第511話 寝室内の密談
王城の門でまさしく門前払いを食らった私達は、第三王子の誘導で王城の周囲をぐるっと進んでいる。
王城の周囲も、また堀。壁はないけれど、防御に徹底した街だよ。またこの堀が大きいんだ。幅は十メートルくらいあるんじゃないかな。
これだけの堀を造るだけの技術と権力がある証拠だ。
その堀を、王城に向かって反時計回りに回って行く。丁度二時……丑寅の方角に来たところで、細い橋が堀にかかっているのが見えた。
「海洋伯、あの橋は何かな?」
サンド様の質問に、ホエバル海洋伯が即答する。
「王城への物資搬入の為のものですよ。殿下、まさか、ここから?」
「ああ。いつも使っている場所だしな」
待って。王族が何故裏口のような搬入口をいつも使うの? サンド様とシーラ様も、何だか微妙な表情してるよ。
搬入口から、本当にすんなり入れた。こちらにも門番がいるんだけど、第三王子が顔を見せたら笑顔で対応してくれた。
「トイド様じゃありませんか。またお忍びで出ていたんですか?」
「ははは、実はそうなんだ。すまんが、今日はホエバル海洋伯と彼の客人を一緒に連れてきている。通してくれないか?」
「ホエバル海洋伯ですか? え……でも、何で表の門を使われないんで?」
「父上へは、内緒なんだ」
そう言って第三王子が苦笑いすると、門番は勝手に何かを悟ったようだ。
「あまり陛下に心配を掛けてはいけませんよ。どうぞ」
「ありがとう」
門番が開けてくれた搬入口から、無事王城の中へと入っていく。これでいいのか? 王城のセキュリティ。
『先導しているのが王族である第三王子なので、問題ないかと』
そうなのかな。これで私達が城を制圧する為に来た刺客とかだったら、笑えない結果になるんだけど。
『こちらにはろくな魔法技術がありませんから、たった四人で城が制圧出来るとは考えていないのでしょう』
そっか。
搬入口から入った場所は、王城の厨房に繋がる裏庭のような場所。ここから色々なものが運び込まれ、仕分けられた後、城の中へと運ばれていく。
「こっちだ」
第三王子が指差したのは、明らかに厨房とわかる場所。だって、料理の匂いがするし。
大きな開けっぱなしの扉から中に入り、料理人達に軽く手を上げて挨拶しながら通り抜ける第三王子。手慣れている。
「ここからは道が狭いが、父上の元まで一気に行ける。はぐれないように」
第三王子は一度私達を振り返って言うと、足早に厨房を抜けていった。父上って、リューバギーズの国王のところへ行くの? 厨房から?
『城の裏道を使うようです』
城って、裏道があるんだ……
『使用人が、高貴な者達の目に入らぬよう移動する為に作られたもので、古い城や宮殿に見られるものです』
そうなの? それも何だかなー。
王城の裏道は、本当に狭かった。人二人がやっとすり抜けられるくらいの幅だ。
そして、ここにも瘴気。思わず手で払うような仕草をしながら進む。別にやらなくてもいいんだけど、やった方が速く簡単に浄化出来るから。
この程度だと楽なものだし、あんまり光らないけれど、瘴気も濃くなったり凝り固まったりすると、浄化するのに光っちゃうからなー。
「レラ、ここもかい?」
「ええ。うっすらと」
サンド様に確認されたので、頷く。裏道でこれだから、表の方は瘴気だらけじゃないかな、この城。
まー、人の欲やらよろしくない願望やらが渦巻く場所だからなあ。ちなみに、オーゼリアの王宮では定期的に聖堂に浄化をさせているらしい。
そうして歩く事しばし。幸い誰とも行き会わずに目的の場所まで辿り着いた。
あれ? でも、室内に複数人の気配。サンド様達も気付いている。咄嗟に、遮音結界を張った。
裏道から表に出る扉に手を掛けた第三王子の手を、ホエバル海洋伯が止める。
「何だ?」
「陛下の寝室に、誰かいます」
「メイドではないのか?」
「いえ、複数人です」
第三王子、危機感がないのか首を傾げている。海洋伯は、異様な雰囲気を察知してるな。
「レラ、室内の様子を窺う事は出来ないかな?」
「ええと……」
『出来ます。すぐに「目」を室内に送り出しますので、スクリーンを起動してください』
「出来……ます」
うちの執事、マジ有能。
遮音結界に加えて、遮光結界も重ねて張っておく。こうしておくと、外から結界内を見られる事がない。
ただし、外から見ると真っ黒な空間があるように見えるから、不気味なんだよね。
ここは裏道で、使用人が通るだけだっていうから、これでいいや。
さて、スクリーンを起動すると、室内の様子が映った。
「これは……」
「お静かに。室内の様子です」
サンド様の言葉に、第三王子と海洋伯が口を閉じる。
