第509話 テンプレイベント

 ドラー森林伯が回復した事で、話が微妙に変わってきたらしい。


「彼女を貸してほしい」


 客用の棟になかば軟禁状態にあった私達のところへ、第三王子とホエバル海洋伯が来て言った言葉が、これ。


 ユーイン、剣に手を掛けないように。ここで相手を斬っちゃったら、問題になるから。


 対応は、サンド様がやってくれる。


「貸せ……とは?」

「……詳しい事は言えないが、王都にも彼女の能力を必要としている者がいる。だから――」

「だから、貸せと?」


 おおう、サンド様の威圧が強まった。ホエバル海洋伯はまだしも、第三王子が後ずさったよ。気圧されてるねえ。


 オーゼリアは大国と言っていい。そこで外務大臣なんかやってるんだから、サンド様の胆力は並の貴族とは比べものにならないよ。


 気圧されたのを自覚した第三王子が、ちょっと悔しそう。ホエバル海洋伯が耐えたのも、プライドを傷つける結果になったみたいだ。


「た、対価は払う!」

「そうだとしても、彼女一人を貸し出す訳には参りません」

「事は急を要するんだ!」

「そうでしょうねえ」

「え?」


 第三王子だけが、サンド様の発言に驚いている。ホエバル海洋伯は、何か諦めちゃった感じ。


 まあ、王子がこれだけ「瘴気を払えて解呪が出来る」存在を王都に連れていきたいと言ってるんだから、当然王族の「誰か」が呪われているんだって、気付くよねー。


 第三王子は焦りのせいか、そこに気がついていない。


「急ぐ理由はわかりました。では、私と妻、それとこちらにいる護衛二人、それと彼女で王都へ向かいましょう」

「だが、馬車では時間が掛かりすぎる!」

「馬車で行くと、いつ言いましたか?」

「え?」


 何故、そこでぽかんとするのかな。私はもちろんの事、シーラ様だって乗馬は出来るよ。


 何せこの方、ペイロンの伯爵令嬢だったんだから。




 ぽかんとする第三王子を余所に、ホエバル海洋伯がさっさと話をまとめてしまった。この人、実務能力高いよね。さすが海洋伯って言った方がいいの?


 でもなー。お隣の海洋伯はろくでなしっぽかったからなー。


「お隣? ……ああ、チブロザーかい? あんなところのと、うちのホエバル海洋伯様を一緒にしてほしくはないねえ」

「あ、ごめんなさい」

「いいよ! 余所から来たあんたらじゃあ、そんな事はわからないだろうしさあ」


 現在、私は領主館の厨房にいる。別にここを手伝うって訳じゃなく、お茶の用意をしようと思って。


 王都に緊急出立するって言っても、ホエバル海洋伯や第三王子の仕度もあるから、出立は今日の夜って事になっている。


 夜間も移動出来る手段があるよって言ったら、二人共驚いていたなあ。ライトって、便利よねえ。


 それに人形馬を使って駆ければ、休憩時間を減らせるんだ。馬を休めたり餌や水をやったりする必要がないから。結果的に、早く王都に着くと思うよ。


 そんな訳で、ドタバタで出立せず、きちんと用意をしてから行こうって話になったらしい。で、仕度が調うまでは、お茶でもしましょうって訳。


 本来なら客用の棟付きのメイドがやるんだろうけれど、主人であるドラー森林伯が回復したドタバタで、客用の棟がちょっとおろそかになってるんだよね。


 これはこれで、家の主……特に当主の妻である女主の怠慢と取られかねないけれど、元気だった夫がいきなり倒れて死の床についていたら、大抵の女性は取り乱すよね。


 という訳で、シーラ様からホエバル海洋伯に話を通してもらって、厨房を借りてお茶の仕度をしてるって訳。


 ついでに、あのおいしいお茶の入手先を聞ければなあと。


「本当、あのチブロザーは嫌な野郎でさ。ああ、あたしはエギケの出身でね。結婚してこのドラー領に来たんだよ。だからまあ、チブロザーとはそれなり街ぐるみで交流があってねえ。チブロザー側から人が来る事も多いんだけど……あそこは、領主が腐ってるからさあ。領民もそれなりに腐ってるんだよ」

「ええええ」


 そんな風には見えなかったけどなあ。あれか? 自分達の街にいるからいい人そうに見えたってだけ?


 余所にいくと、態度が変わる人って、いるよねえ。それなのかな。


 その後も、厨房の女性達の口からはチブロザーの文句が出てくる出てくる。港街エギケの人が嫌うならまだわかるけれど、内陸の土地であるドラー森林伯領の人にまで嫌われるなんて。どんだけだよチブロザー。


 それが一段落したら、今度はお屋敷に勤めるメイド達への苦言が出てきた。


「にしても、いくらご当主様が治られたからって、メイド達も浮かれてちゃしょうがないねえ」


 あー、うん。それはねえ。確かにしっかりしろやと言いたくはなる。ただ、事情が事情だからなあ。


 と思っていたら、苦言を呈していたおばちゃんとは違うおばちゃんが横から意見を言ってきた。


「仕方ないよ。ご当主様や来客の相手をするのは、縁のある貴族家のお嬢様ばかりだもの。頼みの綱のご当主様に何かあれば、自分達が立ちゆかなくなるんだからさあ。そりゃご回復を見て実家に手紙を書いたりなんだり忙しいだろうよ」

「だからって、仕事を放り出すのはどうかと思うよ、本当」

「まあ、そりゃそうだけどね」


 何だろう。流れ弾が被弾した気分。うん、書類仕事、逃げずに頑張ります。




 茶葉と茶器、ポットなどを用意してもらって、厨房を後にする。ついでに、茶葉の入手先を聞けたから、私的には大収穫だ。


 何でも、国内でも大きな商会があって、そこが一括して仕入れているんだってさ。大量購入するからか、割と安価で出回っているそうな。


 まあ、貴族家で仕入れる茶葉は、元からグレードの高いものなのでお高めだそうだけど。


 後、パンもどうやら小麦が違うらしい。それも、その大きな商会が仕入れてるんだって。


 商会が大量に仕入れる茶葉と小麦粉。何だろうね、何か引っかかる。何だっけ。


 ワゴンに乗せた茶器や茶葉を、厨房から客用の棟へ運ぶ最中、廊下に立ち塞がる影が。


 見たら、年若いメイドが四名。何だ?


