第508話 呪い
オーゼリアでは、呪いも魔法の一種とされている。ただし、内容が内容なので禁術指定されており、一般には知られていない。
当然、学院でも教えない術式群だ。
私は、研究所で一通り教えられている。一応、自衛の為だ。
呪いが魔法の一種である以上、全ての魔法を弾く結界があれば、呪われる危険性はない。
ただ、常時結界を張り続ける必要があるから、魔力コスト的にちょっと厳しいと言われている。いや、私は問題ないけど。
なので、術式の内容を知り、もしもの時は自分で呪いを消すか弾くか出来るよう教育されたって訳だ。
おかげさまで、しっかり自衛出来るようになったけどな。
現在、リューバギーズの地方領主の邸に滞在している。あの後、領主の呪いを解呪し、現在は回復を待っている最中。
今いるここは、邸でも来客用の棟に当たり、今回の特使一行……の一部に開放されているそうな。
棟の一階にある日当たりのいい部屋で、シーラ様、サンド様、ユーイン、ヴィル様とお茶の時間。リラとコーニー、イエル卿は野営地に置き去りのままだ。
ユーインの機嫌が若干斜めなのは、野営地からここまで私を連れてきたのが第三王子だと聞いたから。どうも、馬に一緒に乗ったと聞いたらしい。
いや、あれは「乗った」じゃなくて、「担がれて荷物のように乗せられた」だと思う。実際、そうだったし。
「それにしても、地方領主が呪われていたとはな……」
「王子殿下には、何か思うところがおありのようね」
サンド様とシーラ様の会話に、領主の寝室での第三王子と海洋伯の様子を思い出す。
何やら、視線だけで会話してたよねー。そのついでに、ちらっとこちらを見た気がしたけれど……気のせいだと思いたい。
「レラ、あの呪いを誰がかけたか、わかるかい?」
おっと、話題がこっちに来ちゃった。サンド様の質問に対する答えを、私は持っていない。
「わかりません。呪いって、大抵はかけた時点で術者から切り離されちゃうから、辿りようがないんですよ」
余所ではどうか知らないが、少なくともオーゼリアで習った呪いはそういうものだし、先ほど解呪したのもその類い。
「術者がわからないのでは、困ったな……」
一応、カストルに痕跡をたどれないか頼んでるけれど、ちょっと厳しいらしい。
というのも、この呪いを使った術者、プロらしいんだ。カストル曰く、「痕跡の消し方が完璧です。しかも、使われている術の全てが古代魔法時代のものですよ。これは、難しそうです」との事。
うちの有能執事でも難しいのかあ……
「まあ、ここの領主が回復したら、何かしら手がかりが得られるかもしれん」
「あなた、そこまで我々が踏み込む必要、あるのかしら?」
シーラ様の意見ももっともだ。リューバギーズとは、まだ交渉のテーブルにすらついていない。
そんな中、成り行きとは言え魔法で地方領主を助けた訳だけど、これが問題にならないといいなあ。
いやほら、こちらが地方領主を毒で害して助けたように見せかけるマッチポンプと疑われたらやだなーって思って。
やっぱり、違う大陸の国となると、勝手が違うしー。
シーラ様の意見に、サンド様は少し考え込んでいる。
「必要はないかもしれないが、この後の交渉が有利になるかもしれない」
「何か、いい交易品は見つかったの?」
「まだだね。ただ、ここまでの話を聞く限り、第三王子に肩入れすれば戦争を防げるかもしれない。今後を考えると、その方がいいんじゃないかな」
なるほど。サンド様の狙いはそこか。
これから交易をしようって国々が戦争していると、安定して商品を入手出来なくなる。
それだけでなく、このまま各国とのお付き合いが発生すると、そのうちどっちにつくのか旗色を決めろと言われる可能性も。
オーゼリアとしては、戦争なんぞせず、交易してほしいだけなんだよね。
「最悪、今回の参加者全員で事に当たれば、この辺りを制圧する事は可能だろうけれど……後々を考えると、それは悪手だ」
「そうね。オーゼリアと離れすぎているし、管理が大変になりそうだわ」
第一、そんな事になったらそれこそルーンバム伯爵の主張通り、植民地化って事になっちゃう。
「だからこそ、リューバギーズを足がかりに戦争を止め、四カ国それぞれで交易相手になってほしいんだよ。その為の、布石かな」
「言いたい事はわかるけれど……レラの負担が増えすぎやしない?」
へ? 何で私? 室内の皆の視線が私に集まっている。
「わかってないわね? レラ」
「はい……」
「地方領主の邸ですら、瘴気まみれで当主は呪われていたのよ? 王都や王宮が無事だと思う?」
「あ」
地方領主ですら呪われる国なんだから、王様やその周囲も呪われてる可能性があるんだ。
「……確か、王太子が病弱だって話ですよね?」
「そうね。王太子も呪われているかもしれないし、そうでなくとも瘴気の影響を受けているかもしれない。それに、国王も」
そうなの!? 驚いてサンド様を見ると、軽く頷いている。つまり、現在リューバギーズの王様は体調が悪いという訳か。
「詳しくはさすがに聞き出せなかったが、体調が思わしくないのは確かだ」
「現国王が伏せっていて、次の王である王太子が病弱。順番からいけば、第二王子が王太子になりそうなものだけれど、評判が悪い人物のようよ」
まあ、粗野で乱暴となったら、王の器ではないわな。
「そして、三国同盟を推し進めたのは、この第二王子だ」
……あれ? それって、そういう事?