スクリーンに映るのは、大きな寝台とその脇に立つ三人の人物。一人は、格好からいって多分王族。件の第二王子だろう。
その第二王子と何やら話し込んでいるのは、でっぷり太った腹を抱えた貴族風の男性。あ、頭髪も寂しい。
そしてもう一人、寝台の脇に屈んでいるフードを被った人物。スクリーン越しでもわかる、あれが呪いを放った奴だ。
第二王子と貴族風の男性の会話が、スクリーンから聞こえてきた。
『……から、何度も言ってるだろう? とっととやっちまえばいいって』
『そういう訳にもいきますまい。陛下には、このまま病死という形で身罷っていただかなくては』
『ちっ! 気の長い話だぜ』
『まあ、陛下よりも先に王太子殿下を亡き者にしますから、おそらくその悲しみで陛下の寿命も尽きるでしょう』
『へ! あのくたばり損ない。いつまで生きてんだろうなあ?』
『もうじきですよ。もうじき』
『それと、あいつに加担する連中はどうするんだ?』
『ホエバルを筆頭とする地方領主達ですね。まったく、頭の硬い連中だ』
『何か、策はあるんだろうな?』
『当然です。特にドラー森林伯は、そろそろ……』
『は! あのボンクラの教育係か! 俺にまで口うるさくああだこうだいいやがって。せいぜい苦しんで死ぬようにしておけ』
『彼は、王都から遠い場所にいますからねえ。不審死を遂げても、まあ問題ないでしょう』
うわー。とんでもない場面に出くわしちゃったなあ。そっと第三王子とホエバル海洋伯を窺うと、感情のない顔でスクリーンを見ていた。
もっと驚くとか、ショックを受けるとかするかと思ったんだけど。これ、もしかして想定内だった?
『失礼します!』
『何だ!?』
『先ほど、表門にトイド殿下とホエバル海洋伯がいらっしゃったと』
『何!?』
『馬鹿な! 殿下は海洋伯の領地へ行っていたはず! 出発時期から計算しても、まだドラー森林伯の領地に到着したかどうかという日数だぞ?』
『いえ……ですが、確かにご本人達でした』
扉の外からもたらされた情報に、室内にいる三人のうち、二人が顔を見合わせる。
『どういう事だ?』
『よもや、途中で引き返したのでは……』
『なら、どうしてホエバルと一緒にいるんだ!?』
『わかりません……』
二人は、気味の悪い話を聞いたような顔になっていた。先に口を開いたのは、第二王子だ。
『……それで? トイドはどうした?』
『は! 誰も通すなというスセドス殿下のご命令通り、お通ししておりません』
『わかった。もういい、下がれ』
『失礼いたします』
寝室内は、しんと静まりかえっている。それを壊したのは、またしても第二王子だった。
『ともかく、あのボンクラが戻ってきたっていうのなら、とっとと進める以外にない。いつまでも城に入れないって訳にゃあ、いかないだろう?』
『仕方ありませんね。なら、このまま陛下から――』
貴族風の男性の言葉は、最後まで言えなかった。第三王子が、扉を開けて中に入ってしまったから。
「貴様らあああああ!」
この結界、中からは簡単に外に出られるんだよね。
いきなり裏道の出入り口から出てきた第三王子に驚く第二王子だったけれど、立ち直りは早かった。
剣を抜いて斬りかかった第三王子を蹴り飛ばし、逆に自身の剣を抜いて第三王子に突きつける。
「へ! 今まで俺に一度でも剣で勝てた事、あったかよ」
「ぐぬ」
「手間ぁ、省けたぜ。とっととくたばれ!」
第二王子の剣が、第三王子に振り下ろされ……ない。
「な!?」
「さて、ホエバル海洋伯、これは単純な兄弟喧嘩ですかな?」
「王家の内紛……です」
「ふむ」
サンド様ののんびりした様子に、第二王子が苛立っている。彼、今私に魔法で拘束されているから、指一本動かせないんだよねー。
「てめえ! 何だこりゃあ!? とっとと動けるようにしやがれ!! ただじゃおかねえぞ!」
やだなあ、そんな騒ぐ相手なんて、解放する訳ないじゃない。
ちなみに、貴族風の男性とフードを被った人物は、ユーインとシーラ様が拘束済みだ。
『主様! 危険です!』
へ?
カストルからの念話のすぐ後、部屋の中で爆発が起こった。
国王の寝室に入る前、スクリーンで内部を見ていた時点で寝台の国王には護身用の結界を、私達にはそれぞれ体にぴったり沿って動きを邪魔しない物理、魔法を弾く結界を張ってある。
つまり、爆発に関しては私達には傷どころか汚れ一つついていない。
でも、それ以外の人は……
「レラ!」
目の前に、爆発四散した体があったらどうなるか。そりゃあ、私のか弱い精神が耐えられる訳、ないって。
ああ、ユーインの声が遠くなっていく……
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