「ちょっと、あなた、お客人のところの下働きでしょう?」


 そっか。そういう設定だっけ。着ているものも、シンプルなブラウスとスカートにしてるしなあ。


「そうですが、何か?」

「口の利き方に気を付けなさい。私達はドラー森林伯縁の丘男爵家の娘なのよ?」


 あー、男爵令嬢か。つか、こっちの国って爵位の前に海洋だの森林だの丘だのって付けるんだね。領地の地形がわかっていいけれど。


「下働きの娘なぞ、平民でしょう? 貴族の私達に対する態度がなっていないわよ?」

「はあ」


 それをここで言って、どうするんだろう? てか、実はこの手のテンプレイベントって、あんまり経験しなかったなあ。


 学院では、上級生による似たようなイベントが発生したけれど……いかん、ゲーム的な考え方をしてるわ。


 いやだって。主の客に使える使用人を取り囲むって、普通にやっちゃ駄目な事でしょうに。この子達、何がしたいんだろう?


 あれか? ユーインかヴィル様への橋渡し的な事?


 そんな事を考えている私の前、四人はクスクスと笑った。


「反応が鈍いわね。さすがは下賤な生まれの者だわ」

「本当よね。ホエバル海洋伯様ったら、どうしてこんな子を……」

「それよりも! あなた、トイド様に近づくんじゃないわよ! 身の程知らずにもほどがあるわ!!」


 ホエバル海洋伯はまだしも、トイドって誰だっけ?


『第三王子の名前です』


 ああ! あれか、「私達の王子様を取るんじゃないわよ!」ってやつ? いや、男爵令嬢じゃあ、いくら相手が第三王子でも、正妻は無理でしょ。


 リューバギーズって、側室やら愛人OKの国だっけ?


『一夫多妻は許されているようです』


 そうなんだ……じゃあ、側室狙いなのかな。


「いい? 忠告はしたからね? 二度と! トイド様に近寄ろうとなんてするんじゃないわよ。でないと」

「でないと?」


 思わず、聞き返しちゃった。だって、言っちゃなんだがたかが男爵家の、しかも他家に行儀見習いで出している娘に、そんな権力あるんか?


 言っちゃなんだが、こっちは他国からの正式な使者一行だぞ? しかも、私に関してはサンド様が「縁の娘」と身元を保証している。


 その私に、何かしてくるつもりかな?


 相手の続きの言葉を待ったら、彼女達は大分もったい付けてから続きを口にした。


「あなたのお仲間が、どうなるかしらないわよ?」


 どこかで、ぶつっと何かがキレた音がした。




「お待たせしましたー」


 客用の棟、一階にある明るい居間では、サンド様、シーラ様、ユーイン、ヴィル様がくつろいでいた。


「遅かったわね、レラ。何かあった?」


 ギク。鋭いなあ、シーラ様。しかも、即答しなかった事で、何かあったと知られる羽目になりましたー。


 とりあえず、お茶を淹れてからお話し合いといきましょうか、となり、お湯を魔法で出してお茶を淹れ、茶菓子はデュバルから持ってきたシャーティの店の焼き菓子を出す。これに喜んだのはシーラ様。


 これでさっきの事を忘れてくれるとありがたいんだけど……


「で、何があったの?」


 無理ですよねー知ってましたー。


「こちらの棟に来る途中の廊下で、邸に務めるメイド達に通せんぼを食らいまして」

「メイドに? それで?」

「第三王子に近づくなと脅されましたー」


 どんなに頑張っても、悲壮な感じにはならず、いいとこ棒読みがせいぜいです。


 シーラ様達も、何だか苦笑してるし。ヴィル様は心配顔だ。


「レラ、そのメイド達に手荒な真似はしなかっただろうな? お前がやったら洒落にならないぞ?」


 そっちの心配ですか。いや、いいんですけどー。


「デュバル侯爵家当主を侮辱するメイドなぞ、どのような目に遭っても文句は言えまい」


 ユーイン、心配してくれるのはありがたいけれど、私が彼女達に何をすると思ってるのかな?


「そういう事じゃない。第一、レラはここでは身分を隠してるだろうが」


 ヴィル様……そうですけど、そうなんですけどー。


「落ち着きなさい、二人共。そのメイド達は、どうしたの?」


 四人の視線が、私に集中する。


「……ちょっと、幻影を使って怖い思いをしてもらいました」


 後、恥ずかしい思いもしてもらった。廊下でお漏らしは、見つけられたら恥ずかしいよねー。令嬢人生、終わったかも?


 彼女達も、私に直接何かを仕掛けるだけならよかったのに。あそこまでする気は、本当はなかったんだよ?


 でも、リラやコーニーに何かするつもりなら、災いの芽は早いうちに摘んでおかないとね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る