無言でシーラ様を見ていたら、ヴィル様から声が掛かった。
「つまり、第二王子が呪いを放った可能性が高い……と?」
「もしくは、呪いを使える人間を雇ったか。少なくとも、あちらの二人はそう考えているようだ」
あちらと言ってサンド様が見たのは、本棟の方。領主の寝室がある場所だ。つまり、第二王子が怪しいと思っているのは、第三王子とホエバル海洋伯って事かー。
殺伐とした兄弟だな。オーゼリアの王族兄弟は、仲がよくてよかったよ。
その日は結局領主館に泊まる事に。設備が充実していないから、野営地に戻りたいんだけどなあ。
「レラが戻ったら、ユーイン卿まで向こうに行ってしまうでしょ?」
シーラ様ににっこりとされたら、反論出来ない。ユーインはしっかり私の隣をキープしてるし。
ああ、移動宿泊施設に泊まりたい……
領主の容態は翌日には回復してた。まあ、呪いで伏せっていただけだからね。元凶がなくなれば、回復も早いか。
いやあ、夕べは大変でした。部屋に虫が出るんだもん。カストルが忠告してくれたから、こちらの棟全部を一度結界で覆って、駆虫してから寝る羽目になったよ。シーラ様に感謝されたけど。
寝台も硬くて寝づらいし。当然のようにお風呂もない。トイレもそのまま外に垂れ流しタイプ。
仕方ないから、収納魔法の中に入れっぱなしの簡易宿泊施設を出して、水回りはそちらを使うようにした。
サンド様達にも貸し出して、翌朝回収する。これ、もうちょっと簡易のものを用意しておくべきかな。
学院の寮で使っていたような、天井のない、カーテンで仕切るタイプ。
『分室に作らせますか?』
背に腹は代えられん。カストル、注文しておいて。室内用に、水回りワンセットのものと、寝台も用意してほしい
『承知いたしました』
これで少しは快適に過ごせるでしょう。
朝食は、何と領主や海洋伯、第三王子と一緒に……だって。サンド様達はいいけれど、私は表向き庶民を装っているんですがー。
「諦めなさい、レラ。領主がどうしても、命の恩人に礼をしたいとおっしゃってるの」
あー、そりゃ逃げられないわー。
本棟の食堂……そのままずばり、朝食室というそうな。朝食の為だけに調えた部屋。贅沢ー。
『……ヌオーヴォ館にも、王都邸にもございますが』
え? そうなの?
『主様が好んで使われている小食堂がそれです』
知らなかった……あそこ、居心地いい狭さで好きなんだよねえ。
おっと、そんな念話をしている場合じゃない。
上座に座るのが、この邸の当主でドラー森林伯マーシロス卿。ちょっと頭が寂しくなりつつある丸顔のおじさんだ。
「おお、君が私の命の恩人か。助かったよ、ありがとう」
これ、「どういたしまして」と返していいのかな。サンド様をちらっと見ると、代わりに答えてくれた。
「過分な言葉、ありがとうございます森林伯。彼女は我が家に縁のある身でして、今回の旅に同行してくれているんですよ」
「おお、そうでしたか。美しいお嬢さんだ。アスプザット侯爵も、鼻が高いでしょうなあ」
はっはっはと笑い合う、森林伯とサンド様。私の身元、そういう事になってるのか。
縁があるってだけなら、血縁とか知人の娘とか、色々言い訳出来るからねー。うまいところに落とし込んだなあ。さすがサンド様。
とりあえず、森林伯との会話はサンド様とシーラ様が請け負ってくれているので、私は目の前の食事をいただく。
パンの見た目がちょっと……だけど、味はいい。小麦の味がダイレクトにするよ。このパン、いいなあ。
ベーコンっぽい肉もおいしいし、何よりミルク入りのお茶がおいしい。これ、紅茶なのかな。
オーゼリアにも紅茶はあるけれど、これとは味が違うね。紅茶に関しては、お茶の木が栽培されているので、多分紅茶好きな人か仕事にしてる人が転生してきたんだろう。おかげでおいしい紅茶を楽しめています。
そう考えると、こっちの大陸にもいるのかな? 転生者。
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