確かに地図が描かれていた。
「ここがホエバル海洋伯の領地エギケです。ここから東南に向かったところに、四つの小さな島がありますね?」
「あるな」
「ええ」
サンド様と一緒に覗き込んだ地図には、カストルが言う場所に確かに島がある。縮尺を考えると、かなり小さな島だ。
「この四つの島全てを報酬として強請ってください」
「で? この島、どうするの?」
「西大陸への足がかりとします」
はい?
カストルの計画では、四つの小さな島を埋め立てて、一つの大きな島にするそうな。
「埋め立て……」
「出来るの? そんなの」
「出来ますよ? ブルカーノ島という前例がありますでしょう?」
そうだった。あそこ、カストルが作った人工島だったわ。
「港と船の補修が行えるドックを要し、巨大移動陣を設置すればオーゼリアへのものの移動が楽になります」
「ほう」
この話に興味を示したのは、サンド様だ。
「大海を越えて、船で荷を運ぶよりは安価に運べます。集積地はデュバルのブルカーノ島になりますが」
あそこ、そんな余地あったっけ?
「この島が手に入り次第、ブルカーノ島にも手を加えて集積所を造りましょう」
後付かい。
カストルからの提案を受けて、サンド様が少し考え込んでいる。結果。
「よし、これから二人と交渉してこよう。決まったら、頼むよ。レラ」
「お任せ下さい」
移動はまあ、人形馬を使うかデュバル製の馬車を使えば楽でしょう。道路事情が悪くとも、結界による簡易舗装が使えるし。
カストルは今から島の手入れを考えているらしい。まだ手に入れてないっての。
「問題ありませんよ。向こうは断れません。大丈夫、居心地のいい島にしてみせますから」
いや、そういう事を心配しているんじゃなくてだね。
……まあ、いっか。
サンド様が粘り強く交渉してくれた結果、無事四つの島を手に入れる事が出来た。
「使い道のなさそうな島なのに、やるとなると惜しいのかな」
「いや、ホエバル海洋伯は、あそこをこちらが押さえる事の意味を、ちゃんと理解していたよ」
サンド様の言葉に、首を傾げる。どういう事?
「レラ、国が領土を他国の人間に譲り渡すという事の危険性を、もう少し学んだ方がいい」
「えー……でも、フロトマーロでは普通に土地を買えましたよ?」
「それは小王国群の国だからだよ。あそこに攻め入ろうという人間は少ない。ある意味、征服しづらい土地だからね」
旨味がないしな。乾燥してて、ろくな資源もない。土地を手に入れたとしても、私でなければ有効活用出来なかったかも。
「でも、リューバギーズは違う。目と鼻の先に、他国の領土になった島があったら、海洋伯として気が気じゃないだろう。そこを足がかりに、いつ攻め入ってくるかわからないのだから」
戦争って、武器や人、それに食料が大量に必要になる。オーゼリアがリューバギーズと戦争する場合、長い航海を経た後になる訳だ。
兵士は疲れ、食料も乏しくなる。そんな中で戦争をやっても、オーゼリアが勝つ事はないかもしれない。
でも、食料や人を休めたり船を大量に停泊させておける島があったら? リューバギーズが不利になるかもしれない。
ホエバル海洋伯は、そう考えたらしいんだ。というか、普通はそう考えるものなんだって。
「でも、島がなくたって陸地のどこかに移動陣を敷いちゃえば、人員も物資も運び放題じゃないですか」
お金は掛かるけれど、元々戦争ってのは莫大な費用が掛かるものだし。その中の移動陣の使用料とかは、微々たるもんでしょ。
私の意見に、サンド様が笑う。
「まあ、リューバギーズ側は魔法がどういうものか、今ひとつわかっていないからね。その証拠に、ドラー森林伯家でレラがやった幻影、あれをメイド達の嘘だと思っているらしいよ」
「ああ、ありましたね、そんな事」
そうか、あの後あの子達、誰かに被害を訴えたのか。でも、あの時の幻影って、はっきりした映像というよりも、恐怖のイメージのみを叩き付けたはず。うまく説明出来なくて、結果嘘と思われたとか?
「第三王子もホエバル海洋伯も、ここまで来るのに色々体験しているはずなのに」
「道に施した結界はわかっていないだろうし、人形馬にも気付いていない。夜道の明かりは……ああいう道具があるんだと思っているだけだろう」
ああ、あれは確かに魔道具の類いだ。
「瘴気を払ったり、呪いを解いたりしているのは、どう思ってるんでしょうね?」
「レラの特殊能力とでも思っているんじゃないかな? おかげで第三王子には再三『譲ってほしい』と言われているよ」
何だそれ? 私は物じゃないぞ?
それと、寝台の端で聞いてるユーインが怒りを漂わせているので、そういう発言は控えていただきたいです、サンド様。
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